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2010年3月10日 (水)

そっとキスする

[恋する大人の短歌教室](2010/03/08)
{応募作}
父さんと呼びて寄り添い六十年 昏睡の頬にそっとキスする:神奈川 末光幸子

 映画の一シーンのようです。それも、感動の嵐が襲うクライマックスでしょうか。60年の長きにわたった夫婦生活には、得意の絶頂も失意の谷底もあったことでしょうが、それらすべてを凌駕して、今、この瞬間が深く心に沁みる。ふたりの愛の、哀切きわまりないクライマックスですものね。これほどまでに真実そのもののキスなんて、そうはないでしょう。作者は淡々と詠っていますが、そこがかえって読者の胸を打つところでもあります。「父さんと呼びて」で温かい家族の存在を暗示し、「寄り添い」で琴瑟相和す夫婦仲を鮮明にするあたり、相当の手練(てだ)れと言えるかも知れません。第二句で繰り返される「よ」の音の、幽(かす)かで冥(くら)い響きの美しさも、特筆すべきことかと思います。
 ただ、一首の流れがいささか素直に過ぎる嫌いがあるとは言えるでしょう。第四句と第五句を倒置し、印象的な瞬間を際立たせてみました。句点を挟んで倒置そのものも強調しておきましたが、いかがでしょう。(石井辰彦)

{添削後}
父さんと呼びて寄り添い六十年 そっとキスする。昏睡の頬に
------------------------------------------------------------
きっと石井氏は意地になってるのですね。何か手を入れないと沽券にかかわるとでも思っていらっしゃるのでしょう。
原作が素直でいい。
若い方の「激しい恋情」あふれる歌なら、倒置を使い、句点であからさまに切って流れをぶつぶつ刻んで、激しさを表現するのもいい。
しかし、歳月・年齢を重ねた夫婦の、穏やかなしっとりした情感を表現するには「順」に、おだやかに表現する方がいい。

どうしても倒置法にこだわるなら、せめて句点はやめたほうがいい。
父さんと呼びて寄り添い六十年 そっとキスする昏睡の頬

つながらいがなだらかな方が効果的だと思いますよ。

ちなみに
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-7417.html
ここで
たわむれに 病臥の妻の 乳首吸う それが最後と ただただ涙

という歌を扱いました。逆向きですが、夫婦というものの奥深さを教わりました。

「映画の一シーンのようです。それも、感動の嵐が襲うクライマックスでしょうか。60年の長きにわたった夫婦生活には、得意の絶頂も失意の谷底もあったことでしょうが」などと、あまり賑やかなことを書き添えない方がいいと思います。静かに、深く。礼。



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コメント

はじめまして。「恋する大人の短歌教室」については,いつも「???」状態でした。やっぱりそういう風に感じている方は,少なからずいるんですね。ほっとしました。それにしても石井辰彦さんて,どんな方なんでしょう。すごく興味がわいてきています。

もう連載は終わったので、言い募るのはやめますが、「添削」というものは難しい。
結社の中で主催者が添削するのは、有難がられますが、新聞紙上ともなればある種の「公募展」のようなものですから、企画自体がよくなかった、と思っています。
新聞歌壇・俳壇でも「公募展」であることを選者がお忘れになって添削してしまったことがあります。詩人としてはそういう点はきちっと区別すべきなのに、甘いなぁ、というかたがよく見受けられます。

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