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2010年7月28日 (水)

2010.7.26付 朝日俳壇より
大虹の驚きの間に消え去りぬ:(名古屋市)青島ゆみを
 長谷川櫂 評:驚いているうちにたちまち消える虹。人の世もまたかくのごとし。

前にもお話ししましたように、虹というものは一つの現象を、見るものたちが共有しているのではありません。見るものそれぞれに属する、ある意味で孤独な現象なのです。
一つの現象であるならば、私が気づかなくても、それは存在するのでしょう。
しかし、観測者に属する現象ですから、私の虹は私が気づかない限り存在もしないのです。
私という観測者と大気と太陽の「交点」に私の虹が生まれ、消えていきます。

手の届くところに虹の生まれけり:(安中市)五十嵐和子

虹というもの対しては視差が原理的に生じえませんから、虹には距離がないのです。
まるで手の届きそうなところにあるかと思えば、遥か彼方に雄大にかかっている。
虹の脚は「どこにあるか」と見れば、どこにもない。
虹というものは「距離」を超越した現象なのです。

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