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2010年6月29日 (火)

2010.6.28付 朝日俳壇より
燕の子去りて寂しき巣が一つ:(上尾市)中野博夫
 長谷川櫂 評:親燕だけが残された燕の巣。子どもを育て終えた人の親の心にも似て。

親燕が巣に残っているとはとても思えませんね。子育てのために、カラスを避けて人の出入りのあるところに巣を作る。子育てが終わる時、親は、早く出て来い、もう飛べる、と周りを飛び回りながら促します。図体だけは親よりでかくなっても、なかなかうまく飛べなくてね。巣立ちは大変です。
で、巣立ってしまったら、あとはそれぞれ野外での生活。巣は要らない。親も子も。

「親燕が残された燕の巣」ではないはずで、巣だけが残っているのでしょう。
命が育つにぎやかさが消え、寂しくなったのです。
「人の親の心」を読み込むのは構わないですが、そこを抑えた方が句は引き立つと思います。

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