« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »

2010年3月

2010年3月31日 (水)

お散歩かかし:ヒュウガミズキ

0322hiugamizuki1 3月22日
六郷用水に辿り着きました。
ヒュウガミズキです。
なんで一般的な花がわからないくせに、ヒュウガミズキ、などというのがわかるのですか?
0322hiugamizuki2
だって書いてあるんだもん。
マンサク科ということも分かります。こういう表示は助かりますねぇ。
0322hiugamizuki3
きれいでしょ。花びらに少し透明感があります。

◆ところで
モンパルのスイッチを切って、キーを抜いて降りて、このヒュウガミズキの写真を撮っていたら
幼い男の子とお父さんの二人連れが散歩してきました。
男の子は「パパ~、赤い!」と叫びながらモンパルに走り寄って行きました。
お父さんと一緒に、モンパルを眺めています。
どうも、私のモンパル、出先でいろいろ面白いことになります。
車いす、という雰囲気ではないのですね。
スクーターみたいなんです。赤で目立つし。我ながら結構スマートなスタイリング。
でも、なんだかスクーターとも違うようだし。
ということで、概念枠にうまく入りきらない幼い人が好奇心をいたく刺激されるようですね。
おじいちゃんの車いすなんだよ。走らせてみようか?
と、座って、走らせると、大感激してくれましたね。ゆっくり時速1kmで走らせて、よろこばせて、じゃあねぇ、またね、バイバ~イ、とお別れ。

妻と二人で、社会的な役割としての、じじばばをたっぷりやって、楽しみました。
にこにこ、にこにこ、気分いいですよぉ。

お散歩かかし:ハナモモかな

0322hanamomo1 3月22日
駐車場の端に真っ赤な花の咲いた木。
ハナモモかなぁ。
0322hanamomo2
ゴージャスな花です。
アングルを探して写真を採っていたら、理科支援員としてしばらく行っていた小学校の6年生に会ってしまいました。もう卒業直前でしたね。しっかりした雰囲気が好もしかった。
中学校も楽しんでくださいね。

お散歩かかし:モモかな?

0322momon 3月22日。春分の次の日の、妻(徒歩)とのお散歩(モンパル)の続きなんですが。
多摩川の土手を下りて、六郷用水跡の方へ回ろうとしているところです。
以前に梅の姿がよい、といった公園にきました。入り口近く。
これは桃ですか?木全体がピンク色を帯びています。
桜の姿ではないでしょう。
ピンク色の花がこの時期多くて、識別しきれない私です。
0322su
公園の中の方を見たら、あれはカラスの巣じゃないかなぁ。
木の枝分かれしたところにあります。

以前、カラスの巣を分解したことがあります。下のHPに載せてありますので興味がおありでしたらどうぞ。
http://homepage3.nifty.com/kuebiko/science/88th/sci_88.htm

繁殖期のカラスは気が荒いですから注意しましょう。
ヒトという動物のオスとメスと幼児を見分けますよ。
やはり、オスに対しては警戒してかかるようです。
攻撃を受けやすいのは闘争能力の少ないもの、ですね。
見分けてかかってきます。ご注意を。

天敵

2010.3.29付 朝日俳壇より
天敵の動き出したる蜷の道:(神戸市)竹内信子

にな【蜷・蝸螺】巻貝の一群の総称。カワニナ・ウミニナ・イソニナなど。古書や俳諧では、カワニナ類をいう。河貝子。〈色葉字類抄〉。<季語:春>[広辞苑第五版]

カワニナの天敵って、何だろう?
ホタルの幼虫がカワニナを食べることは知っています。で、ホタルの幼虫が天敵なのかな?
「カワニナの天敵」で検索してみたらこんな記述に出会いました。
「ほたる館近辺より上流にカワニナ及びホタルの幼虫の天敵、鯉がたくさんいて、カワニナが激減している。」
また、こんな記述も
http://www2.gol.com/users/nekopapa/hotaru/torikawa/genji.htm#ho-12i

 カワニナは殻が炭酸カルシウムなので、カルシウムイオンを含む水を好む。食物は雑食性であるが、一般的には珪藻や草などを食べている。生活の条件としては、水温14~20度くらい、水深15~30cmが好適であり、流速はそれほど関係はない。春から秋にかけてカワニナの活動が活発になる。12月頃になると川の真中にいるか、川底の土砂浅くもぐって静止する。稚貝は浮水生を持ち浮き沈みできるのであるが、これはゲンジボタルの若令の幼虫と全く同じ習性を持っている。  
  また、カワニナの天敵は、ヒル・魚・鳥である。

さて。鯉ですか?

啓蟄

2010.3.29付 朝日俳壇より
啓蟄や一言居士は深眠り:(前橋市)荻原葉月
 春になり冬籠もりの虫たちは這いだしてきたが、この一言居士はまだ眠っている。

「葉月」さんとは男性名でしょう、女性名でしょうか。
男性なら「一言居士」は自分のことで、虫は動き出したのだろうが、わたしはまだまだ眠たいよ、お籠りだ、となるのでしょう。
女性なら「一言居士」は配偶者でしょうね。うちのひとときたら、まだ冬籠りがつづいているよ(笑)。
となるのではないでしょうか。

どっちがおもしろいかなぁ。

春の水

2010.3.29付 朝日俳壇より
発電の大仕事して春の水:(富士宮市)若林和司
 長谷川櫂 評:ダムのたたえる圧倒的な水の量感。昨今、ダムの評判は芳しくないが、この句は上々。

これも、評に疑念があって。悩んでいます。
評のように、ダムに湛えられた水なら、これから発電という「大仕事」へ向かうのですから
「発電の大仕事する春の水」ではないのですか。

作者は「大仕事して」と言っている。それは「仕事を終えて」ということではないですか?
とすれば、発電所から流れ出る仕事を終えた水がゆったりと流れゆくさまを詠んでいるのではないでしょうか。
ダムから猛烈な勢いで落ちてきて、発電し、仕事を終えた水、のように思えるのですが。

ダムに湛えられた水は静かですが「位置エネルギー」をもちます。
導水管を流れ下る時、位置エネルギーは運動エネルギーに変わり、激しい流れになります。
この運動エネルギーが発電機の水車を回し、発電機はそれを電気エネルギーに変換します。
水力発電の発電機の水車は非常にエネルギー効率が高いので、発電機を出た水はもうほとんどエネルギーがありません。発電所から激しく流れ出してくるわけではないのです。停滞した水で、その位置から川を流れ下るという位置エネルギーしか持っていません。

というわけで、仕事を終えて発電所を出た、ゆったりとした水に春の風情を感じた、と私は読み取りたいのです。

猫の恋

2010.3.29付 朝日俳壇より
まぼろしのしつぽ追ひかけ猫の恋:(蒲郡市)牧原祐三
 長谷川櫂 評:「まぼろしのしつぽ」とは!人間の恋もこういうところがあるが、猫の恋もやはりこういうものだったか。

評が分からなくって、しばらく考え込んでいました。
「人間の恋もこういうところがあるが」と断定的に言われて、分からなくなってしまって。
「あばたもえくぼ」
恋とは、相手との相互関係というよりもむしろ、自分の側の勝手な思い込みというべきなのでしょう。そう考えて、評をなんとなくわかったような気がしてきました。
だからといって、「猫の恋もやはりこういうものだったか」というのも、わからないなぁ。

健康なオス猫はメス猫からのサインで発情します。発情したオス猫はメス猫の匂いを嗅ぎたがります。
ここかな。
「まぼろしのしつぽ追ひかけ」という行動は。

人間と対比させるのは無理があるよなぁ。

溲瓶

2010.3.29付 朝日俳壇より
春や曙最晩年の溲瓶かな:(京都市)尾賀和正
 金子兜太 評:春暁悠々と排尿の人に長寿あり。

金子先生「しびん」に凝ってらっしゃいます。

男は全員、前立腺肥大。おしっこ、ちょぼちょぼ。排尿の終わりがわからない。
まだ出てる、ということを視覚的に確認するか、水面をたたく音で確認するのが一番。
そういう意味で、「しびん」はよいのです。

一端、尿を切る動作をしてしまうと、もう再開できない。で、残尿感に悩まされる。
膀胱からの自然落下、自然流出に任せて、最後の最後で一回だけ尿を切る動作をすればよい。
そういう意味でも「しびん」はよいのです。

あやしい評を書いてしまったなぁ。

美貌

2010.3.29付 朝日俳壇より
老妻の美貌くまなくおぼろなり:(豊橋市)河合清
 金子兜太 評:春の朧のなか衰えぬ老妻の美貌よ、と受け取りたいが、逆に妻も老いてその美貌とりとめなし、とも読める。いずれにせよ愛妻の句。

かかし:我が目も老いて、しょぼしょぼになった。この目をもって眺むれば全て女性は美しい、と。皮肉すぎますか。

春の闇

2010.3.29付 朝日俳壇より
春の闇とは美しく恐ろしく:(北海道)高橋とも子

冬の厳しい寒さ、切るような硬さに対して、春の闇は、やわらかい感じがして、それでいてしみ込んでくるような寒さがあり、肌の表面よりはむしろ体の芯が冷える。
春という言葉と、春の実際とには、おおきな食い違いがあります。
春は暖かいものではありません。春は穏やかなものでもありません。

自然をイメージで見ると、手痛いしっぺ返しを食らいます。

さくら

2010.3.29付 朝日歌壇より
息吹けば咲き出しそうな枝ばかりさくら木は今何かを待ってる:(大阪市)石橋佳世子

開花直前の緊張をはらんだ瞬間を「息吹けば」という言葉で表現しきったと言えますね。

花は咲く、実はならない、寿命は100年を切る。
ソメイヨシノは何を思って咲きほこっているでしょう。
どこかに危うさをはらんでいるような気もしますね。

黒猫

2010.3.29付 朝日歌壇より
白梅の花びら散りしく路地をゆく朝青龍のような黒猫:(松戸市)猪野富子

これが、「詩」や「文学」の特性なんだろうなぁ。
意味の曖昧性がイメージを喚起する。
作者が提出した「言葉」は、読者に正確に伝わることを求めていない。
むしろ、その曖昧性によって、読者に豊富なイメージを引き起こす。
自然科学などでの「言葉」「用語」の使い方と全然違うのですよね。
自然科学では、言葉は対象を過不足なく表現することが第一であって、読者に対して曖昧であることを排除するのです。

「朝青龍のような黒猫」といわれて、困ってしまいました。
人によって「朝青龍」によって引き起こされる感覚がみんな違うはずですから。
悪役を期待しますか?丸っこい体を思い浮かべますか?激しい闘争心を思い浮かべますか?・・・・・・

伝わりはしない、だが、喚起する。

野焼

2010.3.29付 朝日歌壇より
ボランティアの人幾人かまじりいて野焼始まる阿蘇に春来る:(阿蘇市)中川實

害虫駆除、ということも言われますが、害虫って何だろう?と思ってしまうかかしです。
カマキリの卵塊が焼かれているのだろうなぁ、などと想像すると、悲しい気がします。
菰巻き、にはあまり意味がないことはすでに分かっていますが、野焼きはなぁ。
草原を維持する、という意味があることはわかるんですけれどね。
放っておくと低木が生え、やがて林などへと「遷移」していくのですけれど。

人命が失われたりもしています。
なんだか、完全に釈然としたわけではありません。

日本蜜蜂

2010.3.29付 朝日歌壇より
頑なに日本蜜蜂飼い続け菜の花咲くをじっと待つなり:(前橋市)船戸菅男

普通「ミツバチ」といった場合、セイヨウミツバチを指しています。
セイヨウミツバチは一見して「黄色い」ですが、ニホンミツバチは黒っぽく見えます。
セイヨウミツバチの方が「家畜化」されていて、蜂蜜の採取には適しているのでしょう、詳しいことは知りませんが。
ただ、ニホンミツバチは、日本の「昆虫叢」のなかで進化してきましたから、セイヨウミツバチにない日本に合った特性も持っています。
有名なのはスズメバチと対抗できるということです。
ニホンミツバチはスズメバチと一緒に進化してきましたので、対抗する方法を持っているのですが、セイヨウミツバチはスズメバチに対抗できなくて、襲われると巣が全滅したりするのです。

スズメバチの偵察バチがニホンミツバチの巣に姿を現すと、巣の見張り番のミツバチが警報フェロモンを発して、戦闘態勢に入ります。
ミツバチたちは集団でスズメバチをとり囲み包み込み、蜂球という状態を作ります。そうして、胸の筋肉を激しく動かして、ミツバチたちは発熱を始めます。その熱が内部にこもると48℃くらいまで熱くなります。スズメバチは44~46℃くらいが限度なので、この温度に耐えられなくて死にます。ミツバチ自身は48~50℃まで耐えられるので、死にません。
このような、方法でニホンミツバチはスズメバチに対抗できるのです。
セイヨウミツバチは致死温度の上限がニホンミツバチほど高くないので、このような方法は使えないのです。
ただ、セイヨウミツバチでも、発熱するわけにはいかないけれど、スズメバチを包み込んで窒息死させる方法は持っているということですが、時間がかかるようですね。

日本の在来種を使って蜂蜜を採るということにこだわっていらっしゃる。効率は良くないのかもしれませんが、続けていただけるといいですね。
蜂蜜に特別な違いはありません。
(農作物への授粉者という意味では、セイヨウミツバチの方が守備範囲が広いような気もしましたが。)

http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-7fc4.html
ここにニホンミツバチの写真を載せてあります。ご覧ください。

◆別件:ある蜂蜜業者の広告で、ミツロウを使ったクレヨンが宣伝されていました。安全・安心だと。
でもねぇ、昔からある「蝋のクレヨン」も蝋には取り立てて危険ということはないのですよ。
クレヨンが危険とすれば、それは顔料のせいなのです。
クレヨンの危険性を論じるのなら、用いている顔料が何なのか、これこれこういう顔料を使っているから安全・安心だ、といわなければ、まるっきり説得力はないのです。
天然だ、自然だ、だから安全・安心だ、というタイプの広告には、眉に唾を付けてかることをお勧めします。

獅子の如く

2010.3.29付 朝日歌壇より
獅子の如く春は来るとう夫の声荒風にのりてこの春もまた:(上越市)三浦礼子
 馬場あき子 評:「獅子の如く」の比喩も勢いがあって春の底力が感じられる。

さて、作者に失礼のないように、とは思うのですが、妙な深読みをしたくなりました。
配偶者は「千の風」になっておられる。春の荒々しい風に、配偶者の声を聞いておられる。
そう、あの人「春は獅子の如くに荒々しくやってくるんだよ」と言っていたなぁ。今年もまたあの声が聞こえる。
と。

失礼しました。

ガラパゴス諸島

2010.3.29付 朝日歌壇より
ガラパゴス諸島の鰐となり果てて老人ホームの風呂に動かず:(岩国市)蛭本博彦
 馬場あき子 評:ガラパゴス諸島は動植物の宝庫だ。第一首は老人ホームでの入浴をのんびり寝そべる鰐にたとえてユーモアがある。

困惑しています。
おそらく、ガラパゴスにはワニはいない。
ガラパゴス諸島にいる爬虫類は、ゾウガメと、ウミイグアナ・リクイグアナなどの大型のトカゲなどがメインです。ワニはいないはずなのです。
選者は「ガラパゴス諸島は動植物の宝庫」とおっしゃっていますが、熱帯の原生林のような動植物「叢」の密度の高い生態系ではないのです。
大陸の進化の流れから切り離された独自の生態系が成立しているのです。そこに選者の誤解がありますね。

まず、作者がトカゲをワニと表現したと理解することにしましょう。
イグアナが岩の上で体温を上げるために日を浴びて長く寝そべっているのはTVなどで見る光景です。
その上で
世間・社会の流れから遠ざかった場所で、イグアナのごとく、世間の流れから離れて「長まっている」ことだなぁ
と読みこみたいのですが。

註:「長まる」は秋田の方言のような気もしますが、語感が好きなので私はよく使う言葉です。
「体を伸ばしてながながと横になる」というような意味です。

四年後

2010.3.29付 朝日歌壇より
四年後のソチを目指すと言えること死など微塵も思わぬ若さ:(春日井市)伊東紀美子

そうですねぇ、私の場合、4年後には60代の後半に入っています。四捨五入の70代。アラセブですか?アラ喜ですか?
どうなっているでしょうね。そう、生きているかどうかも、自信を持っては言えないですね。
願望としてはもう人生にサヨナラを告げた後だといいなぁ。

ちゃんと死にたい、と思う年齢ではあります。

更衣室

2010.3.29付 朝日歌壇より
派遣切り告げられ更衣室に行き脱ぐものを脱ぎ着るものを着る:(大阪市)加治屋 恵

更衣室、ロッカールームという場所は、「公私」が微妙に重なり合う場所ですね。
自分の私物もあれば、職場のものもある。
派遣切りを告げられ、この公私の重なり合う場所で、その重なり合った公と私をザクっと切り離す作業を行った。
痛みを伴う作業だったのでしょう。

2010年3月30日 (火)

コデマリ

0320kodemari 3月20日
コデマリのつぼみが立ちあがっています。
咲くのはまだ少し先でしょうが、こういう状態のつぼみがいっぱいあります。
楽しみですね。
白くて丸い花の集まり。
昔、なんだか、コデマリを歌った歌があったような、短調だったよなぁ、記憶が薄れてしまっています。

レンゲソウ

0320renge1 3月20日。レンゲソウの花の一連の写真をお楽しみください。
先ずは、かたい蕾。

0320renge2
続いて、間もなく咲く蕾

0320renge3
咲き始めました。咲いた花。まだ蕾。いっしょ。
きれいな紫です。

0320renge4
マメ科です、といっています。

0321renge
咲きそろいました。

気品のある紫の花が大好きです。

枝垂桜

0320sidarezakura1 3月20日
密蔵院の枝垂桜。
大田区内では結構有名らしいです。
咲きはじめたところ。
0320sidarezakura2
まだ蕾の方が多い。
ソメイヨシノと違って、ゆっくり時間をかけて開いていきます。
0320sidarezakura3
六郷用水跡の遊歩道があって、この写真上で、遊歩道の左側が水路です。
赤い柵が見えますが、これは散策する人の休憩用のベンチがある場所です。
そうして、水路、遊歩道にかぶさるように枝垂桜。
まだ、全体がピンクに染まってきたなぁ、という程度の状況でした。
もう少し幅の広い遊歩道だと、すれ違いも楽でいいのですけれど。
モンパルで上がることはできません。人、自転車、車いすとのすれ違いがとてもきついので、遊歩道から一段下の車道を走るしかないですね。
もう一息の「合理的配慮」があるとよかったのになぁ。

レンギョウ

0320rengyou 3月20日
六郷用水跡の水路の向こう側の石垣。
まだ少なめですがレンギョウが咲いていました。
少し早かったかな。もっと「きいろ!」になるはずです。
暖かければ、まめに散歩に出てきてもいいのだけれど、なかなかなぁ、不安定な日々が続きますことよ。

アメリカザリガニ

0320zarigani 3月20日
六郷用水跡の水路。
石の間からザリガニが顔を出していました。
あ、いる、と撮った一枚のみ。うまく写っていてハッピー。
すぐひっこんでしまいました。
水の中は写しにくい。
貝などもたくさんいます。

ザリガニの腹部には光を感じることのできる部分があります。
岩の割れ目に頭から入って隠れたとき、腹部まで完全に隠れたかどうか、腹部に当たる光でわかるらしいのですよ。
頭隠して尻隠さず、にならないような光感受能力を持っているのです。

ジャノメエリカ

0320janomeerika 3月20日
トキワマンサクのすぐ横にあります。
もうこの花の季節なんですね。
日あたりがあまり良くないのかなぁ。以前はもっといっぱい花をつけていたように思うのですが、最近は少々さびしげ。
影響があるかどうかは知りませんが、この場所、ものすごい風の通り道でもあるのです。
絶え間なく風が抜けていくので、写真を撮りにくい場所。
温度も上がりにくいのかもしれませんね。

トキワマンサク

0320tokiwamansaku1 3月20日
近くのマンションの植え込み。
赤い葉芽。
0320tokiwamansaku2
きれいでしょ。
このマンサクの花が気に入っています。
リボンみたいなんですよね。
妻は一枝もらってきて挿木にしようかと考えているようです。
なんとも風情のある、面白い花ですものね。

ヒラドツツジ

0320hiradotutuji3  3月20日
六郷用水跡の植え込み。
ヒラドツツジと書いた札が立っていましたから間違いはないのですけれど
目を惹いたのは花ではないのに、白っぽいものがいっぱい見えるのですね。
上の写真がそれです。
左上へ向かって新芽が伸びています。
0320hiradotutuji2
これつぼみのようでもあるけれど、多分違う。
これが新芽の「つぼみ」みたいなもので、この芽を包んでいる部分が開くと、最初の写真のような白い部分になるのでしょう。
なんとなく、普通の芽と雰囲気が違っていました。
0320hiradotutuji1
再度接近してみるとこうです。
萼のようでもあり、葉のようでもあり。
こういうの、初めて見ました。

2010年3月29日 (月)

カラー(下)

0323colla1 3月23日には
細長い杯状になって、咲きました。
0323colla2
白いメガホン状のものは「仏炎」ですから、苞ですね。
中の黄色い棒のようなものに細かい粒々がついているのが、奥の方に見えます。
この粒々が「花」でしょう。
こういうの「肉穂花序」の軸に花がついている、というのかな。
0323colla3
仏炎苞の渦に吸い込まれそうな気がしますね。

サトイモ科です。
水芭蕉や座禅草も同じ仲間ですね。

カラー(上)

0320colla 3月20日
棒状のカラーでしたが
0322colla1 3月22日
筒状のカラーになりました。
0322colla2
真上から見ると、人魂が飛んでいるみたい(?)でしょ。

駅のベンチ

0320bench1 3月20日
土曜日は天気さえ良ければ電車に乗って大型書店へ。
大量の「本のかおり」に浸るのが何より好きな私です。
さて、駅のベンチが「ド派手」に変わっていた。
びっくりして。電車を一本やり過ごして、ホームに人がいなくなるのを待ってパチリ。
都会の電車は1本のがしても、5,6分すれば次のが来る。急ぐことは何にもない、と思っています。
0320bench2
向かいのホームもパチリ。
人がいると肖像権やらプライバシーやら面倒ですからね。人はなるべく写さない。
しっかしまあ、これが芸術なんだろうなあ。わかんないけど。派手であることだけしか分かりません。

駅が魅力的になった(かなあ?)

