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2010年8月11日 (水)

花火

◆前の記事でご紹介した大高翔氏の親子俳句の中で、こんな句が紹介されていました。
親御さんの方の句です。

パンと鳴り間があり開く花火かな:(母)

あれぇ、逆じゃないのかなぁ?
理科おじさんの「理」です。
前の花火の音が消えて間を置いて次の花火が開いた、という句ですか?
それとも、打ち上げの音を聞いて、しゅるしゅると上昇していって、間があって花火が開いた、という句でしょうか?
わかりません。

花火がぱーっと開いて、遅れてどーんと来るんですよね。
遠くで見ていると、その「間」が長くなる。

言葉に乗せるときに、勘違いをなさいませんでしたか?
{内緒話:パッと開き間がありドンと花火かな のような気がする}

◆8.8付の「ののちゃん」(作・いしいひさいち)という漫画がまた、同じような「?」でした。
この漫画のギャグは私には理解できないものばかりで、つまらない漫画だと思っておりますが、一応見てはいます。{人間の「おろかしさ」を愛情をもって包み込んで表現しているのではなく、「おろかしさ」を見くだしているように感じてしまうんです。この漫画のファンの方には申し訳ないことですが。}

絵ですから、引用はできません。
説明します。

1:{暗い夜空に花火}「パッ」
2:{消える}
3:ドン
4:母「どんだけ 沖で打ち上げてるんや」
  ののちゃん「花火が微妙に小さかったね」
  祖母「理科における雷かいな」

こういう4コマです。
「間」がすごく長いようです。ならば、「微妙に小さい」のではなく、思い切って「打ち上げ線香花火かな」くらいに表現してもよかった。
そして、「理科における雷かいな」です。理科における、ではなく、「音は光より遅いからなぁ」と言わせてもよかったのでは?
学校で習うことは、庶民の日常生活には全く役に立たない、という視点がこの漫画では貫かれているのです。算数も、理科も、役になんか立たない、とこの漫画は主張しています。
ちがうでしょ。雷がピカッと光ってから、「いち、に、さん・・・」と数えて、3カウント後にゴロゴロときたら、340×3≒1000m=1km離れたところの雷だったんだね。
間が短くなってきたら、雷雲が近づいてきているのだし、間が伸び始めたら、もうすぐこの夕立ちはおさまるのだし。
キャンプ場でも、光と音で、危険を察知できるのだし。
命を守る知識でありうるわけですよ。
私自身は、兄が5歳年上だったこともあって、小学校の低学年の頃にはこういうことを理解していました。光りは音より圧倒的に速いということを知っていました。

「理科における雷」ではなく、「雷さんとおなじやなぁ」でもいいですよね。
どうも、配慮に欠ける漫画です。

◆母の実家は秋田県の八森というところにありました。
私自身が夏をそこでよく過ごし、子育て中は子らを連れて毎年そこへ行っていました。
8月の能代の花火大会というのはそれなりに有名です。米代川の河川敷の桟敷で観たこともあります。
で、この能代の花火が八森から見えるんですね。
八森の海岸から能代市まで直線距離で20kmくらいあります。
海岸の湾曲のおかげで、海の向こうに花火が見えるのです。
20km先の花火は遠いですよ。「ぽ」と光って、約1分後に音が来るんです。
今聞こえた音がどの花火が出した音かなんて実は分からないのです。
でも、星明りしかない海岸で、昼間の日射の温もりを尻の下の砂に感じながら眺める「遠花火」というのは、風流というか、小さいけれど絶景というか、楽しいものでした。
「打ち上げ線香花火」より小さいかな。
浜に寝っ転がれば、雄大な天の川。水平線に花火。波音にまぎれる花火の音。
終わった頃に、家庭用の花火を砂浜で遊んで、帰って寝る、と。
夏の夜の楽しみでした。
もちろん私は子らに、光と音の速さについて教えましたよ、理科教師ですもん。生活に役に立つ理科知識をどんどん教えましたね。
生活は理科です。生活は算数です。

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