地震波、地球を5周
◆私はメインの新聞としては朝日新聞を読んでいて、アサヒ・コムで読める記事はテキストファイルとして、ネット切り抜きしています。
2010年3月4日付のアサヒ・コムに下のような記事がありました。
チリ地震波、地球5周 1周に3時間かけ 東大解析
チリで起きたマグニチュード(M)8.8の大地震の揺れが地球を約5周していたことが3日、東京大学地震研究所アウトリーチ推進室の解析でわかった。
大木聖子助教が、防災科学技術研究所の観測網がとらえた地球表面を伝わる地震波の記録を解析。発生から14時間ほどの間に5回の揺れが記録されていた=グラフ、同研究所の小笠原諸島での観測データを加工。3時間弱で地球を1周していた。
大木助教は「震源が比較的浅い大地震だったので、波が伝わりやすかったようだ」と話している。
この記事で引用されていた図は下のものです。
これを見て私は、なるほど5周している、すごいものだ、と感じ入りました。
その時に、各周ごとにピークが2つあることには気づいていましたが、それがどのような内容を含んでいるかは分かりませんでした。
◆2010年3月6日付の YOMIURI ONLINE にも同様の記事がありました。記事ソースは同じものですね。(下線は筆者による)
チリ地震の「波」15時間で地球を5周
27日に発生したマグニチュード(M)8・8のチリ地震の地震波が約15時間で地球の表面を5周していたことが、東京大学地震研究所の解析でわかった。
大木聖子助教が、小笠原諸島・父島にある防災科学技術研究所の観測点のデータなどを解析。地球表面付近を通る「表面波」と呼ばれる地震波が、地震発生から約15時間で計10回記録されていた。震源から太平洋と大西洋の2方向に向かって地球を5回ずつ周回したことを確認した。
表面波の周回は大規模な地震で観測され、2008年の四川大地震(M7・9)で6周したことがわかっている。
この図を見て、あ、そうなのか!と胸中、叫んだのでした。
読売の図では、各周ごとの2つのピークの意味がわかるのです。記事中にも触れていますが、図を見れば一目で了解できる。
「太平洋回り」と「大西洋周り」と書きこんであります。そうして、太平洋回りが少し先行して届いています。観測点に近いからですね。
この図を見て、「感じ入る」をこえて「感動して」しまった私は、妻を読んできて、2つの図を見せ、解説してしまいました。
このピークが並んでいるということは、震源が小笠原からみてほとんど地球の裏側にあって、距離的な差が非常に小さいということだね。
何社かの科学記事を読み比べているけれど、読売新聞の「科学力」は明らかに朝日新聞の「科学力」より勝っている。
普段の科学記事を見ていてそう思っていたけれど、この記事の「表現力」は明らかに読売の方が上だね。
など。
◆さて、どちらの記事でも「東大地震研究所」と書いてありますので、そこのホームページに行ってみました。
http://outreach.eri.u-tokyo.ac.jp/2010/02/201002_chile/
地球表面を周回する地震波
地震波には大きく分けて実体波(P波やS波)と表面波の2種類がある.実体波は地球の内部を突き抜けて伝わってくる波であり,表面波は地球の表面に沿って伝播する周期の長い波である.今回の地震のように震源が浅くマグニチュードが大きい場合は,何周も地球を周っている表面波が観測される.世界的に展開されているIRIS地震観測網や,日本で展開されている高密度観測網F-netを解析してみたところ,今回の地震による表面波が5周していることが確認された.
表面波のひとつ,レイリー波には地球を周る方向によって下図のような名前が付けられている.地球の中心を通る円で震源(★印)と観測点(▽印)を結んだとき,近い円弧(劣弧)に沿って伝播しものをR1,遠い円弧(優弧)を伝播したものをR2という.R1が再び震源に戻りもう一周して観測されたものは R3,同様にR2がもう一周したものをR4,と命名していく.
下図は小笠原観測点(父島)の観測記録に200~300秒のフィルターをかけて表面波が見やすくなるように加工したものである.地震の発生を0秒とし,60000秒(約16時間半)までの波形記録を示した.最初の大きなピークがR1,すぐ次のピークがR2である.ここで,近い側の円弧(劣弧)を伝播したR1と遠い側の円弧(優弧)を伝播したR2との差がほとんどないことは,震源(チリ中部)に対して観測点(日本・小笠原)がほぼ真裏にあることからきている.
{後略}
謝辞: 防災科学技術研究所のF-net観測網のデータを使用させて頂きました.
(大木 聖子 助教)
こういう内容でした。
読売の記事では「太平洋回り」「大西洋周り」と記されていましたが、もっと正確な表現があるのですね。
「地球の中心を通る円で震源(★印)と観測点(▽印)を結んだとき,近い円弧(劣弧)に沿って伝播したものをR1,遠い円弧(優弧)を伝播したものをR2という.R1が再び震源に戻りもう一周して観測されたものは R3,同様にR2がもう一周したものをR4,と命名していく.」
球面上の2点を結ぶ弧は無数に引けますが、球の中心とその2点の、計3点を通る平面は一つに決まり、その平面が球面と交わる弧を「大円」と呼びます。平面上の2点を結ぶのが線分で、2点の最短距離になりますが、それとの対応で、この大円の弧は球面上の2点を結ぶある種の「直線」として扱えます。
この弧のうち短い方に沿って伝播し始めて周回する波にR1,R3,R5・・・と名付け、長い方の弧に沿って伝播し始めて周回する波にはR2,R4,R6・・・と名前をつけるのですね。
これなら、どのような地震に対しても、観測点での波の名前が一意に決まりますね。
(「一意に決まる」というのを、数学などでは「ユニーク」と表現しますが、日本語のユニークとは違います。化学ではすべての化合物に唯一の名前があり、名前を知れば化合物が特定できるようなシステムを作っています。「ユニーク」な名称を持つのです。)
やっときちっとわかって、納得して、落ち着きました。
R1とR2にほとんど差がないことは「震源(チリ中部)に対して観測点(日本・小笠原)がほぼ真裏にあることからきている」と書かれていて、私の読み込みが間違っていなかったことも確定し、嬉しかったです。
●新聞の持つ「科学力」というものがあらわになった出来事でした。
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◆なお、東大地震研究所の上の記事の次にさらに、地球がしばらくぷるぷる震えていた、という話が載っていましたのでご紹介します。
振動する地球
今回の地震のような巨大地震の後には,地震波が地球を数周した後も地球全体が振動し続けている.釣り鐘をたたいた後も釣鐘全体が変形して振動している様子に似ている.
今回の地震でも2日以上にわたって振動をし続けている様子が観測された.図は,観測された波形に色々な周波数の成分が含まれている事を示したもの.それぞれのピークが一つの振動パターに対応している.たとえば0S2という振動パターンはフットボール型と呼ばれる振動,0S0という振動パターンは地球全体がのび縮みする振動に対応してる.今回の地震ではそれぞれ,おおよそ0.4mmおよび0.16mmの振動を続けていることがわかった.
このように,マグニチュード8をゆうに越える巨大地震では,周期1000秒以上で地球全体が変形してる様子を見て取ることができる.初めて実際に観測されたのは1960年のチリ地震だった.
謝辞: 防災科学技術研究所のF-net観測網のデータを使用させて頂きました.
(西田 究 助教)
●神様は、ぷるぷる震える地球の振動を「聞いて」いるかもしれませんね。
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