ホームに立っている「柵」は、視覚障害の方の安全のため。
この柵が立つ前から、多摩川線は停止位置が50cmも狂わないという運転ですから、柵ができてもなんともない。3両編成だしなぁ。ホーム進入時の速度は40km/hだしなぁ。(山手線なんかはホーム進入時で60km/hくらいありますよ。)

先進的な路線なのです。

アセビ

0320asebi1 3月20日
六郷用水跡に面して建てられたマンションの植え込み。
アセビだと思います。
六郷用水跡に大田区が植えた「フクリンアセビ」というのもあるのですが、正直、違いがわからない。
0320asebi2

あせび【馬酔木】ツツジ科の常緑低木。山地に自生、また庭木として栽培。高さ約3メートルに達する。春、壺形の小白花を総状に下垂。全株が有毒、牛馬が食うと麻痺するというので「馬酔木」と書く。葉の煎汁は殺虫剤・皮膚病薬。材は堅く、薪炭材・細工物とする。あしみ。あしび。あせぼ。あせみ。毒柴。 ヒササキ。[広辞苑第五版]

葉に白い縁取りがあるかどうか、ですよね、違いは。そうなら、この写真のはアセビでしょう。
葉に縁取りがないから。
自信ないなぁ。

ユスリカ

0319yusurika 3月19日
ユスリカではあるのですが。
緑っぽいイメージなのはセスジユスリカです。
この写真のユスリカは黒っぽい。
オオユスリカというのでしょうか。
前の方へ長く伸びているのは前脚です。
触覚は細かい毛がいっぱい生えています。ですから、多分オスですね。
セスジユスリカに比べると少したくましい感じがしました。
私にとってはあまりポピュラーではないタイプのユスリカでした。
撮影したのは玄関ドアのある壁面なんですが、ここが以外と色々な虫に出会う場所でして。
昼食後の散歩でぐるっと一回りしてきて、さあ、家へ入るかな、とドアの前に立つと、やあ、といろんな虫に会う。あわててカメラの電源を入れて撮影に及ぶこともしばしば。
かかしさんの家では、どこで誰に会うか、わかりませんねぇ。

ショウジョウバエ

0319syoujoubae 3月19日
小型のハエ。ショウジョウバエですね。正確にはキイロショウジョウバエかな。

動物質の死体とか糞便にたかるのではなく、植物質の糖やでんぷん、蜜などの発酵したものにたかりますね。
ですから、屋外に、バナナやメロンの皮など置けば、さっそくに現れます。
カマキリを飼育する時など、小さな生きた餌が必要な時には利用して下さい。果物を瓶に入れて屋外に出すとたかってきますので、その瓶に、空き瓶をかぶせて、下から上へ追い上げ、その瓶の方を飼育している昆虫の入れ物に入れてやればよいのです。
カエルがオタマジャクシから変態して、小さなカエルになった当初などにも利用できますよ。

ササグモ

0319sasagumo 3月19日
気温が上がると小動物が確実に増えます。
ササグモはテリトリーを小さく確保していつも同じ場所に構えています。
ですから、毎日同じ場所で出会う個体は、同じ個体だと考えられます。
やあ、また会ったね。エサはちゃんととれるかい?と声をかけたくなります。
寿命はどのくらいの長さなのでしょうね。命の限りを生きてください。

桜坂上

0329sakurazaka1 3月29日
そう、午前中にちょっと用事があって外出した時に撮影してきました。
桜坂上という交差点のところ。
ここから、下っていくのが桜坂です。
もうすぐ満開でしょう。
でも、なんだか、昔に比べると、空が透け透けに見えるなぁ。
もっと、こってりトンネルのようになっていたのに。
今は、この坂を下りきって、右へ。六郷用水跡の桜が樹盛非常に旺盛になっているという感じです。六郷用水跡を整備したときに植えたひょろひょろの若木が、今、盛りを迎えています。ソメイヨシノの寿命は約60年とか。人間の寿命とコンパラブルですね。樹木としてはなんだか短すぎるような気もします。なんでかな。
「桜祭り」とかいうのでしょう、提灯がぶらさがっています。なんで、騒ぎたいのかなぁ。植物の営みを静かに鑑賞すればいいでしょうに。提灯なんか、場違いなものに見えますが。人の愚を示すだけのものだと私には思えます。

0329sakurazaka2
ところで、上の写真では赤信号が点灯していましたが、この写真では信号機が消えてしまっています。どうしたのでしょう?こわれたの?
いえいえ。
LED信号機は交流のままの電気で点灯させているようです。ですから、肉眼では分かりませんが、点滅を繰り返しているのです。コンパクトデジカメの液晶画面で信号機を眺めてみてください。信号機がチカチカ点滅しているのが見えるはずですよ。
この写真では、たまたま、消えた瞬間にシャッターが切れたので、真っ暗に写ったのですね。
もちろん、交流を整流して、直流電圧に換えて点灯させれば、ちらつきはなくなるはずですが、コストが高くなるのでしょう。交流で点灯させているようです。

またルリマルノミハムシ

0319rurimarunomihamusi 3月19日
結構ルリマルノミハムシ君は、スタイリストですね。
自分が栄えるPositionを心得ています。
鮮やかなContrastです。

桜桃

0319outou 3月19日
良い眺めでしょ。
花の時期を終えて、結実の時期へ向かう。
その成熟を支える葉が、芽から、葉へと展開し成長を始める。
植物の生きる姿が凝縮された一枚になりました。
日々の変化を楽しんでいます。

ナミテントウ

0319namitentou1 3月19日
アブラムシにはこういう天敵もいます。
ナミテントウ。
0319namitentou2
顔を撮ろうとして、角度を変え、接近したのですが、顔はあまりはっきり写りませんでした。
代わりに、雨のしずくがのっているのが写りました。
そう、雨上がり。体がまだ乾いていないのです。
翅の表面にはワックスが含まれていますから防水されています。
チョウの翅などは、鱗粉の微細な凸凹もあって、更に完全な撥水性になっています。
チョウの翅に水をたらしてみてください。水滴がコロンコロンになって転げ落ちますよ。
小さな体の昆虫たちにとっては、水の表面張力や、粘度はけっこう危険なこともあるのです。

ムクゲ

0319mukuge 3月19日
無窮花の芽も大分大きくなってきましたよ。
いつも、カメムシやアブラムシにたかられてしまうのですが、めげずに伸びています。
多分、おいしいのでしょうね。
虫に栄養をたかられても、それで枯れてしまうわけでもなく、両者バランスをとっているのでしょう。そういうのが「系=システム」ですね。一方に肩入れしてしまうと、両方ともダメになることがあります。ヒトのエゴは最小限にしましょう。

ホトケノザ

0319hotokenoza 3月19日
我が家のそばでやっと咲いてくれました。
線路のすぐ内側。
去年もこの形の草があったのに、花が咲かなかったのです。
どういう条件で花をさかせるのか、よくわかりません。
将来、この丸い葉っぱの上に私が鎮座ましまして居るかもしれませんから、見かけたら、一声おかけください。

ハナグモの仲間

0319hanagumo1 3月19日
ビヨウヤナギのところで、何かが私の視覚を「くすぐる」
なんだ?と目を凝らしてみれば、クモの幼体。
この姿はカニグモ科だな、とまではその場でわかるようになりました。
0319hanagumo2
さて、「日本のクモ」という図鑑を眺むるに
カニグモ科>ハナグモ属 だろうと思います。
コハナグモ、ハナグモ、クマダハナグモ、ヒメハナグモなどがいるのですが。
平地で見かける普通種、ということで、コハナグモかハナグモだと思います。
写真の個体はまだ幼体。図鑑の写真は成体の写真。で、ぴったり合う写真はないのですね。
困った。
雰囲気的にはハナグモだと思います。
眼に特徴がありますね。
もしこの場所で成長して大人になってからまた出会うことがあれば、確定出来るかなぁ。
楽しみにしています。
Good luck,see you again!

ルリマルノミハムシ

0318rurimarunomihamusi1 3月18日
ムラサキハナナの花弁にルリマルノミハムシ。
0318rurimarunomihamusi2
ハナニラの方へも移動してきました。
コントラストが鮮やかです。
下の写真のような姿が標準形。
後脚がちょっと脇にはみ出して見えます。
いろんな花の中にもぐりこんでいます。
花粉媒介者として頼もしい虫なのではないでしょうか。
花を食べているわけではないので、あまり邪険に追っ払ったり殺虫剤をかけたりしないでください。

2010年3月26日 (金)

レンゲソウ

0318renge 3月18日
レンゲソウの蕾です。
花が輪になって咲くのですね。
0318renge1
姿の美しい花です。すっきりしている。

れんげ‐そう【蓮華草】マメ科の二年草。中国原産。春、紅紫色の蝶形花を輪状に付ける。東アジアに分布。日本では緑肥・飼料作物として古くから栽培されたらしい。明治末期から北海道を除いて全国の田で春を彩ったが、その後減少。レンゲ。ゲンゲ。漢名、紫雲英。<季語:春>[広辞苑第五版]
げんげ【紫雲英・翹揺】レンゲソウの別称。<季語:春>[広辞苑第五版]

「日本原色雑草図鑑」(昭和52、全国農村教育協会)では、見出し項目は「ゲンゲ」になっていて、(レンゲソウ、レンゲ)となっています。
「形とくらしの 雑草図鑑」(平成19、岩瀬徹 著、全国農村教育協会)では、ゲンゲもレンゲもレンゲソウもないんです。
「雑草のはなし」(田中修 著、中公新書1890、2007年)では、レンゲソウ(マメ科)という項目が立ててあって、4ページにわたって記載があります。

・・・数十年前にはタンポポと並んで、レンゲソウは誰もが知っている雑草であった。・・・都会で暮らす人々にとって、レンゲソウは心の中で生きている代表的な雑草である。「代表的な雑草である」と紹介しつつ、レンゲソウには「雑草」という呼び名がふさわしくないとの思いが、私にある。なぜなら・・・秋に農家の人がわざわざタネをまいて、イネを植える前の田んぼで栽培していたのだ。レンゲソウは、放っておけば勝手に生えるタンポポのような雑草ではないのである。・・・

こうなって、根粒菌による窒素固定の話に入っていきます。

というわけで、「雑草ではない」という立場もあって、「雑草図鑑」には載っていないのでしょうね。

「雑草という草はない」というのは昭和天皇の言葉でしたか。
名もない草というのもなくって、名を知らないか、まだ名をつけてないか、なんですよね。

オオイヌノフグリ

0318ooinunohuguri 3月18日
先日、時間的には前後しますが春分の次の日に多摩川の土手で撮ったオオイヌノフグリの写真をお目にかけました。たくさん咲いていたので一輪摘んで、指先に持って接写したのでした。
この写真の花は、電車の線路の柵の内側に咲いていて、しかも低い位置なので、カメラが非常に構えにくい。
2本のオシベしか見えないでしょ。メシベがうまく写らないんですね。
で、この間の写真になったわけです。
この青の色調が大好きです。

ナツミカン

0318natumikan 3月18日
かかし園産「アゲハ印」のナツミカン。
完全無農薬、有機栽培。

おいしそうでしょ。30個くらいかな、とれましたよ。
根元に生ごみ用のコンポストが置いてあります。
アゲハさんがやってきて、産卵・成長する樹ですから、一切の殺虫剤も使っていません。
アゲハ印は安全・安心のマークです。

ムラサキハナナ

0318murasakihanana1 3月18日
ムラサキハナナですが
オシベの様子を見てください。
0318murasakihanana2
2本ずつ、3組=6本のように見えます。
0320murasakihanana こちらは3月20日の撮影
2本組×2+1+1=6本のように見えます。
この感じの方がアブラナ科という感じですね。
アブラナ科では「4長オシベ(4強オシベ。四強雄ずい)」といって、6本のうち4本が長いのが普通です。

さてなぁ。最初の写真、どう見たらよいのか。
悩みが増えました。

さて、18日の写真の方ですが、撮影していて、ふと気づくと
0318murasakihanana3
誰かいますよ。花びらの陰に隠れています。
ルリマルノミハムシですね。
「ハムシ」というのですが、この虫に関して食害の話はあまり聞いたことがありません。
むしろ、花に頭を突っ込んでいる姿が有名で、春の授粉者として活動しているように思われます。

み~つけた。

バンクーバー

◆バンクーバーで行われていたパラリンピックも終了し、少しほとぼりの冷めたところで、ちょっぴりつぶやきたいと思います。

2010.3.8付の朝日新聞にこんな記事がありました。

[冬の軌跡]集う、バリアフリーの街 バンクーバー冬季パラリンピック、13日開幕
 冬季オリンピックが開かれたカナダ・バンクーバーは「バリアフリーの街」としても知られ、12日(日本時間13日)からは障害者スポーツの祭典・パラリンピックが始まる。大会を心待ちにしている人たちの思いを聞いた。
車いすの前市長――「どこにでも行ける」
 「バンクーバーは世界で一番のバリアフリーの街。車いすさえあれば1人でどこにでも行くことができる」と話すのは、前バンクーバー市長のサム・サリバンさん(50)。
 19歳の時、スキーの事故で首の骨を折った。両手両足がまひし、車いす生活になった。障害者が音楽やスポーツに挑戦するための支援活動を続けながらバンクーバー市議になり、2005年から08年まで市長を務めた。
 06年のトリノ冬季五輪閉会式で、次回開催地の市長として電動車いすに乗って五輪旗を引き継いだ。五輪史上初めての光景に、世界中から4千通近いメールが寄せられ、バリアフリーの街・バンクーバーの象徴的な存在となった。
 「多くの人は市長が障害者だったから街のバリアフリーが進んだと思っているが、事実はその逆。街のバリアフリーが発展していたから私が市長を務めることができた」。市内を走る電車「スカイトレイン」はホームと車両の間に段差がなく、車両内にも車いすスペースを完備する。バスは運転席のボタン一つで折りたたみ式のスロープが下り、レストランやカフェのトイレも車いす対応が法律で定められている。
 今回、パラリンピック大使として大会のアピールに力を注ぐ。「人間はみんな障害を持つ」と語りかける。自分のようにけがをして、突然障害者になる人、年をとって体が不自由になる人……。「障害を特別なことと思わないことが本当のバリアフリー」。このメッセージを世界中に伝えたい。
・・・(後略)

◆この記事を読んで、私の頭の中にもう一つの記事が浮かび、あぁ、そうだったのかぁ、と遅まきながら理解がひらめきました。
 このブログ「かかしさんの窓」で、私は12月21日に、「合理的配慮」という記事を書いています。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-bf03.html
↑ここです。

 この記事の中で、朝日新聞の読者投稿欄「声」に載った投書を紹介しました。再掲します。

   

障害者に優しい街つくって
  16歳の次女は脳性まひで身体障害者1級、車いすを使用しています。小1の頃から、動く右手の1本2本の指を使いメロディーを弾き、私と連弾でピアノを楽しんでいます。今秋、カナダで開催された「第2回国際障害者ピアノフェスティバル」に参加するためバンクーバーに行ってきました。
 フェスティバル終了後に観光を楽しんだ折、街の様子に感動しました。まず空港から乗るタクシーは、何台かに1台は車いす対応でした。また路線バスは、運転手のボタン一つで、乗降口に折りたたみのスロープが出てきて、すんなり乗降できます。スカイトレインという電車もホームと車両の間のすき間や段差がほとんど無く、係員にスロープを持ってきてもらわなくても乗降できます。対岸に渡るフェリーも同様でした。
 ビルの押し引きドアの脇には車いす利用者のボタンがあり、それを押せば自動でドアが開きます。車いすの娘と移動中、ほとんど人手を借りることなく快適な観光でした。東京の街も税金を無駄遣いせず、このような街にしていただきたいなあ、と思います。

 この投書に登場した街がバンクーバーだったんですね。
 そうなんだ、バンクーバーなんだ、と思わずうなってしまいました。
 うらやましいですね。

 

前市長さんは「車いすさえあれば1人でどこにでも行くことができる」と語り、
 投稿者は「車いすの娘と移動中、ほとんど人手を借りることなく快適な観光でした」とおっしゃっている。

 障害者は実際にバンクーバーでは、自分の意志で、自分の力で、どこへでも行くことができる。
では、健常者には何かメリットがあるのか?
すべての行動の可能性が開かれているということは、健常者にとっても、非常に開放的な、心理的に閉塞感のない街であるはずです。可能性を留保しているということは大事なことなんです。実際にどうするかは別にしてもね。

「自分達には無用だが障害者の『ために』してやっているのだ」ではないのですね。

バンクーバーの前市長さんは、こうもおっしゃっていますね。
「人間はみんな障害を持つ」と語りかける。自分のようにけがをして、突然障害者になる人、年をとって体が不自由になる人……。「障害を特別なことと思わないことが本当のバリアフリー」。このメッセージを世界中に伝えたい。

◆これです。
障害者は大変だから、その大変さを思いやって、少数の障害者のためにわざわざバリアフリー化に金をかけてやるのだ。私たちは差別をなくそうとしているのだ、心広い人間なのだ。

ではなく、みんなが住みやすい街を自分たちみんなで作る。そうなんですよ。

パラリンピックの騒ぎは昔より沈静化してきましたが、マスコミはやたらと「美談」「ものがたり」を欲していることに変わりはない。そういう一過性の騒ぎではなく、地道な「合理的配慮」の深化を望みます。

