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2010年3月 2日 (火)

木のいっぽん

2010.3.1付 恋する大人の短歌教室 より
{応募作}
境内の木のいっぽんになってゆく君のかたちを見送っている:(神奈川)中村 文

 『万葉集』に「松の木(け)の並(な)みたる見れば家人(いはびと)のわれを見送ると立たりしもころ」という防人歌がありますが、その着眼を反転させて現代に引き継いだような歌です。シュールレアリスム風と言うか、不思議な雰囲気の一首でもありますね。神社か寺院かは分かりませんが、樹木が多くて広大なその境内を遠ざかってゆくのは、恋人なのでしょう。後ろ影がおぼろになり、やがて木立と区別がつかなくなってしまう。そこを「木のいっぽんになってゆく」と大胆かつストレートに表現したところが、心憎い。「君のかたち」というとらえ方も、突き放したような結句も、効果的です。冬枯れの木立を想像するか、緑豊かな木々を思い浮かべるか、読者次第で恋人たちの関係にも異なる見方が出て来るでしょう。そこもまた、面白いところです。
 文字遣いも含め、どこにも手を加える必要はありませんが、強いて一語を差し替え、場所を東京の明治神宮外苑に特定して見ました。一種の変奏と考えてください。

{添削後}
外苑の木のいっぽんになってゆく君のかたちを見送っている
----------------------------------------------------------------
 さてさて、とうとう、添削しなくてもいいものに、手を加えてしまわれた。
御自身でも「一種の変奏」とおっしゃっています。
ならば、こういう形にせずに、「頂いた短歌が私の中に惹き起したイメージ。それは明治神宮外苑の木なのであった」くらいのことを、最後に書きくわえれば済むことではないでしょうか。
「強いて差し替え」る必要はなかったでしょう。

私は外苑を歩いたことは一回か二回くらい、それも大昔。あとは自動車で外苑を走り抜けることはずいぶんたくさん。
イメージとしては、「並木」ですね。とくに秋のイチョウの黄葉がとてつもなく美しかった。
この歌、「並木」にはそぐわない気がしています。あの並木道を遠ざかってゆく「君」が、一本の木になるにはずいぶん遠くまで行ってしまってからのような気がする。

「境内」というようにすれば、それが読者に喚起するイメージは多様になってしまうかもしれませんが、そうとんでもなく広い空間にはならないような気がする。
その中で、「君」が一本の木になるとき、呼べばまだ声は聞こえるし、振り返ってくれるかもしれないし、そこから再び何かが始まるかもしれない。そういう距離感を孕んでいるように思えるのです。
でも、声をかけずに「見送っている」。
そこには「声をかけない」という意志が読みとれる。
別れを決意した、心の姿が見える。

妙な「限定」を勝手につけないでください。
作者が読者に任せたことは、読者が引き受けます。
読者が読みとることによって、作品は完成する。
芸術作品は「作品単独」で完成するものではないと思っています。鑑賞者との関わりの中で完成する。だから、作品を鑑賞するという行為は、芸術的な行為なのです。その覚悟なしで、「権威者」の解説にたよって作品を見るならば、それはもう芸術ではないと考えています。
エライさんの解説に頼らない、自分自身で作品と対決しようと、自分に言い聞かせる私です。

◆ところで、たまたま2月26日の「ナカニシ先生の万葉こども塾」というコラムで上の防人歌が紹介・解説されていましたので、あわせてご紹介しましょう。

松の木に誓う 無事の帰宅:2010年2月26日

松の木(け)の 並(な)みたる見れば
家人(いわびと)の われを見送ると 立たりしもころ

        巻二十の四三七五番、物部真島(もののべのましま)の歌

道沿いの松並木を見ると、家の人が見送ろうと立っていたのと同じだ

 防人となって九州に出かける若者は、途中、松並木の道にとおりかかりました。そこで作者は即興の歌をよんだのです。「見ろ見ろ、見送りの人みたいだぞ」と。
 たしかに並んでいる松は人の行列のようです。
 じつはこの時代、松を人に見立てる習慣がありました。松が人間だったら大刀をあげようなどと歌うほどです。
 だから松はすぐ家の人を連想させたのですが、それが見送ってくれた最後の行列とは、切ないですね。
 作者はこの時、マツが「待つ」と同じ発音だと気づいて、心の中で大声で叫びました。「帰りを待っていてくれる!」。この歌にはそんな思いもこめました。
 防人はほとんど帰れませんでしたが、彼らはいつも前向きです。とくにこの作者は十人の兵を部下にもっていました。春たけなわ、旧暦二月の旅だったと記録は伝えています。
(奈良県立万葉文化館長・中西進)

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