硫黄の匂ふ
2010.3.1付 朝日歌壇より
雪雲の那須連山を覆ひきて殺生石に硫黄の匂ふ:(須賀川市)布川澄夫
また、かかしめが身も蓋もないことをいう、と嗤ってください。
元化学教師としては「硫黄は匂わない」ということを、ず~っと言い続けてきたものですから。
硫黄の粉末の瓶のふたを開けると、かすかにツンとした感じがあるのですが、普通にいう「硫黄のにおい」ではないのです。普通に「硫黄の匂い」といいならされているのは「硫化水素の匂い」なのです。
理科支援員として行った小学校で、硫黄の黄色い大きな結晶を見せたら、案の定、これ匂う?と聞かれました。いや、硫黄は匂わないんだよ、と答えました。
「硫化水素の匂い」では歌にはならなくて申し訳ないことを言いました。スミマセン。
「殺生石」も授業でいつも話していました。
石の陰に、空気より密度の大きい硫化水素ガスがたまってね、そこに入り込んだ動物が死んで白骨化したんだね。それを見た昔の人が、この石には動物を殺す不思議な力がある、と考えて、殺生石となづけたのだ、というようなことを授業で話ましたっけ。
いくつかの毒ガスについては、そのにおいなどを知っておくと「生き延びる力」になるかもしれない、と私などは思います。死なない程度の濃度で、毒ガスの匂いを知っておくことはよいことだと思うのですが、最近は、毒ガスの匂いを生徒に嗅がせるなど、もってのほかだという非難を食らうことになってしまったようです。
硫化水素、塩素、塩化水素、アンモニア、二酸化硫黄、二酸化窒素・・・
みんな有毒です。そのにおいを知っていれば、ある程度の対処法がわかります。
知らないものだから、なんでもかんでも「異臭」と片づけて、ただひたすらに怖がるだけ。生き延びる力が衰弱しているような気がします。
◆脱線ついでに。
硫化水素の匂いのことを「卵が腐ったようなにおい」と表現するのですが、果たしてどれだけの人が「卵を腐らせた経験」があるのでしょう?
冷蔵庫などない時代に育った私などは別として。
今は、腐った卵なんて誰も知らないのでしょうね。
何年か前、ある小学生が、卵の腐った匂い、と言う話を聞いて、本当に卵を腐らせてみた、という小さな記事を見たように記憶します。
実に偉い子です。やってみなくちゃ分からないよね。これ、ほんとうに自然科学的な態度です。感動しました。
卵の黄身には硫黄を含むたんぱく質多いのです。そこで、卵を固ゆでにすると、たんぱく質が分解して、硫化水素臭がするようになるのです。固ゆでの茹で卵の匂いです。
銅の鍋で卵黄を泡たて器でこするようにかくはんすると、銅と硫黄が反応して硫化銅ができます。ほんのわずかですが。硫化銅は少量なら青っぽいので、卵黄をたてたのに、青っぽくなてしまった、というような思いがけない「事故」がおこったら、こういうわけだと了解して下さい。アルミ鍋やステンレスなべでやれば大丈夫です。
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