--------------------------------------------------
2010.3.5付でこんな話が朝日新聞に載っていました。

OMOTESENKE、バンクーバーへ パラリンピック・ノルディック代表を応援
 茶道の表千家が、バンクーバー・パラリンピックのノルディックスキー代表のチームスポンサーになった。茶道と障害者スポーツという異色の組み合わせだが、表千家側は「障害を克服してスポーツに情熱を傾ける人たちに勇気を与えたい」としている。
 スポンサー料は300万円。「Japanese Tea Culture」などと記されたワッペンをユニホームにつけた。スポーツ関係のスポンサーになるのは初めてという。
・・・(後略)

同じ内容の記事が読売にもありました。

 冬季パラリンピック・バンクーバー大会(3月・カナダ)に出場するノルディックスキー距離、バイアスロンの代表選手8人に、茶道表千家がスポンサーとなり、活動費300万円を助成した。選手の姿を見ることで「茶道を志す障害者の方にも、負けずに次の一歩を踏み出してほしい」との願いも込められており、表千家の本格的なスポーツ支援は初めてという。
(中略)
そうした障害を乗り越えてメダルを狙う姿に、左海理事長は胸を打たれ、支援を快諾したという。
(後略)

なんだかずいぶん雰囲気の違う記事になっていました。
朝日の方が「乗り超え神話」が好きなのでしょうか。それにしても「克服」「勇気を与えたい」はいただけませんねぇ。
一番気分の悪いものいいですね。

バンクーバー前市長さんの、「人間はみんな障害を持つ」「障害を特別なことと思わないことが本当のバリアフリー」とは桁はずれに認識のレベルが違いますね。
哀しいことだなぁ。

2010.3.23付 朝日新聞のスポーツ欄にマセソン美季さんがこんなことを書いておられます。

[@バンクーバー]競技の魅力伝わった
 2000年夏季シドニー大会の女子車いすマラソンで優勝した米のジーン・ドリスコル選手は合同記者会見の後、「質の高い質問をしてくれてありがとう。報道のされ方次第で私たちのスポーツの環境もかなり変化します」と言っていたのを思い出した。
 珍しい競技を障害者がしていると報道された当時と違い、今回は競技の面白さや魅力に迫った内容が色々な形で発信されていたように思う。記者室で選手たちの話題で盛り上がっている人たちの存在が、パラリンピックスポーツの明るい未来を感じさせてくれた。
 個人的にはアイススレッジホッケーで、夫のチーム、カナダ代表がメダルを獲得できずに悔しい思いをした。しかし、日本に負けた日の夜に選手と家族が集まった席で「日本チームがメダル争いに絡んできたことで我々のスポーツが更にレベルを上げて面白くなっていくだろう。皆で日本チームの活躍に乾杯しよう」とスポーツマン精神を見せてもらった。国境を超えた友情もかみ締めた。
 私たち家族はこの4年間でかけがえのない友人、家族の存在を認識し、皆で一つの大きな目標にたどり着くまでの努力を経験できた。金メダル以上のモノを得ることができたように思う。(マセソン美季=1998年長野大会金メダリスト)

「質の高い質問をしてくれてありがとう。報道のされ方次第で私たちのスポーツの環境もかなり変化します」
どうも、まだまだ日本では「質の低い」エモーショナルな感動物語が幅を利かせているようですね。
情緒的でべとべとの、「涙と感動の物語」をみんな欲しがっていますね。
感動を味わうのではなく、錯覚でしかない「感動」、それをしている自分への自己愛に酔っているのではないですか?

湿っぽいの嫌いだぁ。
ばっさばっさに乾燥してしまいたい!

2010年3月25日 (木)

フン

0318hun 3月18日
なにやら「落し物」
鳥さんの糞ですね。
種がいっぱい。
この写真ではコンクリートの上に落ちてしまいましたので、このままでは発芽できないでしょうが、雨にぬれ、乾いて風に飛ばされ、発芽に至るかもしれません。
鳥は哺乳類と違って「丸呑み」。哺乳類は「臼」歯というくらいで、食べたものを、噛みつぶし、挽きつぶすのですが、鳥は丸呑み。
で、こうやって「空飛ぶ種」となって遠くへ運んでもらう。
鳥の腸で消化吸収されてしまってはかなわないから、頑丈にできています。
でも、種の表面が消化酵素でとかされることによって、発芽率が高まるという戦略をとっている種もあります。
相互に関係しあいながら、それぞれ種を維持・繁殖させあっているのですね。

クロヒラタアブ

0318kurohirataabu 3月18日
クロヒラタアブです。
我が家の周りでよく見かけるのは、ホソヒラタアブ、クロヒラタアブそしてキタヒメヒラタアブの3種でしょうかね。
それぞれ、黄色い、黒い、小さい、という感じで直観的に見分けられます。
私の見ていない時に、こうやってアブたちが桜桃の花の授粉をしてくれたいたのだろうと思います。
ありがたいことです。

ミツバチだけが授粉者ではないのでして、いろいろな虫たちが花粉を運んでいる。
なんとなく、イメージ的にミツバチに好意的で、アブは嫌われがちですが、イメージで固まってしまわないで、眼で実際を見てください。虫の世界は想像以上に広くて豊かです。

ハハコグサ

0318hahakogusa 3月18日
これハハコグサだと思います。
きれいなものですね。
金の細工ものみたいです。
去年生えていた場所には今年は姿がなく、別の場所のプランターに生えてきました。無手入れの「成果」です。

ははこ‐ぐさ【母子草】キク科の越年草。路傍に普通で、高さ10~30センチメートル。茎と葉には白い綿毛を密生。春・夏に、黄色の小頭花を密につける。春の七草にいう「ごぎょう」で、若い茎葉は食用。ほうこぐさ。漢名、蓬蒿・鼠麹草。<季語:春> 。〈本草和名〉[広辞苑第五版]

我が家の狭い庭、一体どういう状態なのか、だんだん想像がついてきましたでしょ。

スギナ

0317sugina 3月17日
スギナが伸びてきたのですが・・・
よくご覧ください。
水面の反射があり、カナダモも見えます。
なんというか、「水生スギナ」になっちゃった。
地下茎から立ち上がったところが、池の中、だったのですねぇ。
0323sugina  3月23日
めげずに伸びてます、たくましく。

0322sugina
他方では、ちゃんとこういう「陸生スギナ」も生えているのですけれど・・・
珍しい出来事に、笑ってしまいました。これからどうなるのかなぁ。
で、スギナは出てくるのですが、我が家の庭にはツクシは出てきませんねぇ。

ところで、スギナはトクサ科です。あんまり似ていないような気もしますが、でも節があって、はかまがあって、ねぇ、似ているのですね。
前にも書いたかな、スギナの節を引きぬいてもう一回差し込み、どこ抜いた?と当てっこする遊びがありましたね。
したことありますか?

桜桃

0317outou1 3月17日
花びらの散った桜桃。
オシベもメシベも残っています。
0317outou2
なかをのぞかせてもらいました。
メシベの根元、子房が見えます。
結局、人の手による授粉は行わなかったのですが、多分虫さんたちが仕事をしてくれたのではないか、と期待しています。
あの部分が、おいしいサクランボに成長してくれるでしょう。

花は花にして花にあらず。
植物も動物も、時間を超えて持続し続けてきたのは、生殖細胞たちなのです。

ムラサキツユクサ

0317murasakituyukusa 3月17日
ムラサキツユクサも花の準備を始めました。
鑑賞用とはきっと誰も思わないのでしょうが、理科教師(生物教師)としては、忘れることのできない花。原形質流動の観察。花びらの細胞の観察。など。

花としても、このムラサキは非常に美しいと思っています。
私たち夫婦にとっては素敵な鑑賞用の花です。
一株、中学校の理科の先生に差し上げたら、丹精して増やして下さって、とても感謝されました。うれしいですね。

この~木なんの木・・・

0317humei1 3月17日
去年も確か一回ご紹介したと思うのですが・・・
線路の柵に添うように立ち上がってきた「木」ですね。(草じゃないです。)
おそらく、鳥が線路の柵にとまって糞をした。その糞の中に入っていた種が発芽したのでしょう。かなりの勢いで成長し、1年で1mくらいになってしまった。
冬場は棒になっていて、枯れるのかな、と思っていたら
芽が出てきましたよ。
0317humei2
さて、見かけたことのない木です。
なんという木なのか。わからないまま見ています。
線路の柵の内側ですからね、野放図に成長させるわけにはいかない。このあたりで高さは抑えてしまわないといけないとは思っています。

なんだろう?

仲良く

0317hananira 3月17日
線路の柵のちょっと内側。
ハナニラとムラサキハハナが並んで咲いていました。
色の対比が美しいですね。

何も説明しないと誰もゼッタイ気づかないと思うのですが・・・
私自身、撮影時には気づいていなくて、パソコン画面で発見しました。
ムラサキハナナの花の右にあるつぼみの茎の下の方。という場所を見てください。
葉っぱとの境。
虫がいるんですねぇ。うまく確認は出来なかったのですが、おそらくルリマルノミハムシではないかと思います。ナミテントウの可能性もあるのですが、確定はできません。
カメムシのような植物の汁を吸うようなタイプではないので
ここは植物2種、昆虫1種、
なかよく日を浴びていた、といえますね。

2010年3月24日 (水)

ツマグロオオヨコバイ

0316tumaguroooyokobai1 3月16日
ヤツデの葉の裏で、ツマグロオオヨコバイが交尾をしていました。
去年は確かビヨウヤナギの葉の裏での交尾中の写真を撮りました。あの時は、翅を震わせる音が周期的に聞こえて、なんだろう?と探し当てたのでした。で、翅を震わせているのがオスではないか、と書きました。
今回の写真を撮るに際しては、音は聞こえませんでした。視覚的に動きが視界に飛び込んできたのです。
右の個体が翅を震わせています。翅がぼやけて写っています。
で、どっちがオスでどっちがメスなんだろう、確定したいな、とグーグルで「ツマグロオオヨコバイ 交尾」でアンド検索したら、「かかしさんの窓」がトップでヒットしてしまった。昆虫写真家の海野和男さんのサイトもヒットしたのですが、雌雄の区別は記されていなかった。
というわけで、今回も雌雄を確定できませんでした。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-6d00.html
これが、前回、交尾中をとらえた時の記事です。

0316tumaguroooyokobai2
一回りしてきて、さっきの所をもう一度見たら、こんなシーンが。
3匹のうち右2匹が交尾中です。
左の1匹はあぶれてしまったオスでしょう。

サケの産卵のときなどは、雌雄のカップルが成立して、メスの産卵にあわせてオスが放精して受精させるのですが、そのすき間をぬって、カップルになれなかったオスが精子を放出して自分の子孫を少し残してしまうんですね。スニーカー行為といいます。
強いものが絶対だ、などということは自然界では、なくって、いろいろと曖昧さを含んで全体がうまくいくという例です。

なんでこんなことを言い出したかというと、ツマグロオオヨコバイの場合には、あるいは昆虫の交尾においては、こういうスニーカー行為は出来ないなぁ、と考えながらしばらく眺めていたからです。
今回はあぶれちゃったけれど、次のチャンスには頑張れよ、と呟いてこの場を離れたのでした。

タネツケバナ+

0316tanetukebana_ga 3月16日
私の意識はあくまでも足元のタネツケバナに向かっていたのです。
パソコン上で写真を整理していたら、あれぇ、ナニこれ?
ガです。
画像は縮小してあります。元のサイズだとかえってピンボケが強くって、このくらいの方がかろうじて、翅の模様がわかるので。
でもなぁ、種の同定はできません。小さいガは難しいや。

この時一緒に、足元のトキワハゼも撮ったのです。
0316tokiwahaze
サギソウというほど細くはない
ハトソウくらいでどうですか。
なんとなく鳥の姿に見えました。

ササグモ

0316sasagumo 3月16日
ササグモの幼体です。
あちこちで見かけるようになりましたので、一緒に孵化して「クモの子を散らすように」このあたりに広がったのかもしれません。
写真の右の方にはおそらく食事のあとでしょうね、小さな昆虫の死骸があります。
脚にものすごいトゲトゲがありますが、手に載せても別に痛いこともなし。怖がらずに観察して下さい。もちろん人の手に噛みつくなんてことはしません、大丈夫。
ササグモ、ハエトリグモなどを友達にすると、庭が楽しくなりますよ。

0316ran 3月16日
ご近所の家の植え込み。
比較的地味な蘭です。品種名は分かりません。
あまり装飾的ではなく、いかにも蘭ですという、オーソドックスな姿ですね。
(あんまり噛みつきそうなすごいのは苦手じゃ。)

白いツバキ

0315tubaki1 3月15日
純白のツバキ。
きれいですね。
下の花の中央へズームアップ。
0315tubaki2
ちょっと幻想的ですね。

0315tubaki3
少し凝った撮り方をしてみました。
いいでしょ。
絵の才能がまるっきりゼロだからなあ、構図を作るのは下手です。

3月15日の写真ストックが終わりました。
いっぱいありましたねぇ。
春の爆発を写真観察の対象の増加として実感しています。

スノードロップ

0315snowdrop 3月15日
スノードロップですが
0315snowdrop2
オシベは黄色い葯で、一般的ですが
メシベを見てください。
0315snowdrop3
ちょっとピントがずれましたが、お分かりになると思います。
白いメシベの先端に、花びらにある緑と同じ色の緑の色がついています。
おもしろいですね。
おしゃれ。花びらとコーディネートしてみました。

レッドロビン

0315redrobin 3月15日
ここは目黒区。
花ではないのに鮮烈な赤。
レッドロビン=ベニカナメモチでいいのですよね。
最近は植え込みによくつかわれているので、どこでも見られます。
手入れがしやすいのでしょう。
かわいい花をつけるはずですが、どうも、その時期には関心が向いていなくて、まだ見たことがありません。
「モチ」というのは漢字で書くとすごい字なんですね。

こんな字です。
「紅要黐」バラ科です。

桜桃

0315outouhame1 3月15日
桜桃の花が盛りをこえてきて、葉芽が伸び始めました。
この日は「グー」ですね。まだ硬い。

0317outouhame2 3月17日
「パー」になりかかっています。
チョキがないけれど。それとも、この時の状態がチョキなのかな。
これから、葉を広げて、いっぱい光合成をして、栄養を実に送り込まなくっちゃね。
さぁ、仕事、仕事。です。

オニタビラコ

0315onitabirako 3月15日
ご覧の通り、コンクリートのすき間に根を張ったオニタビラコ。
春になって、盛んに花を咲かせています。
タフですねぇ。
「タビラコ」=「田平子」で、ロゼットの形を表現したものだそうです。

2010.3.22付 朝日俳壇より
朧なる物何もなしカリフォルニア:(アメリカ)大竹幾久子

乾燥した空気。何もかもくっきりとした輪郭を持つ。
いいなぁ、目に見えるようです。カリフォルニアの空気が薫るようです。
湿度の少ないクリアな世界。あこがれます。

日本的な「湿っぽさ」が大嫌い。文学でも歌でもニュースでも・・・なんでも。
乾燥したのが好き。
昔、「ジョニーが来たなら伝えてよ・・・」という歌声に、「なんという乾燥度。日本にもこんな乾燥した歌が現れたか」と感動しましたよ。
変わって、バンクーバー冬季オリンピックのNHKのテーマソング。べっちゃべっちゃ、湿っているどころじゃなかったですね。気分悪かった。
ジャズの即興演奏の乾燥度。自分の楽器一つで仲間と「音楽で語らい、闘う」。気持ちよいですねぇ。
巨大なパイプオルガンにたった一人で立ち向かって、バッハを「変奏」するあの力技、構想力、乾燥していてよいですねぇ。

カリフォルニアにあこがれます。

こつんこつん

2010.3.22付 朝日俳壇より
石舞台こつんこつんと蝶ふたつ:(東京都)長岡貝郎
 長谷川櫂 評:明日香村の石舞台。そのまわりで蝶が舞っている。巨石に当たる音がするはずもないが、聞こえるのだ。

巨石に近づいてはまた離れ、離れてはまた近づき、ひらひらと舞っていたのでしょう。
その情景の表現として「こつんこつん」という言葉を掘り出して見せた、すごい言葉の技ですね。
やわらかい飛翔、ふわふわした飛翔、それが、こつんこつん。
このギャップが、石舞台を中心に据えた春の「光景」を見事に切りだしていますね。

蜆汁

2010.3.22付 朝日俳壇より
億年の果てのひとりの蜆汁:(糸満市)吉田八太
 長谷川櫂 評:「億年の果てのひとり」とは、ほかならぬ自分のこと。いましずかに蜆汁をすすっている。はるかな時の末裔のひとりにぴたりと焦点が合った。

この句の「俳味」は実は私にはよくわかっていません。
歌壇の方で「ほや」の話が出ましたが、ふと、そういうつながりを感じています。
私たち「今を生きる生命」たちはすべて、生命誕生の時から、「一回も途切れずに続いている」のです。38億年も。
途中で切れたら、今いない。
今いる、ということは、一切切れ目なし、ということです。
その意味で、私の腹の中の大腸菌くんも「続いてきた仲間」なんだよなぁ。

蜆も。
たべちゃったけど。
命を頂きました。

紙雛

2010.3.22付 朝日俳壇より
大学の研究室に紙雛:(大阪市)森田幸夫

「かみひいな」でしょうね。
さて、どういう研究室かな?
勝手に、自然科学系の研究室、と解釈してしまいましょう。
普段は飾りっ気も何もない、無愛想、ぶっきらぼうな研究室に、紙雛が(おそらく)一対。
研究室に女性がいらっしゃるのですね。
なんだか、そのあたりが、この時期の間だけ、ほんのりとピンクに明るくなっているような。
研究室の空気が、やわらかくなったような。

女性・男性といろいろ議論はありますが、女性がもたらす柔らかくて華やかな空気というものは否めません。

句を眺めていると、「紙雛」の文字が明るく桃の気配に輝いて見えますよ。

素直

2010.3.22付 朝日俳壇より
合格子素直な顔に戻りけり:(鎌倉市)齋藤一郎
 大串章 評:受験勉強にあえいでいた頃とは別人のよう。もともとは「素直な」子なのだ。

「もともとは「素直な」子なのだ。」といわれてしまったところに、引っかかってしまって。
あたりまえでしょう。なんだか、余分なことを付け加えて、作者に失礼な感じがする。と。
選者はもう少し、繊細な言葉で評をつけてもらいたい。

かかしの「評の添削」
受験勉強にあえいでいた頃とは別人のよう。辛かっただろうね、のびやかに。

{皮肉を込めた「遊び」ですので、俳句に深くかかわる方々、どうか笑って見過ごして下さい。}

いななき

2010.3.22付 朝日俳壇より
受験子や絵馬の嘶(いなな)き待つばかり:(大阪市)谷和子
 大串章 評:合格通知を比喩的に「絵馬の嘶き」と言った。その絵馬には志望校の名が書いてあるのだろう。絵馬の嘶き間違いなし。

かかし評:絵馬から抜け出す「馬」の話もあります。重圧をくぐりぬけようとする時、その解放感を、絵馬から走り出た馬のいななきにたとえた。新鮮で、みごとな比喩。

今もやせてる

2010.3.22付 朝日歌壇より
見えぬ目となりし教へ子しみじみと我が肩に触る今もやせてると:(鎌ヶ谷市)久保田鶴子

とりあげたのですが、ひとこともコメントが書けません。
肩に手を置く。
先生の声、背丈、におい、肉づき、骨の感触・・・すべての感覚によって、先生を把握する。
教師というのもつらい職業です。生徒の人生と切り結ぶ。切ないことだ。
我を超えてゆけ、というのが教師の願いです。

海鞘(ほや)

