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2010年5月25日 (火)

百舌の巣

2010.5.24付 朝日歌壇より
百舌の古巣こぼれて在れば解(ほぐ)し見つあはれ自然の柔きもろもろ:(伊那市)小林勝幸

「こぼれて」は液体が「こぼれる」ではなくて「毀れて」でしょうね。
で、気になっているのが「あはれ」なのですが。

現代の「あわれ」は同情とか悲しむ気持ちの方が主だと思うのです。
「かわいそうに、自然界のやわらかいものを何とかして集めてきたのだなぁ」でしょうか?

「あわれ」には賛嘆の意もあったはずです。
「なんとすごいことよ。これほどまでに広くから、柔らかいものを集めてきて、育雛に備えたのか」という感嘆、賛嘆、感動のほうに、私のような動物好きとしては解釈したい。

かつて、カラスの巣をほぐした時に、私は感動しました。生活圏の中から、このようにして使えるものを集めてきて巣を構築するものなのか、と。

そんな解釈をしました。

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