花祭
2010.4.26付 朝日俳壇より
花祭仏陀一人が若きまま:(東京都)中村康孝
長谷川櫂 評:花御堂の中に立たれる、生まれたままの仏陀。参詣の人々の多くは年配者なのだろう。仏は若く、老いゆくは人間ばかり。
いえ、昔と変わらないのは、「像」のみです。
でも、像も「もの」である以上、永遠不滅ではあり得ません。必ず崩れ去っていく時が来ます。
仏陀(釈迦)は、人間です。病も得られました。老いてこの世を去られました。でも、そのことに苦悩をおぼえることはなかった。そして、私たちにも、生老病死に「苦」を覚えずに世に生き、世を去っていく道があるよ、と教えています。その道が本来の「仏教」です。
超越的な「仏陀」が私たちを救済してくれるわけではありません。
私たちは自分で自分を救済できるはずのです。
その道を示したのが釈迦。
日本の仏教はいつの間にか、道を過ったようですね。
私はおそらく仏教原理主義者に属するものです。
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