2010.3.22付 朝日歌壇より
張りつめた海鞘(ほや)は海から揚げられていぼ固くして我を威嚇す:(気仙沼市)畠山登美子
 佐佐木幸綱 評:やっと海にも春がやってきて、冬期とはちがう魚介類があがりはじめた。

おいしそうだ、という思いが先行しました。
刺激に対して、身を固くして防御・威嚇をするものなのですか。知りませんでした。
我々ヒトも属する脊椎動物のご先祖筋にあたる「原索動物」です。
敬意を持っておいしく頂くことにしましょう。

お内裏様

2010.3.22付 朝日歌壇より
老い二人お内裏様を取り出してピアノの上に飾りて祝う:(奥州市)大松澤武哉
 馬場あき子 評:奥州市に雛の日を祝う内裏様はピアノの上に飾られた。老い来った夫妻の歳月も想像させて余情がある。

老いてくると、「雛段」を組む労力もいとわしくなります。あれ、大変だったなぁ。
華やかなるもの、が少しずつ面倒くさくもなってきます。
互いに一緒に老いた二人ですから、飾りっけを取り払ってしまっても、わかりあえるのです。
ちょっと高いところに、お内裏様の一対。
静かで佳い。

甘酒でも舐めますか?
いや、ハマグリのお吸い物をちょっとすすってみようか。

2010年3月23日 (火)

車椅子

2010.3.22付 朝日歌壇より
手術終えしわが身を乗せる車椅子廊下に緩き傾斜を知れり:(東京都)福田孝子
 永田和宏 評:車椅子生活を強いられて初めて知る微妙な傾斜。

1995年に脳出血で倒れられて車椅子生活となられたのちの鶴見和子さんの歌をいくつか

感受性の貧しかりしを嘆くなり倒れし前の我が身我が心

力仕事これにて終了これからは想像力を鍛えんと思う

手足萎えし身の不自由を挺子にして魂(こころ)自在に飛翔すらしき

斃(たお)れしのち元(はじ)まる宇宙耀(かが)よいて そこに浮游す塵(ちり)泥(ひじ)われは

車椅子での生活を「獲得」したと、考えてみていただけないでしょうか。
そこからの視線は、「強い人たち」には見えないものを明らかにしてくれるのではないでしょうか。
どうか、そこから見える「世界」を詠んで、私たちにお与えくださいますように。

いびき

2010.3.22付 朝日歌壇より
寝そびれてあなたのいびきを聞いている三十年など短いものです:(彦根市)川畑としみ
 永田和宏 評:下句に実感があり私も共感。

私は38年か。
まあ、赤の他人が30年も連れ添うと雰囲気が「似て来る」というのは、どうやら本当らしいですよ。
連れの寝息に音があろうが無かろうが、空気みたいなもので、安心感をもたらすのです。
それが、夫婦というものです。
それこそ、添ってみなけりゃかわからないことでしょうね。

心を病み

2010.3.22付 朝日歌壇より
二十四年費やして得た教職に心を病みて薬飲む日々:(大阪市)浅生有記

かなしいことです。鬱を得られましたか。
ちょっとだけ、老人のおせっかい。
鬱は心の肥し、と受け止めてください。
鬱の深みを覗いたこともない、浅い心には、波が立ちやすい。
深い心には波は立たない。

およそ深い泉の体験は、徐々に成熟する。
何がおのれの深い底に落ちてきたかがわかるまでには、
深い泉は長いあいだ待たねばならぬ。
石を投げ込むことはやさしい。
しかし石が底まで沈んだとき、だれがそれを取り出すことができようか。
   ニーチェ「ツァラトゥストラ」(手塚富雄訳、中公文庫)

はこべ

2010.3.22付 朝日歌壇より
光ふるふるふる春のはなはこべははを呼ぶ子と子を呼ぶははと:(福島市)美原凍子

「は」行の音とひらがなの姿をつかって、春のフワフワした感じをうまくだしておられます。
そのせいで、詠われているのは「はこべ」なのですが、「ははこぐさ」をイメージしてしまいました。ははこぐさの毛のフワフワ感もいいですよ。

あて

2010.3.22付 朝日歌壇より
酒のあてにならんと出でし蕗の薹なればその意を酌みてわが摘む:(ひたちなか市)篠原克彦
 高野公彦 評:思わず同感する男性が多いだろう。あては酒の肴のこと。

酒好きの論理ですな。酒やめちゃったので、少々身勝手に聞こえなくもないけれど。まあいいや。

ところで、高野氏の「評」は、「註」の性格が強いことが多いですね。
「春告魚」「金糸雀」「あて」と、三首続けて、註を書いて下さった。
それが有難いこともあれば、少々うるさいこともあります。
「評」欄以外に、難しい読みなどの「註」欄を別だてで作ることはできないものでしょうかね。
そうすると安心して読めるのですけれど。

金糸雀

2010.3.22付 朝日歌壇より
メールでの会話がごくごく日常で声を失くした金糸雀になる:(古河市)幸田悦子
 高野公彦 評:童謡「かなりや」をもじった作。いま無言で会話する人が多くなった。

電車で若い男女が二人共メールしていたりして。肉声で語ることが「怖くて」、文字をやり取りしているのではないか、などと勘繰ってしまいます。
幼子がむずかったり、コミュニケーションを求めているのに、メールに夢中になっているお母さんを見ると、いらいらします。
肉声の力を失ったら、心が育たない、という気がします。
どのようにしたら、失った声を取り戻せるのだろう、というところまでを含めて、童謡「かなりや」を踏んでいると感じます。

◆ところで、「かなりや」の童謡そのものは、子どものころから知ってはいるのですが、意味がわからないまま歳を重ねてしまいました。
「棄て」「埋け」「ぶち」ということがそもそも、なんで?何でそんなことができるの?という感じなのです。カナリヤを長く飼いました。いいじゃないですか、歌おうと歌うまいと。かわいいものですよ。かわいい卵も産んでくれたし。生きものに君臨するって、私、嫌いなんです。
で、「象牙の船に 金の櫂 月夜の海に浮かべれば」って、もてなせば歌うんですか?
ついにわからないままこの歳まできてしまいましたよ。

春告魚

2010.3.22付 朝日歌壇より
コンタクトレンズの如き鱗生え春告魚来りぬ北の海より:(仙台市)武藤敏子
 高野公彦 評:春告魚(ニシンと読む)の鱗は円鱗だから、コンタクトレンズの如き、という比喩は、新奇で、かつリアル。{馬場あき子氏も選んでおられます。}

私の中では、鱗をコンタクトレンズに喩えるのは、そう新奇ではないですね。
リアルとも感じてはいない。
ただ、春、鱗の輝き、光を集めるレンズという一連の連想が、この句を説得的にしているのだと思いました。

ナガメ

0315murasaki__ 3月15日
紫花ですが

0315nagame1
につくムシ=菜亀=ナガメです。
{「眺め」や「長め」ではありません。}
0315nagame2
一回りして戻ってきたら、位置を変えていて、顔が撮れました。
クサギカメムシなどの地味な雰囲気と違って、派手でしょ。
黒と黄色あるいはオレンジというのは「警戒色」ですよね。
ひょっとして、怒らせると臭いのかな。興奮させたことはないのですが。
それとも食べるとまずいぞ、と鳥に対して警告しているのかな?

あまりびくびくせず、興奮させないように、やさしく観察して下さい。
きれいなものです。

アカカタバミ

0315katabami 3月15日
アカカタバミですね。
カタバミも気づき始めると色々な種類があって。
カタバミ。アカカタバミ。オッタチカタバミ。イモカタバミ。ムラサキカタバミ。など・・・。
園芸種で「オキザリス なんとかかんとか」というのもありますでしょ。
だんだんわからなくなってきました。
シンプル イズ ザ ベスト。
雑草好きです。

ホソヒラタアブ

0315hosohirataabu1 3月15日
芸達者なホソヒラタアブ。
翅をたたんで真っすぐな形になっていました。一瞬、ホソヒラタアブではないのかな?と目を疑ってしまいましたが、ちゃんと見ればやっぱり、ホソヒラタアブ。
0315hosohirataabu2
ふっと、意識が動いて、戻ったら
あれ、何だか違うぞ、どうなったのかな?
よく見ると、翅をちょっと開いている。
翅を横に開いた姿勢もあるし、一体どの姿勢が一番くつろいだ姿なのでしょうね。
いろいろ見せてくれますよ。まったく。

ハナニラ

0315hananira1 3月15日
こういうふうに撮ると、不思議な感じがしませんか?
ハナニラなのですけれど。
0315hananira2
花の外側はこうです。
シンプルな縞模様が、地味ですがすっきりしていますね。
動植物の「佳い姿」をみると、自分の心の姿もなんだかすっきり、しゃきっとするようで、嬉しいですね。

ガだと思うのですが

0315ga_1 3月15日
ゼニアオイの花を眺めていたら、花の陰に何かいる!
とりあえず一枚。
0315ga_2
シャッター音かオートフォーカスのモーター音か、そういうのに反応したのでしょうか、すっと上へ出てきて、すぐさま飛び立ってしまいました。
で、こんな不完全な写真しかお目にかけられなくて、恥ずかしい。
正式な言い方ではないですが、体長は1cmを2,3mmこえたくらいでしたでしょう。
ガの仲間だと思うのですが、同定できません。
違うかなぁ、どなたか、この程度の写真で同定できる方はいらっしゃいませんか?よろしく。

アリ

0315ari_su1 3月15日
この頃から、撮影枚数が「爆発」し始めました。
春って爆発するんだ、と実感し始めたときです。
アリが姿を見せ始めました。
冬の間にも見えていた巣穴に出たり入ったり。忙しそうになってきました。

0317ari_su2 3月17日
ずらっと並んだアリの巣穴。もっとあるんですが、この程度が一枚に収まる限度。
地面の下から運び出した土や砂が広がり、地中で新たなトンネル掘りが進んでいることを教えてくれます。にぎやかです。
あんまりびっしり並んでいるので、踏んづけないように注意しています。
おまえら、おじさんをおっことそうと、落とし穴掘ってるんじゃないのか?
などと笑って話しかけてしまいます。
虫たちが元気だと、私も元気を分けてもらえます。

ユキヤナギ

0314yukiyanagi 3月14日
ご近所の植え込み。去年もこの株の花の写真を載せたと思います。
房状にはならないのですが、きれいです。
花の構造の話はあの時したと思いますので、今回はただ「鑑賞」。
足元で、シンプルに咲いています。
こういうの好きです。

ツマグロオオヨコバイ

0314tumaguro1 3月14日
電柱を支えるワイヤのカバーです。
おや、ツマグロオオヨコバイが日向ぼっこだ、となんとなく見ていると
視線が動いた瞬間に
増えた!?
0314tumaguro2
ヒョコッ、ヒョコッと移って来るのですね。瞬間的に増えている。
とうとう、6匹になってしまった。
みんなで並んで写真撮ってぇ、でしょうか。
0314tumaguro3
これが最大で、7匹です。
写真中に白い矢印で位置を指示しておきました。
本当は縦なのですが、画像が小さすぎては見づらい、と横倒しにしました。
左端に、ちょっと隠れ気味の「控えめ」なのが1匹おります。
見落とさずに見てやってください。

0314tumagurokinkan
場所は違うのですが、キンカンの実にくっついているのもいました。
液を吸っているじゃどうかは分かりません。
もしかして、黄色いものの上にとまると、保護色になって見えにくいということを知っているのでしょうか?それも分かりません。(結構目立ってますけどね。)
なんとなくそんな気がしたものですから。

2010年3月22日 (月)

お散歩かかし:春分の次の日:Part3

0322dote 3月22日
土手にいっぱいの花。
形としてはムラサキハナナとして認識している、家のプランターや線路際に咲く花と同じなんですが。
草丈が違うんですねぇ。困った。
家のものは、草丈10cm程度で開花しています。
この多摩川の土手のものは、草丈30cmを超えるくらいあるんですよ。にょきにょき、という感じ。
花はほとんど同じにしか見えないのですが、これ、やっぱり違う種じゃないかなぁ。
ムラサキダイコンかな?
なんだろう?

0322sakura  3月22日
アサヒコムから
「気象庁は22日、東京で桜(ソメイヨシノ)が開花したと発表した。平年より6日早く、昨年よりは1日遅いという。」
我が家の桜桃はもう花は過ぎましたが、これはソメイヨシノかな?保証は出来ませんが、多分。土手ではないのですが、ここに載せておきます。東京都大田区南部の桜です。

とうとう「季節」になりましたね。
次の日曜あたり、六郷用水から桜坂、きっと人出で大にぎわいになることでしょう。
(地元民としては少しうっとうしい。車で押し掛けてくる人もいて、買い物に行くのに迂回しなくちゃならないし。)

お散歩かかし:春分の次の日:Part2

0322ooinunohuguri1 3月22日
よく見るとオオイヌノフグリがいっぱい咲いています。
家のそばでは今のところ線路の敷地内にしか咲いていないので、うまく近寄ってアングルを選択することができません。
ここは、いっぱい咲いているので、一輪摘ませてもらいました。
0322ooinunohuguri2
この姿ですね。
オシベ2本は見やすいのですが、間にあるメシベが意外とうまく写らないんですね。
で、こういう角度で撮りたかった。
一眼レフのマクロレンズではないので、少し画像が甘いですがご勘弁を。
こういう可憐な花に「ふぐり」という名を献上するとはなぁ。ちょっとユーモアのセンスがきつすぎますかね。
実を見れば納得しますけれど。

お散歩かかし:春分の次の日:Part1

0322tukusi1 3月22日。春分の日の次の日。
昨日、春分の日は暖かくて部屋は25℃を超えるくらいになりました。
体を動かしていなかったので、昨日はプールへ泳ぎに行ってしまって、写真を撮りには行きませんでした。プールで毎週のように泳ぎ始めてもう20年を超え、昨日、通算で2490km泳ぎました。あと10kmほど泳ぐと、2500kmに到達しますが、いつになるかなぁ。以前に比べて一度に泳げる距離が短くなったからなぁ。順調なら今年の夏前には到達するはずですが、年取ったから、どこまで「順」調にいけるものやら、明日のことはわからない。

さて、今日、22日、気温は昨日ほど高くはありませんが、妻と一緒にモンパルで春探し。
多摩川土手から六郷用水など、ぐるっと一回りのお散歩。
今日は、前半部分で、土手のあたり。
最初の写真は、ツクシ(土筆)。
出てるかなぁ、どうかなぁ、と思いながら行ってみたら、出てました!
やったね。
一度目に入ると、もうあちこちに見えます。

0322tukusi2
まだ固く閉じているのから、ずいぶん開いたものまで、いろいろ。
ちょっと摘んで、お持ち帰り。
楽しいですね。

◆ツクシの胞子そのものは皆さんご存じだと思いますが、胞子を顕微鏡で拡大してみたことはありますか?
弾糸という糸がついていて、この糸は湿度に敏感なんですね。
顕微鏡で見ながら、ハァ、と息を吹きかけるとくるくるっと丸まり、しばらくして乾くとまた伸びる。
面白いものです。
私のホームページ・案山子庵雑記に動画を載せてあります。よろしかったら見に行ってください。2カ所あります。
http://homepage3.nifty.com/kuebiko/science/1st/sci_1.htm

http://homepage3.nifty.com/kuebiko/science/Movies.htm
この2カ所にあります。
面白いですよ。

胞子としては、乾燥した時に糸を伸ばして風を受けて遠くへ飛び、地面に落ちたらその湿り気を受けて縮まって、そこに定着する、という戦略なのでしょうね。

タンポポ

0314tanpopo 3月14日
日当たりのよい線路際で、背の低いタンポポが鮮やかな黄色で目立ち始めました。
こんなに目立つ花だったっけ?というほど強い存在感です。
春の爆発が色、種類数、などで迫ってきます。
春は「張る」だと実感します。いのちのエネルギーが満ち溢れてきます。

桜桃

0314outouhame 3月14日
桜桃の花のピークが過ぎようとしています。
葉の出番。
くしゃくしゃにたたまれていますが、これが広がっていくと「葉」になるわけで。
みごとに畳みこんだものですね。

ムラサキなんとか

0314murasakihanana 3月14日
今年も、この花の名前に決着がつけられなくて
ムラサキダイコン(=ムラサキハナナ)だとは思うのですが。
背は低いのです。地面から10cmも立ち上がるかなぁ。
多摩川の河原などに行くと、もっと背の高いのもあって。困ったなぁ。

紫色したアブラナ科の花で~す。
一番「普通な」名前を覚えたいのですが・・・よろしく

ミツバツツジ

0315mitubatutuji1 3月15日
御近所にこういう姿のツツジ。すごく目を引くきれいな花です。
0315mitubatutuji2 こういうタグがついていました。
「土佐の三つ葉つつじ」というのだそうです。
0314mitubatutuji1
メシベの先端に「紅を点(さ)し」ているという感じ。素敵ですね。
0314mitubatutuji2
こういう花の表現にはどういう言葉がいいのでしょうね。
あでやか。つややか。
ことば知らずだな。
0318mitubatutuji 3月18日
花のピークがそろそろ過ぎようとしています。
そうすると、葉芽が顔を出す。
なるほど「三つ葉」ですね。

キョウチクトウ

0314kyoutikutou 3月14日
夾竹桃の葉芽です。
こんなふうでしたかね。
気づいていないことのなんと多いことか。
ずっと以前から夾竹桃にはなじんでいるつもりでしたが。
すくすくと、のびやかに。芽っていいですね。

黄色い水仙

0314kizuisen1 3月14日
キズイセンをこの間、載せました。
副花冠がカップ状でした。
この写真のスイセンも、初めは区別していなかったのですが、つくづくと眺めるに
どうも、副花冠が違いますねぇ。
長いし、ひだひだになっている。
黄色いラッパスイセンでしょうか。
0314kizuisen2
花の中を覗かせてもらいました。
オシベが6本、メシベの柱頭が3裂しているようです。

植物の分類体系もいろいろあるようで、私はよくわかっていません。難しいなぁ。

ハナニラ

0314hananira1 3月14日
線路の柵のすぐ内側にハナニラが咲いています。
0314hananira2
すっきりした端正な姿ですね。
わたし、こういうすっきりしたのが好きで、ごてごてしたのは、敬して遠ざく、のたちです。

食べられなくはないけれどおいしくはない、と聞いたことがあります。
花の美しさだけにしておいてください。

2010年3月19日 (金)

またハコベ

◆「ハコベ」の記事に
「紅はこべ」というのがあった、とコメントいただきました。
そう、あった、あった、ありました。
で、ちょっと調べてみました。
英語で「pimpernel」というのが「ルリハコベ」ですが、瑠璃は赤くないなぁ。
妙な名前ですが「アカバナルリハコベ」という花があることが分かりました。
http://www.juno.dti.ne.jp/~skknari/akabana-rurihakobe.htm
ここによい写真があります。
scarlet pimpernel が紅ハコベらしいですね。

私がアップしたハコベはナデシコ科ですが、アカバナルリハコベの方はサクラソウ科ルリハコベ属だそうで、名前が共通しているだけのようですね。

◆ところで話変わって
0315hakobe この写真を見てください。3月15日に見つけました。
オシベの葯が赤いのがあります。なんだろう?ハコベでも少し種類の違うのがあるのかなぁ?と悩んでおりました。
0318hakobe1 3月18日のこと
左の花のオシベを見てください。
花粉がついたいかにも葯らしいのと、もやしの豆みたいなのとあります。
なんとか、左の花をアップにしてみたいとがんばって
0318hakobe2
こうなりました。
どうやら未熟な葯は中の花粉を色のついた膜で包んでいるようですね。
で、この膜が破れて内側が反転して表に出てくると、花粉がむきだしになるという仕組みではないでしょうか。
そんな気がします。
おそらくこの推測で間違っていないと思います。
前回の記事の写真と見比べてください。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-7224.html
ここです。
ここの写真の花では、メシベももっと長くなっています。
花も、咲いたばかりの時と、成熟した花と、変わってくるのですね。おそらく。
ハコベの花のこんなこと初めて気づいてしまいました。
とても面白かったです。

