« 暗号 | トップページ | 子猫 »

2010年6月 8日 (火)

園児

2010.6.6付 朝日歌壇より
園児らの声はつなつに跳ね返り象はゆっくり足を曲げたり:(東京都)吉竹純
 馬場あき子 評:園児らの動物園見学だろうか。賑やかな声が跳ねかえるという表現も実感があり、調教師が指示したか下句の動作も巨体の象がみえるようだ。

「跳ねかえるという表現」ととらえられましたか。元気のいい声が飛び交う様を「表現」していると。
象がいる場所は、動物園のコンクリート製の場所。
ひょっとして、実際に声が反響してわんわん響いたのではないですか?
それを目に見える形で「跳ねている」した。声が吸い込まれる場所ではない気がする。

象は知性を持つ。象の目から見た「幼いヒト」というものは、どのように映っているものなのだろうか。
テレビなどで、動物園のイベントを取材して、インタビュアーが幼児に「どうだった?」と聞くと、「かわいかった」と返事が来る。
その「かわいい」という言葉に違和感を感じている私です。
「かわいい」という感情はどのようにして生まれるものなのだろうか。自分と相手の関係をどうとらえたときに「かわいい」といえるのだろうか。
わからなくなっています。

« 暗号 | トップページ | 子猫 »

崩彦俳歌倉」カテゴリの記事

コメント

ほんとに最近なんにでも「かわいい」という言葉が使われていますね。

「私 これ好き!」という意味の言葉になってるんじゃないでしょうか。

きっと、象はこう考えています。
どんな動物でもおさないものはかわいい。
おさないヒトもまた。
とね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 園児:

« 暗号 | トップページ | 子猫 »

2021年5月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