2月28日の朝日新聞に小さな広告が載っていました。
原子力ノート:歴史の謎を解く放射線。◎今年2010年は平城京遷都から1300年。歴史への関心が高まっています。歴史といえば年代測定にも力を発揮するのが放射線。遺物に付着した炭素14を調べることで、いつの時代の物かを特定できます。
日本原子力文化振興財団
◆この記事の内容を解説したいと思います。
◆この記事に述べられているのは「放射性炭素年代測定法」というものです。
高校の化学で習いますが、炭素(C)というのは原子核に陽子が6個ある原子のグループです。原子核には陽子だけではなく、中性子もあって、強い力で原子核がばらけないように結び付けています。
炭素の場合、中性子が6個の原子と、中性子が7個の原子核は安定です。この場合、陽子の数と中性子の数を足した「質量数」は12と13になりますので、「炭素12」「炭素13」と呼びます。
自然界では炭素12が98.93%、炭素13が1.07%の割合で存在しています。
これらは「安定同位体」ですから、放射線を出したりはしません。
◆では、放射性炭素ってなんでしょう?
地球には宇宙から宇宙線が降り注いでいます。大気上層部で宇宙線から生じる中性子(n)が大気中の窒素原子(N)の原子核にぶつかると原子核の反応が起こります。(式は省略しますが)その結果、陽子6個+中性子8個からなる原子核が生まれます。陽子が6個ありますので、これは炭素です。陽子と中性子の個数の和が14ですので質量数14の炭素=炭素14ができたことになります。
ところが、炭素14の原子核は不安定で、時々壊れるのですね。
原子核内の中性子がマイナスの電気を持つ電子を放出して陽子に変わるのです。
放出された電子を「ベータ(β)線」といいますので、このような壊れ方を「ベータ崩壊」といいます。
ベータ線という放射線を出す炭素なので「放射性炭素」というのですね。
電子が出ていったあとの原子核はというと、中性子が1個減って7個、陽子が1個増えて7個、合わせて質量数14は変わらずです。陽子が7個ある原子核を持つグループは「窒素(N)」です。ですから、炭素14がベータ崩壊して、窒素14ができたのですね。この窒素14は安定ですから、もう壊れません。
◆さて、炭素14は炭素であることに間違いはないので、二酸化炭素になります。二酸化炭素(14)と書いておきますね。
大気上層部で生じた二酸化炭素(14)は大気中に拡散します。
すると、大気中での炭素14の濃度はどうなるでしょう?
大気上層からは絶えず宇宙線で作られた二酸化炭素(14)として供給され、不安定なために壊れて窒素14として消えていきます。長い時間の中で、供給と消滅が釣り合うと、大気中での炭素14の量はほぼ一定になると考えられるのです。(厳密には必ずしも一定ではないので、補正が必要になりますが。)
◆さて、炭素14は二酸化炭素(14)という形で空気中に存在していますから、植物が光合成をするときに、この二酸化炭素(14)も一緒に使われることになります。光合成でグルコースとして固定されてしまうと、もうあらたにグルコース中の炭素に炭素14が入って来ることはなくなりますから、グルコース中の炭素14は減る一方になります。食物連鎖で、動物は植物がつくったグルコースを食べますので、動物体内の炭素原子も炭素14を含むことになります。光合成以降動物が食べるまでの時間は短いですから、動物の体内の炭素14は、空気中の炭素14濃度とほぼ等しいとして差し支えはないでしょう。食べては排泄し、生きている間、動物体内の炭素14は一定です。ところが動植物が死ぬと、それ以降、炭素14は全く供給されなくなりますので、減る一方になります。
もし、この減り方に規則性があるなら、遺跡から発掘された「炭素を含む試料」中に残っている炭素14と炭素12の割合がわかれば、死んでから経過した時間がわかることになります。これが「放射性炭素による年代測定」というものです。
◆では、炭素14の減り方には規則性があるのか?
あるんですね。
放射線を出して壊れる原子核の集団を考えます。
この集団での原子の壊れる速さは、その集団の原子の個数に比例するのです。
こんなふうに書かれます。
ある量の変化のスピードがその量の現在の大きさに比例する、というできごとは自然界でいろいろありまして、そのとき、その量は指数関数で表されることになります。
こうなります。
図を見てください。こんな感じの減り方になります。
で、出だしの個数をN0としたとき、ある一定時間Tだけ経過すると個数が半分になります。
また同じ時間Tが経過すると、また半分になります。
{以下同文}
このような、ある時間Tが経過すると、その時間のはじまりの時の量の半分になる、という時間Tを「半減期」といいます。
炭素14の場合、半減期は5730年です。
ですから、ある生物が死んでから5730年後には、炭素14は半分になります。
11460年後には最初の4分の1になるのです。
この規則性があるので、炭素14を歴史的な時計に使えるわけです。
{注意:原子1個だけがあった場合に、半減期の時間が経過した時にその1個の原子がどうなるかは全く分かりません。この出来事は原子の大集団についてのみいえることです。}
◆さて、残っている炭素14の量を知りたいのですがどうしたらよいでしょう?
1:残っている炭素14が壊れるのを待って、そのサインをとらえる。
2:残っている炭素14を数える。
(1)の方法が在来の方法です。炭素14が壊れるときにはベータ線を出しますので、このベータ線をとらえて、単位時間に何個壊れるかをカウントすると、壊れるスピードがわかって、炭素14の量がわかるという考え方です。
ただこの方法では、出てくるベータ線の数が少ないので、試料がたくさん必要→歴史的価値のある遺物を壊すことになる。
時間がかかる。
誤差が大きい。
といった欠点がありますが、かつてはこの方法しかありませんでした。
ベータ線をはかるので「ベータ線計測法」といいます。
冒頭の記事に書かれていたのはこの方法のことです。
(2)の方法が発展してきています。
試料中の炭素原子をイオン化します。
イオンは電気を持つ粒ですから、電圧をかけて加速します。
加速したイオンの流れを磁場の中に入れるとイオンの運動方向が曲げられます。
このとき、質量の大きいイオンは曲がりにくく、質量の小さいイオンは大きく曲げられます。
{ブラウン管テレビで、電子銃から電子を放出し、コイルの磁場で電子の流れを曲げて、ブラウン管の面に画像を描いたのと、原理的に同じです。}
これが「質量分析」という方法です。
この方法ですと、原子の数をカウントできるので、試料はごくわずかでよくなり、歴史的な遺物を壊さずに済みます。
また、計測に必要な時間も短く、精度も高くなります。
「加速」して「質量分析」するので、「加速器質量分析法」といいます。Accelerator Mass Spectrometry=AMSといいます。
考古学の話でAMSという言葉が出てきたらこの方法です。
従来のベータ線計測法とAMSが、今、併存していて、その結果の解釈などに議論が交わされているようです。
◆具体的な歴史・考古学の話には立ち入りません。
最初に掲げた、「原子力ノート」という小さな広告をきちんと理解していただきたいと思いました。
広告は、「放射線」といってもこわくありませんよ、歴史研究にも使うくらいですから、と言いたいのでしょう。
まあ、いいですけれどね。むやみに放射線・放射能を怖がる必要はない。
かといって、身近にあって有用なものです、ということで原子力利用は怖くありませんという宣伝に乗るつもりもない。
原子力は未完成技術。廃棄物の処理もまだできずにいる。さらに、そこへ人間の権力欲なども絡んで、決して明るい未来を保証する技術とはいえない、と私は考えています。
感情的にならず、冷徹に理解しましょう。
そのお手伝いをしたいと思いました。