お散歩かかし:モクレン

0314mokuren
これは遠くなので、コンパクトデジカメの望遠を最大にしてこのくらい。
このあたりに、酔芙蓉があるはずなんです。季節になって花が咲いたら、是非、朝と夕方に見くらべてみたいと思っている場所です。
モンパルが使えるようになったので、気軽に出てこられると思うのですが。

ここからは、家へ真っすぐ。なのですが。
お散歩かかしは、お散歩ワンちゃんに見つかってしまった。
小型犬、種類はよく知りません。
モンパルが動くのが面白かったのか、飼い主を引っ張ってモンパル追跡!
時速6kmだぞ、大丈夫か?などと声をかけながらしばらく一緒に「お散歩」
いやぁ、モンパルで出かけると、なにか面白いことに出くわすなぁ。
今回は、ワンちゃんの追跡を受けてしまったのでした。
楽しかったぁ。

ミモザ

0314mimozaこの間、崩彦俳歌倉の中で、多摩堤通りのミモザが伐られてしまったと御報告しました。
こちらは、家の敷地内ですから大丈夫でしょう。
この木を見つけて、散歩範囲内に2本あるなぁ、と思ったら、1本伐られてしまった、悲しい。
こちらの木をこれからは鑑賞しましょう。
ただ敷地内なので、あんまり近寄れないのですけれど。

お散歩かかし:白いツバキ

0314tubaki

モンパルの座席からの視線は、立ってとるより低いので、見上げるアングルが増えるようですね。
あんまり門の中を覗いていては「不審者」になりますので、一枚、カシャ。
まぁ、電動車いすに乗ったじいさんですから、さほど悪さをするとも思えないでしょうが、アングルの工夫はあまりしないことにします。

お散歩かかし:キズイセン

0314kisuisen
前の記事のジンチョウゲの隣に植わっていました。
日当たりがよくって、輝いています。副花冠の濃い黄色がなんだか「こってり」した感じがします。
小学校の正門ではないので、児童たちが日常に見ているかどうかは知りませんが、いっぱい花や虫を見て成長して欲しいですね。

お散歩かかし:ジンチョウゲ

0314jintyouge 3月14日
隣の駅の商店街へ、モンパルで買い物に。
途中の小学校の門の脇。
ものすごく日当たりのよい場所で、日中の日差しを遮るようなものがなにもないんですね。
見事な咲きっぷりです。
モンパルを下りるまでもない。まん前に止めてカシャ。
よい香りが漂っていました。

紅蓮の炎

0314cyclamen2 紅蓮の炎
に見えませんか?
0314cyclamen1_2
こういう造形は花の概念を超えているような気もします。
0318cyclamen1
シクラメンです。
日常的な花ですが、園芸種に全く疎い私は、目を近づけてみたことがなかったのですね。
近所のお家で見かけて、しゃがみ込んで、じっくり眺めたら、すごいんですねぇ。
あまりにも鮮烈。
0318cyclamen2
ちょっとショックでした。
Cyclamen
当然「cycl」は、円もしくは球ですよね。
「季節の花300」で調べたら

Cyclamen(シクラメン)は、ギリシャ語の 「kiklos(円)」が語源。                   
  塊根が丸い球形のようなところから。

なのだそうです。さらにこの「塊根が丸い」から、こんなことが
シクラメンの別名として

「豚の饅頭」(ぶたのまんじゅう):シクラメンの原産地であるトルコやイスラエルの方で、野生の豚がシクラメンの球根を食べたことから。豚にとっては饅頭がわり、ということで・・・。

ふ~ん、ちょっとイメージがずれますねぇ。
こんな別名もあるそうですよ。

「篝火花」(かがりびばな):花の形が、ひっくりかえったような形であるところから、篝火を連想。

これいいですね。
私が炎のようだ、と言った方の連想に近いですね。
写真の花は、ほんとうに深紅だし。

芋虫ちゃん

0313youtyu1 3月13日
風の強い土曜日、でした。
蒲団を干していたら風にあおられて落ちてしまった。
あわてて、取り込んだのですが、妻が見て、芋虫ちゃんがいるわよ。
ティッシュペーパーに乗せて、記念撮影。
何の幼虫かよく分からないのですが、多分、ヨトウガの幼虫ではないでしょうか。
0313youtyu2
こんな顔していました。
気づいてよかったねぇ。
うっかり、潰してしまうところだった。
蒲団が落っこちたあたりに放してやりましたが、さて、食草の所まで帰りつけたものやらどうやら。
春の強風にあおられた出来事でした。

ハコベ

0313hakobe1 3月13日
ハコベでうすよね。コハコベとかミドリハコベとかあるらしいのですが、うまく識別できませんので、ハコベということにします。
花弁は5枚です。切れ込みが深いので、まるで10枚あるように見えます。
0313hakobe2
オシベが7,8本あるように見えます。
花の奥に液滴があるように見えますが、あれは蜜でしょうか。
小さい花です。タネツケバナとすぐそばで、一瞬、アレッと思ったのですが、花弁の数が決定的に違います。

はこべ【繁縷】ナデシコ科の越年草。山野・路傍に自生。高さ15~50センチメートル、下部は地に臥す。葉は広卵形で柔らか
い。春、白色の小五弁花を開く。鳥餌または食用に供し、利尿剤ともする。春の七草の一。あさしらげ。はこべら。[広辞苑第五版]

漢字はものすごいですね。もう一つ表記があったのですが、表示できませんでした。
いかにもものすごく繁るという感じがします。
「はこべ」のほうはどういう意味なのかなぁ。

http://www.hana300.com/hakobe.html
「季節の花300」によりますと

昔の「はびこりめむら(蔓延芽叢)」が変化して「はこべら」になったという説がある。       
また、茎がよくはびこり、種が落ちるとその年のうちに芽が出て繁茂することからともいわれる。
漢字の「繁縷」は漢名。茎の中に目立つ筋(縷(る))があることから。

とありました。「はびこる」なんですか。
島崎藤村の「小諸なる古城のほとり」にも登場しているそうです。

万華鏡

0312mangekyou
以前娘がお土産に買ってきてくれた万華鏡。
たまに覗いたりしていますが、これ写真に撮れるのかな?とふと思いました。
一眼レフはレンズ径が大きくてかえって撮りにくい。
コンパクトデジカメをあてたら、きれいに撮れました。
鏡の角度が60度ではなく、72度でしょうか。ちょっと変わった見え方です。
何枚撮っても同じものはなく、きりがないので、1枚だけお目にかけます。

◆昔話
この間の「泡流し」という記事で、工業高校で教えていた時の学園祭に墨流しを企画した話をしました。
それと同じクラスで別の年の学園祭。
「錯覚」「錯視」で一部屋を埋め尽くそう、というのを企画したことがあります。これも面白かった。
なかで、今回思い出したのは。
アクリルミラーを6枚、10cm四方くらいの正方形に切ります。一枚の中央にドリルで覗き穴を開けます。で、これを立方体に組んで接着剤でくっつけます。
覗き穴を開けた向かい側のミラーに、カッターか何かを使って、線で単純な模様を刻みます。
これを明るい方に向けて覗くんですね。
これ、ぜったいすごい!
3次元合わせ鏡です。前後・上下・左右に模様が反射して「無限」に増殖していくのですよ。
覗いた人は、確実に感嘆の声をあげます。

難しい工作ではないので、道具があったらやってみてください。
商品として売られたことがあるように思います。商標とか、そういう権利関係は知りませんので、御注意を。
自分で作って、自分で感嘆して、自分で楽しんでください。

マエアカスカシノメイガ

0312maeakasukasinomeiga1 3月12日
足元の鉢やプランターをぼんやり眺めていたら、葉の裏に何かいる!
無駄に飛び立たないように、振動させないようそっと葉を起こしてみると
0312maeakasukasinomeiga2
これです。
マエアカスカシノメイガです。
漢字で書けば「前赤透野螟蛾」でしょうね。
虫の姿そのままの命名です。
翅の前縁が赤くて、翅が透けて見える、野・螟蛾です。
メイガ科 > ノメイガ亜科 に属します。

「幼虫はネズミモチ,キンモクセイなどの葉を食べる」という説明がありましたので、我が家に居てもおかしくはないですが、随分遠いなぁという気もします。

左手で葉を支えての撮影。アングルを工夫したりすると、うっかり葉を放して、虫を消耗させかねないので、ワンショットでおしまい。そっとその場を離れました。

美しいガです。珍しい種というわけでもないので、気にかけていると見つかるかもしれません。

2010年3月18日 (木)

桜 Part3

0315sakura5
実はこの桜、もう満開を過ぎかかっているのです。
Part3は足元編。
歩道に花が散っています。ピンクのじゅうたん風。
0315sakura6
ほらね。
0315sakura7
木の下の植え込みにはツツジの仲間かな、まだ花のない緑の葉っぱだけの低木があるんですが、桜の花が落ちてきて、その木に乗っかてしまいました。
まるで花が咲いたよう。
0315sakura8
ほらね。
思わず、これ、この木の花じゃないよなぁ、と持ち上げてみてしまいました。
枯れ木じゃないですけれどね、花咲じじいみたいな気分ですね。
まるで本物ですね。
面白かった。

桜 Part2

0315sakura3
Part2はちょっと気取ってartisticallyに、迫ってみました。
普段マクロレンズを装着したままなんですが、この日はカメラバッグも持っていたので、望遠ズームにレンズ交換できたのです。
0315sakura4
私の腕ではなく、被写体の姿が圧倒的なんですね。
なかなかの風情でしょ。
お楽しみください。

桜 Part1

0315sakura1 3月15日
ここは目黒区の国立病院機構東京医療センターのそば。
なんという品種か知らないのですが、桜が満開でした。
えっ、サクラ?とびっくり。
0315sakura2
枝の下に入って見上げると、視界全面 さくら

すごいですね。
Part1は「ながめ」でした。

プリムラ・ポリアンサ

0311primura 3月11日
花が終わったらこうなりました。
多分実はならないと思いますが、妻には1つだけ残しておいてくれ、どうなるか見たいから、と頼んであります、が。忘れて摘んじゃうんじゃないかなぁ。
ま、いいけど。

コケ

0311koke 3月11日
わたし、コケには全く知識がないのです。
スギゴケとゼニゴケくらいしか知らない。
この写真、スギゴケじゃないような気もするんですが。
水を含んで青々としていたので接写してみたら、こんなでした。
薄くって、透けるような緑。
こんなにきれいだとは思っていなかった。
あんまり美しいので、知識もないのに掲載します。

なんというコケかなぁ?

カイガラムシ

0311kaigaramusi 3月11日
ヤツデの葉の上のカイガラムシですが
こいつ、歩くんですね。
2日後くらいに思い出して見たら、いなかった。
ふ~ん。歩くのか。
不思議な昆虫ですね。

カエデ

0311kaede1 3月11日
実生のカエデ。妻が京都のお寺から連れてきたものです。
葉芽ですが
0314kaede2 14日にはこうなりました。
パッと開く、というのはこういうことですね。
はるがきた、あ~~、のびのび。
と言っております。

エニシダ

0311enisida 3月11日
エニシダです。
きれいでしょう。
淡い緑が輝いています。

花は黄色と紫と2色あります。
花を楽しみにしています。
去年知った、花粉押しつけの技、をまた遊ばせてもらいましょう。

イチゴ

0311itigo 3月11日
アブラムシのところで載せてもよかったのですが、別だてにしました。
ご存じのように、イチゴの「実」といって食べるところは「花床」です。
普通に「種」といっているのが「痩果」という実です。
花の時に、メシベがいっぱい写っていますね、この一つ一つの根もとのところに子房があって、結実するわけです。
見事に写りましたので、おしゃべりしたくなってしまった。
イチゴの「種」を濡らしたガーゼにでものせておいてください。発芽しますよ。
かわいいものです。
かびたりしないように育てれば、ちゃんと花も咲くようになります。
遺伝子が混ざってしまっていますから、甘いかどうかは全く保証できませんが。

チャコちゃん

0311chako 3月11日
何度も登場するチャコちゃん。
いい顔してるでしょ。
「春」を体現していますね。
外猫なんですが、きれいに体を手入れしていて美猫。
ふわっふわ。
もう一匹、オスの外猫「ジャイアン」はでかい声して歩き回り、喧嘩してくるらしくケガも多く、きったないかっこで、人懐っこくて、撫でてぇとゴロンゴロン。

この差は一体何だろう?

アブラムシ

0311aburamusi1 3月11日
イチゴの葉の裏です。
いますねぇ。
0311aburamusi2 有翅タイプ。
夫婦は悩んでいます。
殺虫剤をまくのは嫌だし。(他の昆虫に障りがでちゃ困る)
イチゴは収穫したいし。
つぶすかぁ。
酢でも塗るかぁ。
どうしましょ。

ヤツデの芽

0310yatude 3月10日
この状態になるまでは全く気づかずにいて、ふと、アレこんなになってる、と気づくのですね。
あいまいな「眼」だなぁ。
0317yatude2 1週間後、17日
先端が開き始めました。

植物の動きというのは、私たち動物のような筋肉で動くというわけではありません。
一つ一つの細胞の成長や変形などで、全体としての動きが現れるわけです。
ですから、ゆっくりですが、筋肉のような疲労をしらない、確実なペースで動き続けます。
ある意味では、動物の動きよりも、圧倒的かもしれませんね。

2010年3月17日 (水)

泡流し?

0310uzu
別に、なんというものでもありません。
台所の流し。
食器を洗ってすすいだ後の水槽。
ふとみたら、細かい泡が水流に乗ってこんな形になっていました。
「墨流し」風ですね。
ちょっと興趣をそそられてワンショット。
紙に転写出来るものでもなし。一瞬の姿でした。

◆思い出
30年近くも前でしょうか、工業高校にいたとき。
文化祭で「墨流し展」のクラス展示をしたのです。
夏休みに全員家で何枚か作って来ること!と宿題を出し、まずは数を増やし、とにかく教室半分を墨流しで埋め尽くすゾ~っと号令をかけましたっけ。
秋になってから。色流し。プラスチックを融解してつくるプラスチックの墨流し模様。パソコンでカオス図形をプリントして、数学墨流し。思いつく限りつくったのですが。
大きな和紙、畳1/4枚ほどもある和紙にダイナミックな色流しをつくろうという班もあったのです。
私としては巨大な水槽を作るんだろうな、と思っていたら・・・
杉の角材で1m四方くらいの枠を作り、ビニールシートを張って水を張り、墨流しを始めました。すごいなぁ、これ、おもしろいなあ、こんな浅くても出来るんだぁ、とみていたら。
「先生!墨流しってさぁ、水面があればいいんだよ。深さはいらないの、っ」ときたものです。教えられましたねぇ。目から鱗が落ちるというのは本当にこういうことをいうのですね。
墨流しには水面しかいらない。
感動しました。

すごい生徒たちに恵まれたことです。

思い出してしまった。(年を取った証拠だ。)

桜桃

0310outou 3月10日
雨のしずくがレンズになっています。
今はもうつぼみはなくなりました。
花が終わり、実の成熟へ向かう季節に入ってきました。
名残のつぼみ。
つぼみはこのようにピンクがかっているのですが、花はほとんど白です。
見えないほどに薄いピンクをはらんでいるのでしょうけれどね。

ムクゲ

0310mukuge 3月10日
ムクゲの芽です。
どうも、ムクゲはおいしいらしくて、カメムシなどにいっぱいたかられてしまうのですが、めげずに成長しています。
今年も美しい夢のような花を見せてくれるのでしょう。
楽しみにしています。

初蝶

0317monsirotyou1 3月17日、昼
地面を影が舞いました。
視界のはずれで蝶が舞いました。
はっとして、見たら多分モンシロチョウ。
今年の初見です。
まるっきりのあてずっぽうでシャッターを切ったら上のような写真が撮れました。
(芸術的だ!?)
0317monsirotyou2
まったくうまいことに、桜桃の花にとまってくれました。
そっと近づいて。
花、葉芽、そして蝶。
みごとな取り合わせになりました。
きれいだなぁ。
でも、蜜を吸っているというとまり方ではないですね。
0317monsirotyou3
翅を半開きにして、体への直射日光のほかに、翅からの反射光も加えて最大限の効率で熱を吸収しているのではないかな。
しばらく見たいたら、やがてふわっと舞いあがって飛び去りました。
姿を見せにやってきてくれたという気分。うきうきします。
ありがとうね。

マラソン

[恋する大人の短歌教室](3/15)
{応募作}
君の街 通ると聞いた マラソンは 見ないふりして 景色を見てる:静岡 ほしこ しほ

 恋心を、周囲には隠しておきたい。その気持ち、よく分かります。恋愛の初期段階では、誰もが大抵そう思うのではないでしょうか。作者はそんな微妙な心理を、マラソンのTV中継という心躍る時間にからめて表現しています。
 少し言葉を整理すると、もっとすっきりした歌になりますよ。マラソンを見ないふりするより、マラソンは見ているけれどランナーに注意を払っているふりをする、という方が、実際に近く、しっくり来るのでは?伝聞を示す「と聞いた」という情報は、印象がぼやける原因になりますし、不要でしょう。一字空きは、誤読を避けるために一つだけ必要です。
 この短歌教室も、これが最終回。一年間、素敵な恋の歌を紹介し続けることができました。全部は取り上げられませんでしたが、魅力的な作品が山ほど届いたからです。年齢や性別に関係なく、恋を詠ってここまで真摯で熱心な恋人たちが無数に存在する。そう思うだけで、心が浮き立ってきませんか?(石井辰彦)

{添削後}
君の街を通るマラソン ランナーを見てるふりして景色を見てる

--------------------------------------------------
この「恋する大人の短歌教室」は、この回で終わりだそうです。申し訳ないけれどあまりヒット企画とは言えませんでしたね。
内輪の歌誌で、指導者が添削し、指導するのは一向に構わない。
でも、新聞というおおやけに開かれた場でしょ、一種の「展覧会」のようなものです。
いろいろ出来ばえが違ってはいても、公募展に応募したものを、採用したからには、めったに手を加えてはいけないのです。美術の公募展で審査員が筆を加えますか?
添削というものはとてつもなく重い行為だ、ということを、企画者も考えるべきでしたね。

「君の住む街を『通る』」と聞いてしまったから、今までとは違う「目」になってしまったのでしょ。見ぬ振りしてどんな所に住んでるのだろうと景色に目が行くようになってしまったのでしょ。マラソンを見ること自体、アラ珍しいじゃない、何かあったの?と誰かに聞かれそうで気は引けるんだけど見ずにはいられなくなってしまった。
「聞く」ということが結構キーワードなんじゃないですか。

ま、そのくらいにしとこ、っと。最終回だから。
一字空けは、少し歌の流れがよどむ感じはしますね。

君の街通ると聞いたマラソンは 見ないふりして景色を見てる

このくらいで、読み違うことなく読めるとおもいますが。

ミモザ

2010.3.15付 朝日俳壇より
花ミモザ風ふるはせて雨上がる:(枚方市)石橋玲子

視覚的な句ですね。見えるようだ。
花の色、風の感触、雨上がりのにおい。

◆悲しいお知らせ
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-905d.html
ここでお目にかけたミモザ。
なくなってしまいました。
どうも、道路に大きくかぶさるように成長したのがいけなかったらしい。
昨日、用事で車を走らせたら、変だ?
ここにあるんじゃなかったっけ?あの黄色い傘
一つ先の信号か?いや、ここのはずだ。
で、よく見たら、切り刻まれた木片が積まれていました。
あのミモザですね。
木わ悪くないのに、人間の都合で切り倒されてしまう。
勝手なものだなぁ。

猫柳

2010.3.15付 朝日俳壇より
そこに来て風の煌めく猫柳:(東京都)長谷川弥生

考えてみると、ネコヤナギって、木としての姿を知らないのですね、私。
あの、白くてふわふわで素敵な感触の芽しか知らないなぁ。
花はどんなだ?実はなるのか?
う~む。見てみたいものです。

苗木市

2010.3.15付 朝日俳壇より
欲しくなる物は見ぬ事苗木市:(徳島市)椎野たか子
 稲畑汀子 評:苗木市には欲しい草木が数々売られている。買えば荷になると知る作者。

それはまあ、荷物になる、くらいは誰でも思うけれど。
自分の家の庭の状況を思って、もう新たに植える余地もない、と頭の中で庭と相談しているとか。
草花ならともかく、木はなぁ、成長していく「時間」に自分が付き合っていられるかなぁ、とか。

思うことはいろいろありますよね。年齢を重ねてくると、あとに「残す」ということも考えなきゃならんしなぁ。

卒業証書

2010.3.15付 朝日俳壇より
駄菓子屋に卒業証書見せに来る:(芦屋市)中谷明子

いいですねぇ。駄菓子屋のおばさんが大好きなんだ。
卒業式の帰り、そうだ、おばさんにも見せてあげなくっちゃ、と寄ってくれたんでしょう。
普段からのにこにこ顔、こわいときは怖い顔。
眼に浮かぶようです。

◆別件
わたし、振り返って、自分の卒業式って、まるっきり思い出せない。
小学校の卒業式って、あったんだっけ?いつ?記憶なし。
中学校の卒業式はなかったんです。たしか。高校とくっついていたから。
高校の卒業式。覚えがない。どんな日だった?帰って家でなにしてた?
ダメ。記憶なし。
大学の卒業式。これはもう、意図的に出席せず。後で事務室で証書だけ受け取りました、これは覚えてる。

卒業式自体にほとんど何の意味も認めない人なもので、こうなっちゃいました。
珍しいかなぁ。

子猫

2010.3.15付 朝日俳壇より
手作りのねずみくはへて子猫かな:(大阪府)白鳥利香

おそらく、「好奇心」というものは、哺乳類の共通の能力なのだと思います。
遊ぶこと、それが進化上獲得した最高の能力なのではないですか。
とくに、哺乳類の子の好奇心はとんでもない。自らの実の安全など、母親に任せて、ひたすら好奇心のままに遊ぶ。

獲物とったぞ、と得意満面の子猫。
かわいすぎますね。
自分のしっぽを自分で追いかけたりもするものなぁ。

振り返って、人間の好奇心は、今どうなっていますか?

