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2010年5月11日 (火)

異邦人

2010.5.10付 朝日歌壇より
満開の桜の下で「異邦人」の≪maman est morte≫をラジオに聴けり:(岐阜市)高橋和重
 高野公彦 評:ラジオ講座のフランス語と桜の取り合わせが生む<不思議感>

桜とフランス語の取り合わせの不思議感、と高野氏は評を書かれていますが、もう少し深読みすべきではなかったでしょうか。
私はフランス語など解さぬものですが、mamanは「母」だなぁ、morteが「死」にかかわる言葉だよなぁ、くらいは分かるのです。
これ、カミュの「異邦人」の出だしですね。
「きょう、ママンが死んだ」という、あれですね。

梶井基次郎の「桜の樹の下には」の「桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!これは信じていいことなんだよ」という、桜と死が重なり合うイメージをくんでいると見るべきではないでしょうか。

満開の桜の下で「きょう、ママンが死んだ」というフランス語を聞いた。
そのように満開の桜の下に死が居た。

こんな解釈は行き過ぎですか?

西行(1118 年-1190年)の「願はくは花の下にて春死なん、そのきさらぎの望月のころ」は有名ですが、万葉にも「花と死」はあるようですね。

世間(よのなか)は 数なきものか 春花の 散りの乱(まが)ひに 死ぬべき思へば
         巻十七の三九六三番、大伴家持歌

この頃の花=桜はソメイヨシノではなかったわけです。
でも桜の花というものは「日常の世界」を超えて一歩「向こうの世界」への入り口を垣間見せてくれるのでしょう。
不思議な花です。

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