立春の風

2010.3.15付 朝日歌壇より
霊安室の窓を開きて立春の風を入れたり死者なき今日は:(八戸市)山村陽一

いえ、長く病室のこもった空気しか吸えなかった御遺体にも、外の空気を吸わせてあげてもいいのではないですか。
立春。
その時どきの、空気と触れながら旅立つのもよいかと存じますが。

長靴も

2010.3.15付 朝日歌壇より
長靴も雨傘もみな花咲けるごとき児童の列を見てゐる:(須賀川市)布川澄夫

つけくわえるなら、おそらくレインコートも、ね。
はなやかでかわいいですよ。

幼子はなぜか水たまりが好き。小さな長靴で必ず水たまりに踏み込みたがる。ばちゃ。
大人や親は、水がはねるから、やめなさい、というんだけれど、ばちゃ。

小さな人は、雨が好き。
雨が鬱陶しくなって、水たまりをよけて歩くようになったら
あなたは大人です。

九十二歳

2010.3.15付 朝日歌壇より
茄子と葱欠かす事なき妻がいて九十二歳をまだ生きており:(浜松市)太田忠夫
 馬場あき子 評:味噌汁のある食卓、葱と茄子をその基本の汁の実として、九十二歳の長寿を保ってきた夫人があり、夫妻のお元気があるのが素晴らしい。

ごめんなさい。歌の作者が九十二歳なのだと思って読んでいました。そういう妻がいればこそ、私は今、九十二歳をいきている、と。
奥様が九十二歳なんですか。

「生きており」の主語が見えていませんでした。

ざざ虫漁

2010.3.15付 朝日歌壇より
打つ網も打つ手も凍る天竜にざざ虫漁の男の子が一人:(長野県)根橋京子

地元の方が詠まれた歌ですから、そのまま受け入れるしかないのですが、私の中でちょっと落ち着きが悪いんです。

ざざ虫というのがトビケラ・カワゲラなどの水生昆虫の幼虫であって、それを採って食べるということは知っています。
「漁」が行われるのも知っています。
ただ、「漁」となると「大人」のするものだと、そんな気がして。
四手網を流れの下側に構えて、鉄の棒みたいなので川底の石などひっくり返して網にとらえるのですよね。たしか。
「男の子」がするとなると、なんだかそういう本格的な漁ではなく、手で石をひっくり返して、というような気がして。でも夏じゃないからなぁ。男の子がそういう遊びをしているというのは無理だよなぁ。いや、男の子も漁をするんだろうなぁ。

すみません、すこし悩んでしまいました。

線を引く

2010.3.15付 朝日歌壇より
オリンピック三位と四位のこの違ひなべてどこかで線は引かるる:(福岡市)宮原ますみ
 永田和宏 評:勝負の本質を衝く。僅少差でも四位は四位、そんな線引きはどこにでもあると作者はいいたい。

わたくし、オリンピックにも、パラリンピックにもまるっきり全然、興味・関心がないのです。うっとうしい騒ぎだ。NHKのテーマソング、どうしても耳に入り込んできてしまいましたが、なんですかアレ。縋りつくようなひっくり返った声、息継ぎの音までわざわざヒッーっといれて、蹴飛ばしてやりたい駄作と評価します。

「競う」ということは、順序をつける、ということでしょ。
それが嫌なんです。なんで、競うんですか?
私には競うという感覚が全くない。
スポーツじゃないけれど、トランプも碁も将棋もマージャンも、勝負事一切、ルールはちゃんと知っているけれど、「勝ちたい」という気持ちが一切ないものだから、うまくもならないし、つまらないし。やりません。
勝った負けたに興味がない。
自分の肉体を動かすのは楽しいから、毎週のように泳いでますけれど、競う気は全くない。自分の肉体と語り合うのが楽しいのです。
人間の肉体的な限界に挑む姿は嫌いじゃないけれど、ま、勝手にやって下さい。

パラリンピックもわからない。
せっかく、障害者という「競走原理」から離れたところに身を置くことができたのに、なんで競っているんだろう?
途中で障害者になった人が多いせいもあるんでしょうね。
障害者になってショックを受けたんですね。なにも出来なくなってしまった。何で自分だけが・・・って。それってまだ、障害者を低く見る視線から抜け出せないでいるということですよ。
頑張れば何でもできる、なんてまるっきり嘘でしょ。出来ないことはできない。出来ることをやるだけです。その境い目がどこにあるかは、肉体を突き詰めて探っていく必要がありますけれどね。
人は自分に出来ることをする。
それだけです。

夢はかなう、なんて大ウソを振りまいていた方もいらっしゃいましたねぇ。迷惑な話。
競走原理の中で、1位になるのは一人だけ、1位になった人が、夢はかなう、なんておっしゃっても、白々しい。

競走原理から抜け出してみませんか?
楽ですよ。

◆たとえ話。
陸上女子100mの世界記録と、男子100mの世界記録の比をとって、女子は男子より、これこれだけ遅い、という数字を求めます。
で、男女一緒に100mを走ります。
おそらく、男子が1位になるでしょうね。
レースが終わってから、トップの女子の記録に「『男女』係数」をかけて、比較してみたら、その女子が1位だった、なんてことになったら。
それって、フェアですか?

ほぼ同じことが、パラリンピックでは堂々と行われているのですよ。
障害の程度に応じた「係数」をタイムにかけて、順位を決める、ということがね。
まるっきり、げっそりですがね。

すべての人が全力を出したのなら、みんな1位でいいですよ。その方がフェアだな。

◆夢がかなうなんて、嘘です。でも、夢を育んでいると、その夢を軸とした人生が送れます。振り返って、ああ私の人生って、このことを中心していたんだな、って必ず思えます。それは保証します。

はるのにおい

2010.3.15付 朝日歌壇より
「しんぶんをとりにでたらはるのにおいがした」合格果たした娘が言えり:(西宮市)田中洋子

冬というのは、抑え込まれている感じがあります。冬の青空さえ、心を鬱にさせる。
寒さでいつの間にか、肩に力が入っていて、体が凝り固まっている。

受験というのは、のしかかり、抑え込まれ、力み、凝り固まるものです。
それがほどけた時、「はるのにおい」に包まれていることに気づく。
解き放たれ、広がり、自己の表面がとけてゆくようなゆるさ、ここちよさ。
みごとに「射抜いた」ことばですね。

◆全く別件ですが。
1月の末から、家の周囲で水道工事がありました。車は出せないし、工事の人の声が絶えないし、トラックのバックを知らせる「人工音声」は響くし、エンジンカッターの発電機は唸り続けるし、昼に庭へ出ても低い塀一枚向こうで昼食をとる声がするし・・・
長かったです。心理的に参りました。3月上旬でやっと終わりましたが、この1カ月余り、私は心理的に「凝り固まって」いました。
ほどけましたよ、やっと。
肩の力も抜けました。

で、外へ出てみれば

春が爆発しました

被写体の数が爆発。
花の種類が爆発。
虫の数も爆発。

春って、爆発的に立ち現われるものなのですね。
兆しはずっとあったけれど、ある日突然、春って爆発するんですね。

しあわせな気分です。
うっとりしています。

エッシャー

2010.3.15付 朝日歌壇より
エッシャーの「滝」を眺めてゐるやうに日曜が過ぎ月曜が来る:(松山市)吉岡健児
 佐佐木幸綱 評:落ちるのではなく、のぼっているように見えるエッシャーの滝。どこか居心地の悪い日々である。

ふむ。どこか居心地が悪い、というのは的確ですが・・・

私には「落下感覚」というのがありまして。
落ちても落ちても、どこまで落ちても、また繰り返し落ちていく・・・
木の葉や紙切れが、ふわっと落ちて瞬間上昇し、また落ちて・・・というあれを自分がやっているような気分、それが私の変な「飛翔感覚」なのです。

いっくら落ちても、また戻っている、という「居心地の悪さ」を読み取ってしまいました。

2010年3月16日 (火)

ゼニアオイ

0308zeniaoi13月8日
ゼニアオイの花の中心部なのですが
0308zeniaoi2 真ん中から伸び出してきたのは
なんだ?
0308zeniaoi3
これ、メシベの柱頭でしょうか?
ずっと見続けていて、何となく中心部の姿が変わることは意識していましたが、こんなふうなのですね。
オシベとメシベの成熟の時期をずらしているのかな?
よくわかりませんが、冬を咲きとおした、タフな花です。

桜桃

0308outou3月8日
この記事を書いている16日の時点では、桜桃の花はもう散り始めています。
この時は、満開直前。
五角形の花に開く前の、さあこれから開くぞ、という初々しさを味わってください。
風情がある、という言葉が当てはまりそうですね。

クモの子

0308kumo13月8日
ビヨウヤナギのところで、小さな網を張っている小さなクモを見かけました。
この網だと、ツマグロオオヨコバイのパワーでも破れそうな感じです。
写真中央に写っている丸っこいのが、クモ。
種類は特定できません。ゴミグモではないだろうとは思います。
0308kumo2 これが限界ですね。
かわいいでしょ。
網は写らなくて、まるっきり空中にとまっているようです。

ところで、何枚か写真を撮って、部屋でパソコン画面で確認していたら・・・
0308kumo3 ぼやけた丸いのがクモです。
ビヨウヤナギの枝にとまっていたセスジユスリカが写っていました。
これは私の意識には全くなかったのです。
意識はクモに集中していて、その向こうの枝にユスリカがいたとは、全く気づかなかった。
驚きました。
そうですねぇ、ユスリカくらいの昆虫ならこの小さいクモの網にもかかるかもしれませんね。
がんばれよ~。

キンモクセイ

0308kinmokusei3月8日
キンモクセイ、といっても花はまだです。
新芽が立ちあがっています。
木全体で一斉に。
なかなか見ものですね。美しい姿です。

イチゴの花と・・・

0308itigo3月8日
これは四季成りイチゴではなくて普通のイチゴの花。
なんですけれど、よくみると、しっかりアブラムシがたかっていますねぇ。
たいしたものです。どこから、どうやって、ここに来たのやら。
ぼやけているのですが、上の方、葉の裏にもいますよ。
ま、みんなで共生、ですね。

お散歩かかし:ジンチョウゲ

0308jintyouge13月8日
高台の日あたりのよいお宅。
もう、ジンチョウゲがこんなに咲いていましたよ。
0308jintyouge2 よいかおりがただよいます。

じんちょう‐げ【沈丁花】ヂンチヤウ :ジンチョウゲ科の常緑低木。中国原産。高さ約1メートル。葉は無柄革質で楕円状披針形、斑フ入りもある。春分前後に15、6花を球形に配列して開く。花は管状、内面は白色、外面は紫赤色または白色。香気が強く
沈香に似る。通常は雄木で果実を結ばない。漢名、瑞香。輪丁花。<季語:春> [広辞苑第五版]

じん‐こう【沈香】ヂンカウ:ジンチョウゲ科の常緑高木。また、それから採取した天然香料。熱帯アジアに産し、高さ約10メートル。木質堅く、水に沈むので沈という。花は白色。土中に埋め、または自然に腐敗させて香料を得、光沢ある黒色の優良品を伽羅キヤラという。材は高級調度品にも用いる。沈水香。沈。[広辞苑第五版]

ちょう‐じ【丁子・丁字】チヤウ : (clove) フトモモ科の熱帯常緑高木。原産はモルッカ諸島。18世紀以後、アフリカ・西インドなどで栽培。高さ数メートル、枝は三叉状、葉は対生で革質。花は白・淡紅色で筒状、集散花序をなし、香が高い。花後、長楕円状の液果を結ぶ。蕾ツボミを乾燥した丁香チヨウコウ(クローブ)は古来有名な生薬・香辛料。果実からも油をとる。黄色の染料としても使われた。[広辞苑第五版]

屋外で香るジンチョウゲの芳香はよいものですが、香を販売している店などで、あまりに華やかで甘い香りを焚き込められるのは苦手です。

今回のモンパルお散歩はここまで。これから回数が増えそうな気がします。

暖かくなるのはうれしい。

お散歩かかし:黄色い花

0308humei13月8日
遠くから見て、一瞬、ヤマブキかな?と思ったのですが、時期が違いますよね。葉の形もちがう。
0308humei2
蝋梅の透明感はない。(と思う。)
0308humei3
でも、きれいだなぁ。

この花、なんというのですか?教えてください。

お散歩かかし:白梅

0308hakubai個人宅。
梅の木の「姿」が少しわかるようになったかなぁ。
上へ、空へ、向かって枝を張っていく姿がいいですね。

告白しますが、3月春たけなわの時期。
梅、桜、桃、杏などが、私には実は見分けがつかないのですよ。
困ったかかしですねぇ。
わぁ、きれい。としか声の発しようがない。う~む、情けない。

お散歩かかし:「ご安全に」

0308safty1桜坂へ向かう途中。
ここは「美富士橋」。
新幹線、横須賀線の線路をまたぐので、最近はやりの「撮り鉄」さんたちの、ちょっとした穴場になっているようです。
本物の撮り鉄なら、列車の運行を妨害したりはしないでしょうにね。鉄道を愛するということの一つの表現として「写真撮影」をするのですから。
最近の自称・撮り鉄は、「ブームに乗っている自分」に自己陶酔して自己愛にふける不健全な方が多いようです。
ちょっと話がそれました。失礼。ここに撮り鉄さんが集まるようになって、JRとしてはある種の危険を感じているのではないでしょうか。なにせ、列車の真上ですから。何か物を落とされたりしたらとんでもないことになる。それでなくても、天皇陛下が新幹線で移動する時など、新幹線沿いの列車が「むきだし」になるような所にはすべて警察官を立てるくらいのことをしていますからね。

この美富士橋は無防備だ。
と、想像するわけですが。
で、工事。してます。
やっと写真に辿り着きました。

変です。

工事関係者に「今日も安全に」と呼びかける安全標語なら分かる。
ここを通る一般人に、足元が危ないですから「ご注意ください」なら、分かる。

今日もご安全に

なんだこりゃ?
丁寧に表現したつもりでしょうが、言語感覚がおかしいなぁ。
0308safty2

よっつもこんなものに並ばれると、私のような「古びたかかし」には違和感が強すぎる。
モンパルを「ご安全な」場所に止めて、しっかり「ご安全な」ポジションから写真を撮りに戻ったのでした。

2010年3月15日 (月)

お散歩かかし:桜坂

0308sakurabai3月8日
実は我が家から中原街道へ出る標準的な径路は桜坂を通るのです。
桜坂を走っていると、今の時期、なんとなく視界が「ピンク」になってくるのです。
ああ、つぼみがついて、ふくらんできているな、という感じがわかるのです。
空をバックにしていますから、ピンク色が見えるわけではないのです。
なんだか、感じとしてわかるのです。
さて、上の写真。
俳優としてもかっこいい福山雅治さんが歌った桜坂。そこにかかる陸橋「桜橋」です。
古ぼけていたのですが、改修工事をして新しくなりました。
0308sakurazaka1 桜橋から坂の上を見たところ。
無粋な電線が見えますが仕方ない。
なんとなく、ぴんくでしょ。
0308sakurazaka2 桜橋から坂の下方向を見たところ。
多摩川の向こうの神奈川県のマンション群が見えています。
武蔵小杉の方向です。
「ひとのこと」はやめて、「いきもの」に戻りましょう。
0308sakurazaka3

0308sakurazaka4
ほら、もうすぐだよ、といっています。
咲くと、人だかりになってしまうので、行きたくなくなります。
私が行くのは今の時期。
昔、子育ての頃、まだあまり有名じゃなくて、桜の木も今よりずっと勢いが強くて大量の花を咲かせていた頃。私もまだ結構歩けて、親子で散歩したんですよ。
本当に吹雪のようでした。降るは降るは。頭から花びらだらけ、足元は花びらでふかふか。すごかったなぁ。
今はもう、あれほどの勢いはなくなってしまいました。
0308sakurazaka5
桜坂を離れてモンパルを走らせ始めたら、空き地の奥にキジバトがいました。
近くに居たのですが、カメラを向けたらぱっと遠くの枝に移ってしまいましたので、こんな写真になりました。

人のいない桜坂でした。

お散歩かかし:モクレン

0308mokuren13月8日
モンパルを動かすのは久しぶり。
ミモザだけでは、実はモンパルでなくてもいいのですが。
車で通りかかって「あ、もう咲いてる」と叫んだこの場所、ちょっと歩いてくる気にはなれない。
桜坂の途中。
0308mokuren2 佳人。
ですね。
0308mokuren3

0308mokuren4

よい雰囲気でしょ。
ぽわぽわの毛に包まれた「おさないもの」
0308mokuren5
これがね、どういうぐあいなのか、よく分からないのですが、小さな緑がチョンとついている。思わずにこっとしてしまいます。

0308mokuren6
この日の時点ではこちらは開花したものはありませんでした。

0308mokuren7
この記事を書いているのは、今日15日。
もう花はいっぱいついています。うまく咲き始めのところをつかまえることができて、よかった。

ミモザアカシア

0308mimosaacacia13月8日
多摩堤通りを車で走っていたら、去年も見かけた黄色い花。
ミモザでもいいんでしょ。ミモザアカシアの方が正式かな。
まるで大きな黄色い傘をさしかけるようです。
これの写真を撮ろうと、少し肌寒かったけれどモンパルで出動。
0308mimosaacacia2 きれいですね。今年はあまり細部にこだわらないことにしました。
私、オジギソウの花が好きなんですが、似ているといえば似ている。

黄色い傘の下、なかなかに、あでやかなよい気分の空間です。


クロッカス

0308crocus3月8日
線路際に植えたクロッカスが咲いています。
よかった、よかった。
水道工事はこの8~13の週で終わり。
そうすれば、保育園の子どもたちもお散歩にやってこられます。
花を見て、喜んでくれるといいですね。

アジサイ

0308ajisai3月8日
アジサイの新緑。
きれいですよ~。
成長の力を秘めた鮮やかな緑。
大好きです。
育ちゆくもの、というのが基本的に好きなんですね、わたし。
うれしい。

π

前の記事で、πを扱いましたが、ふと思いついて「πの連分数表示」を書きたくなりました。
Pi_2 これ見てください。
なんとなくうっとうしいでしょ。
「繁分数」ともいいますね。うっとうしくて、わずらわしい、ですね。
πは無理数ですから、この妙な書き方、無限にとまりません。
一番下の「4+・・・」はその意味です。
この「+・・・」を書かないで「4」だけにすれば、「ここで打ち切った」ということになります。

分数部分を書かなければ:πの近似値は「3」ですね。
7で打ち切ると、「22/7」が得られます。
15で打ち切ると「333/106」が得られ
その次の1で打ち切ると「355/113」が得られます。
この355/113は3.1415929・・・となり小数点以下6桁まで一致するよい近似になっています。分母の側から113355と奇数を二つずつ並べていますので、覚えやすいでしょ。
知っておくと、ちょっぴり「鼻が高い」かなぁ。
私自身は小学生の頃に兄から教わって知っていました。
Pi_2_2
その下までやってみましたが、分数が大きくなった割に近似の度合いはよくなっていません。
つまんないですね。

この連分数がらみでコンピューターのプログラム作り、なんてのも楽しいのですが、今回はやめておきます。(なんだかやりたくなってきたぞ。久しぶりにプログラム書きたいなぁ。)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86%E5%91%A8%E7%8E%87%E3%81%AE%E6%97%A5

円周率近似値の日と呼ばれる日はいくつか存在する。

7月22日:7月22日は 22/7 と表記されることがある。この区切り文字である / を割り算の記号(または分数の割線)とみなすと、アルキメデスが求めた近似値となる。

12月21日(閏年は12月20日):中国における近似値の日である。新年から355日目にあたる日であり、祖沖之が求めた円周率の近似値である 355/113 の分子に由来する。分母にあたる1時13分に祝われる。

4月26日:新年からこの日までに地球が動く距離が2天文単位となる。地球の公転軌道の長さと移動距離の比が円周率に一致する。

11月10日(閏年は11 月9日):新年から314日目に当たる日である。

いろいろありますね。こういう記述を読んだときにも、上に書いた近似分数の知識があると理解が深まりますね。

お楽しみください。

パイの日

0314pi昨日、3月14日は「パイの日」でした。
円周率π≒3.14159265358・・・・
ですので、3.14から3月14日はパイの日、というのは知っていたのです。

3月8日のアサヒ・コムには

3.14は「パイの日」 円周率にちなみ「永遠の愛を」
 ホワイトデーの贈り物にはぜひパイを――。3月14日を円周率のπ(パイ)になぞらえ「パイの日」として、京阪神の洋菓子店など41店が8日から特製パイを販売する。
 日本パイ協会主催のイベント。京都府長岡京市の「プチ・ラパン」は、リンゴ1個を丸ごと包んだ「エンドレスラブ」(税込み945円)が目玉商品だ。
 円周率が3.1415……と無限に続くことにかけて命名した。「禁断の果実を恋人同士で味わい、永遠の愛を確かめて」と同店主。販売は14日まで。

こんな記事もありました。
「エンドレスラブ」「永遠の愛」ねぇ。
πは単に無理数であるだけではなく「超越数」ですしねぇ。

「日本パイ協会」が制定した記念日だそうですが
このパイは「π」ではなくて「pie」なんですね。紛らわしいこっちゃ。

◆私としては、数学的なπを意識して写真を撮りました。
「3月14日1時59分26秒」になっていますでしょ。
3.1415926のつもりなのです。

さて、この写真をアップするにあたって、検索してみたら、すでに有名なんですね。知らなかった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86%E5%91%A8%E7%8E%87%E3%81%AE%E6%97%A5

円周率の日
3月14日は、多くの国の表記で3-14の並びで表記される事から「円周率の日」と呼ばれる。これは、3-14の並びが円周率の値の最初の3桁に一致することに由来している。通常はこの日の1時59分か午後3時9分(15時9分)にこの日を祝う。この2つの時間は数字で表記するとそれぞれ「1:59」と「15:9」であり、日付の「314」と合わせて円周率の最初の6桁を表している。一部の学校の数学科ではこの日にパーティーが催されることもある。

もう「1時59分」もやってるんですね。

1592 年3月14日6時53分58秒は、究極の円周率の日(時間)と呼ばれることがある。この時間をアメリカ式で記述すると、3/14 /1592 6:53.58 となり、円周率の最初12桁に一致する。ただし、当時は暦法が変わった直後であり、また人々の円周率に対する関心が余りなかったと考えられるため、この日はあまり注目を浴びることはなかったと考えられる。日本語的な表記をするならば、3141年5月9日2時6分53秒が円周率の最初10桁に一致する。

なおこの日はアルベルト・アインシュタインの誕生日であり、日本では「数学の日」にもなっている。

アインシュタインの誕生日は知らなかったなぁ。すごい日にすごい人が生まれたものですね。

◆ところで、私、πを小数点以下30桁まで暗記しています。
小学校6年生の時かな。記憶力の旺盛な小学生に、担任がいろいろなことを暗記させたんですね。その中に、円周率πの暗記もありまして
Photo
↑ひどく細くって、あるかないか分からない画像ですが、クリックしてみてください。私の頭の中にある唱え方を振り仮名の形で書きこんであります。

50年、半世紀も昔に暗記したことが頭の中に残っておりますよ。

役に立ちましたか?
いやぁ、理科教師ですから、何かの拍子に生徒に「すんげぇだろう」と黒板に書きならべて見せたくらいですね。
でも、いいんです。役に立つから覚えるとか、役に立たないからいらないとか、それって、ひどく精神的に「貧しい」ことだと思っています。
楽しければいいんです、っ。
「すんげぇだろう」でいいんです、っ。
3.141592653589793238462643383279
すらすら書きおろせるんですよ。
どうです?すんげぇ、でしょ。
あと10ケタ「おれいにははよいくない」というのもあるけれど、それは大分のちに覚えましたね。

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
π=3.
1415926535 8979323846 2643383279 5028841971 6939937510
5820974944 5923078164 0628620899 8628034825 3421170679
8214808651 3282306647 0938446095 5058223172 5359408128
4811174502 8410270193 8521105559 6446229489 5493038196
4428810975 6659334461 2847564823 3786783165 2712019091
4564856692 3460348610 4543266482 1339360726 0249141273
7245870066 0631558817 4881520920 9628292540 9171536436
7892590360 0113305305 4882046652 1384146951 9415116094
3305727036 5759591953 0921861173 8193261179 3105118548
0744623799 6274956735 1885752724 8912279381 8301194912
9833673362 4406566430 8602139494 6395224737 1907021798
6094370277 0539217176 2931767523 8467481846 7669405132
0005681271 4526356082 7785771342 7577896091 7363717872
1468440901 2249534301 4654958537 1050792279 6892589235
4201995611 2129021960 8640344181 5981362977 4771309960
5187072113 4999999837 2978049951 0597317328 1609631859
5024459455 3469083026 4252230825 3344685035 2619311881
7101000313 7838752886 5875332083 8142061717 7669147303
5982534904 2875546873 1159562863 8823537875 9375195778
1857780532 1712268066 1300192787 6611195909 2164201989
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
1000桁あります。

昨日はほとんどパソコンを見なかったのですが

Pig グーグルがこんなふうになってましたか?

πの日にはこうなるとか。自分では見られませんでしたが。

2010年3月12日 (金)

ガガンボ

0306gaganbo1 3月6日
家の中に紛れ込んできたガガンボ。ケースに入れて写真を撮って、外へ逃がしてやったのですが・・・
なんというガガンボなのかはわかりません。
ただ、ガガンボの仲間、ということでご紹介します。
頭から羽の先端までで1cmと2,3mm程度。小さなガガンボです。
0306gaganbo2
ちょっとぼやけ気味ですが、模様はこういう模様です。
特徴的な模様だと思うのですが、検索してもうまく同じような模様のものに出会いません。
0306gaganbo3
頭部が小さくて顎がすごい。
胸ががっしりしています。
平均棍が写っています。
0306gaganbo4
腹側からのショット
右に平均棍が見えていて、頭部の複眼がわかります。
0306gaganbo5
もう一回、胸の形のすごさを見てください。
トンボなどとはイメージがずいぶん違いますね。
ガガンボの飛翔なんてふわ~っという感じと思っていましたが、これだけ頑丈そうな胸をしているということは、かなりの飛翔力なのでしょう。

庭へ放しましたが、生き延びてくれますように。

ツマグロオオヨコバイ

0305tumaguroooyokobai 3月5日
啓蟄の前日。気温さえ高ければ、虫たちは活動できる状態に入ってきているのですね。
去年の春分から、太陽が345度回り、あと15度で再び春分。
「啓蟄」という名を与えた古人の知恵はおみごとです。日々の寒暖を超えて、長い年月の中で、この時期を表現するのによい言葉を与えた。
太陽の位置を区分したものですから、名前は便宜上のものなのです。
「24分の23点」だっていいのです。味もそっけもないけれど。
そこへ、啓蟄という、そろそろ虫たちも活動できるようになってきたよ、という名前を与えたことに、自然への深い観察と理解を感じます。

暖冬だというけれど、寒いじゃないか、とか
予報を外したら謝ってくれよな、とか
世知辛いことでとんがっていないで
何十年もかけて季節の移り行きを眺め心に刻む、そんなゆかしさがほしいですね。

桜桃

0305outou 3月5日
すでに、花が咲きましたということを速報しましたので、順序が逆になりますが、ぜひ拡大して写真を見てください。
ほんとに、開花直前のつぼみ。
力が漲っているところです。
命の共鳴を感じますね。

オーシャンブルー

0305oceanblue3月5日
オーシャンブルーの芽が伸び始めました。
去年はたくましいアサガオの仲間というくらいの感じで見ていたのですが、そのうち、冬になっても枯れず、あれ?という気分になりました。
「宿根アサガオ」なんですね、これ。
ツルが太くツタみたいです。
そこから、新たな芽が吹き出ています。
少し世話をしないと、繁茂しすぎになるかもしれない、よく見ていないといけないようですね。

クモの子

0305kumo 3月5日
これ何を撮ったか分かりにくいですね。
撮った私にもよくわからない。
クモの子が小さな網を張っているのです。
網の雰囲気からするとゴミグモの仲間かな。
体が丸っこいのは、ヒメグモみたい、かな。

よくわかりません。
この時期、この小さな網にかかる虫はどのくらいいるのか。
生き抜いて欲しいですね。

ホウズキカメムシ

0305kamemusi13月5日
オーシャンブルーの葉にカメムシ。暖かさに誘われました。
で、これ、ホウズキカメムシだと思うのですが、なんだかこう、姿がくっきりしない。
夏場に見るときは、もっとくっきりしていると思うのですが。
0305kamemusi2
毛むくじゃらなのかなぁ。しま模様があるはずなんですが、全体にぼやけている。
冬仕様の姿なのでしょうか。
よくわかりませんが、たぶん間違いないでしょう。
だんだん、虫たちの姿も増えてきます。

ホソヒラタアブ

0305hosohirataabu1 3月5日
ホソヒラタアブがタネツケバナの花に来ていました。
本当に小さな花なのですが、昆虫にとってはきっとすごく目立つ花なのではないでしょうか。
(フウセンカズラの花もそうですね。小さいけれど虫たちが集まってくる。)
0305hosohirataabu2
子房の付け根あたりをなめているのでしょうか。まだ味が残っているのかな。
暖かい日差しの中、おいしそうですね。
0305hosohirataabu3
パンジーの花に移りました。
ちょっとピンぼけになってしまいましたが、花びらの蜜のガイドに気づいたのかな。ヒトには見えない紫外線領域の模様があるのかもしれません。
0305hosohirataabu4
アブというのはハエと比べると妙に「フレンドリー」でしてね。
こちらの視線に気づいても、目の前で行動してくれます。
暖かいですから、ホバリングも出来ます。
「撮ってよ」という感じで空中にとまっています。ちょっと遠かったのですが、オートフォーカスの「フォーカシング・スポット」をアブに合わせてシャッターを切ったら何とか写りました。
ボケ気味ですがご勘弁を。この春初めての「高活動性」の写真ですから。
(フォーカシング・ゾーンしかないカメラだと、ゾーンの中にアブが入っていても、背景の方にピントがあってしまいます。スポットというのは非常にありがたいことです。)
0305hosohirataabu5
最後に、クローズアップを。
雄姿という感じがしますね。
これからの季節、頻繁に出会うことになるでしょう。
(平均棍も写ってま~す。)

ハエ

0305hae 3月5日。
5日は東京では最高気温が18.2℃まで上がり、暖かい日でした。
こうなると、生きものの活動も盛んになると同時に、観察しようというこちらの気分も上げ潮になってきます。
と、かっこいいこといって、先ず登場するのは、ハエさん。
私らしいでしょ。
家の外壁で体を温めていました。
ハエって嫌われがちですが、「汚いもの」を分解して土に還していく大事な役割をになっているのですよ。
衛生害虫とか不快害虫とか、いうのは、ヒトという動物の身勝手。
環境を大事にするとか、生物多様性とか、いうのなら、ヒトも生態系の一員として、ハエとも一緒に地球に暮らすべきなのです。
寛容でありたいですね。

地震波、地球を5周

◆私はメインの新聞としては朝日新聞を読んでいて、アサヒ・コムで読める記事はテキストファイルとして、ネット切り抜きしています。
2010年3月4日付のアサヒ・コムに下のような記事がありました。

チリ地震波、地球5周 1周に3時間かけ 東大解析
 チリで起きたマグニチュード(M)8.8の大地震の揺れが地球を約5周していたことが3日、東京大学地震研究所アウトリーチ推進室の解析でわかった。
 大木聖子助教が、防災科学技術研究所の観測網がとらえた地球表面を伝わる地震波の記録を解析。発生から14時間ほどの間に5回の揺れが記録されていた=グラフ、同研究所の小笠原諸島での観測データを加工。3時間弱で地球を1周していた。
 大木助教は「震源が比較的浅い大地震だったので、波が伝わりやすかったようだ」と話している。

この記事で引用されていた図は下のものです。
Photo
これを見て私は、なるほど5周している、すごいものだ、と感じ入りました。
その時に、各周ごとにピークが2つあることには気づいていましたが、それがどのような内容を含んでいるかは分かりませんでした。

◆2010年3月6日付の YOMIURI ONLINE にも同様の記事がありました。記事ソースは同じものですね。(下線は筆者による)

チリ地震の「波」15時間で地球を5周
 27日に発生したマグニチュード(M)8・8のチリ地震の地震波が約15時間で地球の表面を5周していたことが、東京大学地震研究所の解析でわかった。
 大木聖子助教が、小笠原諸島・父島にある防災科学技術研究所の観測点のデータなどを解析。地球表面付近を通る「表面波」と呼ばれる地震波が、地震発生から約15時間で計10回記録されていた。震源から太平洋と大西洋の2方向に向かって地球を5回ずつ周回したことを確認した
 表面波の周回は大規模な地震で観測され、2008年の四川大地震(M7・9)で6周したことがわかっている。

201003069411431l
この図を見て、あ、そうなのか!と胸中、叫んだのでした。
読売の図では、各周ごとの2つのピークの意味がわかるのです。記事中にも触れていますが、図を見れば一目で了解できる。
「太平洋回り」と「大西洋周り」と書きこんであります。そうして、太平洋回りが少し先行して届いています。観測点に近いからですね。

この図を見て、「感じ入る」をこえて「感動して」しまった私は、妻を読んできて、2つの図を見せ、解説してしまいました。

このピークが並んでいるということは、震源が小笠原からみてほとんど地球の裏側にあって、距離的な差が非常に小さいということだね。
何社かの科学記事を読み比べているけれど、読売新聞の「科学力」は明らかに朝日新聞の「科学力」より勝っている。
普段の科学記事を見ていてそう思っていたけれど、この記事の「表現力」は明らかに読売の方が上だね。

など。

◆さて、どちらの記事でも「東大地震研究所」と書いてありますので、そこのホームページに行ってみました。

http://outreach.eri.u-tokyo.ac.jp/2010/02/201002_chile/

地球表面を周回する地震波
地震波には大きく分けて実体波(P波やS波)と表面波の2種類がある.実体波は地球の内部を突き抜けて伝わってくる波であり,表面波は地球の表面に沿って伝播する周期の長い波である.今回の地震のように震源が浅くマグニチュードが大きい場合は,何周も地球を周っている表面波が観測される.世界的に展開されているIRIS地震観測網や,日本で展開されている高密度観測網F-netを解析してみたところ,今回の地震による表面波が5周していることが確認された.
表面波のひとつ,レイリー波には地球を周る方向によって下図のような名前が付けられている.地球の中心を通る円で震源(★印)と観測点(▽印)を結んだとき,近い円弧(劣弧)に沿って伝播しものをR1,遠い円弧(優弧)を伝播したものをR2という.R1が再び震源に戻りもう一周して観測されたものは R3,同様にR2がもう一周したものをR4,と命名していく.
R_names1300x152
下図は小笠原観測点(父島)の観測記録に200~300秒のフィルターをかけて表面波が見やすくなるように加工したものである.地震の発生を0秒とし,60000秒(約16時間半)までの波形記録を示した.最初の大きなピークがR1,すぐ次のピークがR2である.ここで,近い側の円弧(劣弧)を伝播したR1と遠い側の円弧(優弧)を伝播したR2との差がほとんどないことは,震源(チリ中部)に対して観測点(日本・小笠原)がほぼ真裏にあることからきている
Ogasawara
{後略}
謝辞: 防災科学技術研究所のF-net観測網のデータを使用させて頂きました.
(大木 聖子 助教)

こういう内容でした。
読売の記事では「太平洋回り」「大西洋周り」と記されていましたが、もっと正確な表現があるのですね。

「地球の中心を通る円で震源(★印)と観測点(▽印)を結んだとき,近い円弧(劣弧)に沿って伝播したものをR1,遠い円弧(優弧)を伝播したものをR2という.R1が再び震源に戻りもう一周して観測されたものは R3,同様にR2がもう一周したものをR4,と命名していく.」

球面上の2点を結ぶ弧は無数に引けますが、球の中心とその2点の、計3点を通る平面は一つに決まり、その平面が球面と交わる弧を「大円」と呼びます。平面上の2点を結ぶのが線分で、2点の最短距離になりますが、それとの対応で、この大円の弧は球面上の2点を結ぶある種の「直線」として扱えます。

この弧のうち短い方に沿って伝播し始めて周回する波にR1,R3,R5・・・と名付け、長い方の弧に沿って伝播し始めて周回する波にはR2,R4,R6・・・と名前をつけるのですね。
これなら、どのような地震に対しても、観測点での波の名前が一意に決まりますね。

(「一意に決まる」というのを、数学などでは「ユニーク」と表現しますが、日本語のユニークとは違います。化学ではすべての化合物に唯一の名前があり、名前を知れば化合物が特定できるようなシステムを作っています。「ユニーク」な名称を持つのです。)

やっときちっとわかって、納得して、落ち着きました。
R1とR2にほとんど差がないことは「震源(チリ中部)に対して観測点(日本・小笠原)がほぼ真裏にあることからきている」と書かれていて、私の読み込みが間違っていなかったことも確定し、嬉しかったです。

●新聞の持つ「科学力」というものがあらわになった出来事でした。

------------------------------------------------------
◆なお、東大地震研究所の上の記事の次にさらに、地球がしばらくぷるぷる震えていた、という話が載っていましたのでご紹介します。

振動する地球
今回の地震のような巨大地震の後には,地震波が地球を数周した後も地球全体が振動し続けている.釣り鐘をたたいた後も釣鐘全体が変形して振動している様子に似ている.
今回の地震でも2日以上にわたって振動をし続けている様子が観測された.図は,観測された波形に色々な周波数の成分が含まれている事を示したもの.それぞれのピークが一つの振動パターに対応している.たとえば02という振動パターンはフットボール型と呼ばれる振動,00という振動パターンは地球全体がのび縮みする振動に対応してる.今回の地震ではそれぞれ,おおよそ0.4mmおよび0.16mmの振動を続けていることがわかった.
Mode11024x458
このように,マグニチュード8をゆうに越える巨大地震では,周期1000秒以上で地球全体が変形してる様子を見て取ることができる.初めて実際に観測されたのは1960年のチリ地震だった.
謝辞: 防災科学技術研究所のF-net観測網のデータを使用させて頂きました.
(西田 究 助教)

●神様は、ぷるぷる震える地球の振動を「聞いて」いるかもしれませんね。

2010年3月11日 (木)

尿瓶

 先週、崩彦俳歌倉で朝日俳壇から「形見分けの父の尿瓶に目高飼う:(東京都)鈴木ひさお」という句をご紹介しました。
 その句に金子兜太氏は「『尿瓶』」は句材料としても活用の幅広し。」という評をつけておられて、私は「そう言われてもなぁ」と書きこんでいます。

 たまたま「尿瓶」を読みこんだ句が投稿されて、それに対して金子氏が興趣を催されたのだと感じたのです。

 ところが、今週。3月8日付の朝日歌壇と俳壇のの間に「うたをよむ」というコラムというかエッセイがありまして、そこで思い違いを知りました。部分的に引用します。

「双方ともに凄ぇ」池田澄子
 俳句を作っていることを俳人以外に話したことは殆どない。たまたま知った人は、優雅なよいご趣味などと仰るので困ってしまうからだ。
 <春闌けて尿瓶親しと告げわたる><ぽしゃぽしゃと尿瓶を洗う地上かな>、共に金子兜太最新句集にある俳句。その後、兜太氏は本当に告げ渡っておられて、今年の新春詠には<去年今年生きもの我や尿瓶愛す>等もある。優雅とは言い難い。否、これが本当の優雅かもしれない。悠々と溌剌と生きる日々の姿と言葉である。若者には勿論、半端な老人にも思い至ることの出来ない晴れ晴れとした生あることの悦びと感謝。
 ・・・(後略)

 金子氏自身がすでに「尿瓶」を「句材料」として愛用しておられたのですね。
上の文で「今年の新春詠に」という言葉があるので、今年の朝日歌壇・俳壇の新春詠を見たら

[新春詠](2010/01/01)
 金子兜太 春立つや尿瓶に映る虎の顔

ありましたねぇ。すでにここに尿瓶があったのか。

でも、この朝日の新春詠には上の文に引用された句はありません。
「俳句」という俳句総合誌がありますが、その2010年1月号に金子兜太氏の「尿瓶」の句があるらしいのです。
http://weekly-haiku.blogspot.com/2010/01/20101_2018.html
『俳句』2010年1月号を読む

前略
新年詠(8句)が39作家並ぶのもこの号の目玉。金子兜太が尿瓶(しびん)を8句詠み、ひとり異彩(異臭)を放つ。2010年も「兜太の年」なのかも。・・・
 山枯れて女子小学生尿瓶覗く 金子兜太
後略

こう書かれておりました。ハア。
その他、「金子兜太」と「尿瓶」をグーグルでアンド検索したら、いろいろありましたので、ご紹介します。

いのち気軽に尿瓶と暮らす河豚食べて
秋遍路尿瓶を手放すことはない
春闌けて尿瓶親しと告げわたる
ぽしやぽしやと尿瓶を洗う地上かな
ばさばさと尿瓶洗えば草ひばり

こんな話もありました。
http://sendan.kaisya.co.jp/nenten_ikkub10_0102.html

河馬の坪稔尿瓶のわれやお正月 金子兜太
 角川学芸出版の「俳句」1月号から。「「坪稔は坪内稔典の略」と注記がある。坪稔でなく稔典(ねんてん)でいいのに、と思うが、氏はいつも坪稔と呼ばれる。その略し方というか捻り方を楽しんでおられるのであろう。それはともかく、「尿瓶頌」7句の中にこの句があるが、河馬と尿瓶が、あるいは兜太と坪稔が同列に並んでいるのがうれしい。「去年今年生きもの我や尿瓶愛す」「小学生尿瓶透かして枯山見る」なども兜太。尿瓶とともに生きているこの兜太流アニミズムは楽しい。

もう、自在に遊んでおられますね。
知らなかった。無知でした。
ここに坪内稔典氏がでてきましたが、そうなれば

たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ

もわすれられませんね。
そうなんだぁ、とひたすら納得してしまいましたっけ。
坪内稔典氏には「カバに会う」という著書もあります。岩波書店から出ています。

正面に河馬の尻あり冬日和

いいですねぇ。いい日和だ。

こんなエッセイもありました。

[たいせつな本]坪内稔典(俳人)下:鶴見俊輔「限界芸術」(講談社学術文庫)(2008/11/2)
 パチンコするように楽しく俳句作りたい
 「芸術とは、たのしい記号といってよいだろう。それに接することがそのまままたたのしい経験となるような記号が芸術なのである」
 限界芸術:Marginal Art すなわち「芸術と生活との境界線にあたる作品」を指す。手紙、庭いじり、早口言葉、盆おどり、カルタ、落書き、家族アルバム、積み木などだが、これらが「純粋芸術・大衆芸術を生む力をもつ」。
 鶴見のこの限界芸術という考えに出会い、私は自分の俳句をどこまでも限界芸術として作ろうと思った。専門家が作る純粋芸術(いわゆる芸術)、専門家が作って大衆が享受する大衆芸術。そういうものを志向しないで、限界芸術という位置にとどまり、そこで生動する日本語を俳句にしたい。そのように考えた。
  たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ
  ふわふわの闇ふくろうのすわる闇

 もちろん、長く作り続けているとおのずと専門化し、専門性を権威や名誉のように考えがち。私もかなり専門化しているが、それだけ逆に、自分をパチンコと同じ楽しみの中に置きたいのだ。

感じ入りました。心の中でパチパチ拍手。

◆終わりに。去年の朝日歌壇にこんな歌もありました。
2009/01/12付
月明かり密(ひそ)と尿瓶(しびん)を使いおり老人病棟六人の部屋:(浜松市)太田忠夫

◆男というものは、年をとると、全員が「前立腺肥大」になります。ならない男はない。
 おしっこが、ちびちびになってしまうんです。
 夜中に起きてトイレへ行っても、出たのか出ないのか、終わったのか終わってないのか、判然としなくなってしまうのです。
 年をとったら尿瓶を使う、という選択は、正しいですね。なんとなく侘しいけれど。

[声]医師の診断、結句はいつも…… (2010/3/5)
 教育コンサルタント ●●●●(64)
 体にガタが来始めている。月数回は病院通い。年と共に診療科目が増えつつある。
 泌尿器科で医師に「前立腺肥大の結果は」と尋ねた。パソコン画面を見つつ「手術せず薬で様子を見ましょう」。「先生、治りますか」「進行を抑えますが『加齢』ですから……」
 消化器科で大腸ポリープの摘出手術の結果発表。「米粒大が4個。取っておきました」「先生、またポリープができますか」「年を重ねるとそうですね。まあ『加齢』ですね」
 皮膚科で「先生、顔の左右に大豆大のシミが2個ずつでき、だんだん黒くなり困っています」「冷凍法でやってみましょうか」「取れますか」「60を過ぎると誰でも黒ずんできます。『加齢』には勝てません」
 医師に病状の原因を聞くと、最後には「加齢」という単語が出てくる。確かに「加齢」と言われれば納得せざるを得ない。そこで一句。
 診断は加齢でもとる診療費

かかしさん、妙こだわってますね。
加齢ですから。

春しぐれ

2010.3.8付 朝日俳壇より
どことなくどこかが濡れて春しぐれ:(名張市)山崎美代子

はる‐しぐれ【春時雨】春の、急にぱらぱらと降ってはやむ、にわか雨。<季語:春>[広辞苑第五版]

春ってどこか湿っぽくて、冬の空気がパリパリしそうなのに比べて、しなやかで少し肌につく感じですよね。
東京で具体的にいってしまうと、1月は湿度が30%を切る日が多い。
3月になると湿度は40%を超えてくる。
この「湿度感覚」は春ですね。
女性は肌の湿りぐあいがかわってくることに、敏感にお気づきでしょう。

気温ではなく湿度で春をかんじていらっしゃる。
感覚が伝わってきます。

音かろく

2010.3.8付 朝日俳壇より
音かろく春の日差しを鋤きこみぬ:(横浜市)秋吉芙佐子
 稲畑汀子 評:春になって畑を耕すのであるが、固くなっている冬田の土に春の日を鋤き込むように打ち下ろしていく。春になった喜びがつたわってくる。

「音かろく」という語感は、私には「サクっ、サクっ」という感じがするんですね。ですから、土はさくさくしているような気がする。土が空間を孕んでいる。そこへ春の日差しを鋤きこむ、というように私は感じました。
「固くなっている冬田の土」だと、「カッカッ」という感じなんだけどなぁ。

猫柳

2010.3.8付 朝日俳壇より
猫柳詩人の顔して犬眠る:(さぬき市)砂井斗志男

猫と犬との取り合わせが面白さを生んでいるのですが。
詩人顔というのがどういう顔か私の中のイメージを説明しづらいのですけれど、とっつきの悪い顔のような気がする。
そうなると、とっつきの悪い、難しい顔をするのは猫の方のような気がする。
犬はどうもフレンドリーだよなぁ。

北極星

2010.3.8付 朝日俳壇より
白鳥の帰る北極星を指し:(米子市)中村襄介
 稲畑汀子 評:北極星に向かって帰る白鳥との別れ。

北へ。
その意志の指すところ。北。

句の中では「北極星を指し」という言葉が、はるか「北へ」帰る、という白鳥たちの意志を指示していますが、評の中で「北極星に向かって」といわれると、少しずれた感じがします。
またこの評がほとんどトートロジーになっていて、原句の鑑賞になにも付け加えていない、と感じられてしまうのです。
どうも、悪い癖で、つい選者に逆らいたくなる。ごめんなさい。

鶴帰る

2010.3.8付 朝日俳壇より
羽広げ大地蹴とばし鶴帰る:(鹿児島市)青野迦葉

大型の鳥は飛び立つのに助走が要る。大地や水面を走っていって、離陸する。
雄大な景ですね。

アホウドリは白鳥よりももっと助走が必要だった。そのために、人に殴り殺されて、「アホウ」と呼ばれてしまった。

人の浅知恵、罪は深い。

夫婦の日

2010.3.8付 朝日俳壇より
そして今バレンタインは夫婦の日:(市川市)鳥居秀雄

バレンタインのチョコレートをきっかけにして結ばれた。私たち夫婦の日だ、と素直に受け取っていいですか?

11月22日は「いい夫婦の日」とか、2月2日は「夫婦の日」とか、毎月22日は「夫婦の日」とか、そういうタイプのことではないですよね。

2月14日が、私たち夫婦の始まりの日。でいいですか。

熱いなぁ。

風船

2010.3.8付 朝日俳壇より
風船のぶぶぶぶぶぶと萎みけり:(泉佐野市)森下恵子
 長谷川櫂 評:ふくらんでいる風船ではなく、しぼんでゆく風船。まこと、あわれでおかしいが、これも春の景。

わかります。情けない音を立てるんです。吹き込むときに唾で濡らしたせいもありましょう。
この頃、風船を膨らませて遊ぶことも少なくなりましたね。
たくさん遊んで、小さな体の技をたくさん身につけると、後で効いてくるんですがねぇ。
理科教師としてはもっとたくさん遊んでこいよ、といいたくなる。

風神

2010.3.8付 朝日俳壇より
風神の袋からつぽ春うらら:(鎌倉市)土山忠滋
 長谷川櫂 評:冬の間に風を使い果たした風の神。春の女神のうららかな光の前になすすべもない。

空っぽになった袋に風を詰め込んだら、春の嵐が吹き荒れます。
袋の中身がだんだんあたたかくなる。
風神さんも風の仕入れ先が変わるのですね。
冬将軍から春の女神へ。

雪女

2010.3.8付 朝日俳壇より
雪女美(は)しきばかりの不思議さよ:(札幌市)岩瀬公宏
 金子兜太 評:雪国の人独特の感応か。小生はああと思うのみ。

夜目遠目笠の内。マスク顔。雪女。

女性はみんな美しいのです、金子先生。

祝祭

2010.3.8付 朝日俳壇より
少女らの祝祭のごと雪渡り:(山形県)新野祐子

少女というものは、なぜか、はなやかで、あでやか。
日常の重みをふりすててしまうことができる。

きゃっきゃとはしゃぐ姿がそれ自体「ハレ」になる。
「ケ」に立ちつくすじいさんには、まことにまぶしいことです。

2010年3月10日 (水)

うちの子

2010.3.8付 朝日歌壇より
「うちの子」と呼ばれる犬と猫がいる媼の家は三人家族:(春日部市)川崎康弘

自分の夫に「おかあさん」と呼ばれて、「私はあなたを産んでなんかいないわよ」とムッとするかたでも、(例えば)ミケちゃんのお母さん、とか、タロくんのおかあさんと呼ばれてもにこにこしてたりするんですよね。

我が家は現在5「人」で生計を共にしています。
(外猫入れると7「人」かな?)

ブランコ

2010.3.8付 朝日歌壇より
蹴ることは戻ることとは知らざれどただ蹴るまだ蹴る二歳ブランコ:(諏訪市)宮澤恵子
 永田和宏 評:蹴っても蹴っても戻ってくる。そんな原理は知らなくても、知らないが故に、一心に漕ぎ続ける幼子の喜び。

二歳でしょ、ブランコでしょ。
何を「蹴って」いるのかな?
前に立ったお母さん?

いや、大きなお姉さんお兄さんたちが、ブランコをこぐのを見ると、足を曲げたり伸ばしたりしている、それをまねているのかな?

今一つ「蹴る」ことの中身が見えてきませんでしたが、かわいいですね。
短い脚で漕いでいるのです。

俳句の方では「ふらここ」という季語があって春ですが、そういう「俳句地方」独特の言い回しはなるべく避けた方が楽しいですね。

五年前

2010.3.8付 朝日歌壇より
五年前いなかった子と五年前流行った歌を口ずさみ行く:(和泉市)星田美紀

子の成長は速い。親の五年前はもう大人だった。(もちろん)。
その間に、子は赤ちゃんから手をつないで歩き歌う幼子になった。
もう五年たったら、十年たったら。
速いですよ。
自分はたいして変わったつもりもないのに、子は圧倒的な成長を遂げている。
このギャップを自覚することを、子離れ、というのです。

アリ歩行

2010.3.8付 朝日歌壇より
アリ歩行まず左足二番目が動くを見つけた熊谷守一:(福島市)澤正宏
 高野公彦 評:偉大な画家の、物を凝視する力に驚嘆する歌。

この話、私が知ったのは2005年のことです。朝日新聞の夕刊にアーサー・ビナードさんが「日々の非常口」というエッセイを連載していました。(このエッセイ、現在は新潮文庫で読めます。去年2009年の8月に発行になっています。新潮文庫 ひ 31 1 です。)

[日々の非常口] アーサー・ビナード:アリのまま(2005/06/09、朝日新聞)
(前略)古今東西の画家の中で、アリを描くことにおいて熊谷守一の右に出る者はいないだろう。彼いわく「地面に頬杖つきながら、蟻の歩き方を幾年もみていてわかったんですが、蟻は左の二番目の足から歩き出すんです」。その文章を読んでから、ぼくは機会あるごとにアリの最初の一歩を確かめようと目をこらしてきた。が、確信が持てず、とうとうテキサス州立大学に問い合わせることにした。というのは、幼なじみがそこで昆虫の研究をしているからだ。
 「蟻って、ひょっとしたら左の二番目の足から歩き出す?」と聞くと、「鋭い!」と返ってきた。幼なじみいわく「足の数に関係なく、いかにして安定を保ちながら移動するかが、生物の共通課題だ。昆虫の場合はその安定が、三脚の原理に基づいている。三本の足を動かし、あとの三本は止め、それを交互に繰り返して歩行する。左側の真ん中の足と、右側の前足と後ろ足で踏み出すときは、右の真ん中と左の前と後ろは、じっと三脚をなす。足の動きに関して、三本が同時だというふうに考えられているが、安定を重んじて片方の二本が、反対側の一本より微妙に遅れることもありうる。また、アリたちに利き足がないとは限らず、個体の問題なのか、種類によるのか・・・・・・」。
 熊谷守一が地面に頬杖をついたとき、最初に左の肘をついたか、右の肘だったのか。

ね、こんな文章を読んで嬉しくなって、手入力で私の個人データベースに入力してありました。

まったくねぇ。私にはまだ見えません。修業が足らない。
こんな記事もあったんですよ。

「豆に蟻」熊谷守一(2008/03/05 朝日新聞)
なぜアリを描くのか
(中略)
 理由の一端は明白だ。熊谷守一は96歳のとき、「(自宅の)正門から外へは、この三十年間出たことはないんです」と話している。東京都豊島区千早の自宅からほとんど外出しなかったのだから、題材が身近なものになるのも、無理はない。
 では、外の世界に全く関心がなかったのだろうか。
 まるで逆だろう。「石ころひとつ、紙くずひとつでも見ていると、まったくあきることがありません」と語り、アリも地面にほおづえをついて見たという。
 身近な昆虫、花から軒先に見える月まで、何でもお面白いものとして見る才能を備えていた。
(中略)
 ③観察をもとに、熊谷は「蟻は左の二番目の足から歩きだすんです」と語っている。

熊谷さんはどうも、玄関を出ると、いろいろ見たいものが次々に現れて、門までたどり着けなかったらしいのです。すごいですねぇ。

私は夏場、虫の盛りになると、玄関から門まで10歩足らずの距離を歩くのに、30分くらいかかります。「虫雪崩」にであって遭難しそうだ、帰ってこられなくなるかもしれない、と妻と笑い合っています。

ちなみに、2009.6.22の朝日歌壇には下のような歌がありました
モリカズの描く白猫・白仔猫・牝猫のその単純や良し:(平塚市)河野伊佐央
 佐佐木幸綱 評:「モリカズ」は洋画家。熊谷守一。

とおきもの

2010.3.8付 朝日歌壇より
はなれてるから美しくはなれてるからなつかしいとおきものたち:(福島市)美原凍子
 高野公彦 評:空間的に、また時間的に遠いものたちを懐かしみ、透き通るような美しい悲しみをうたう。

八木重吉の詩を思い出しました。

みにくいものは
てぢかにみえる
うつくしいものは
はるかにみえる

うつくしいものはかすかだ
うつくしい野のすえも
うつくしいかんがえのすえも
すべてはふっときえてゆく

いつになったら
すこしも 人をにくめなくなるかしら
わたしと ひとびととのあいだが
うつくしくなりきるかしら

「こころのうた」というアンソロジーから引用しました。
昭和43年9月20日3版発行、童心社
です。
大学生の頃ですね。

ひととひとのあいだが
うつくしくなりきることを
ねがっています
そのひはきっとくる

中空土偶

2010.3.8付 朝日歌壇より
畑中に眠りいし土偶中空(なかあき)の嫗(おうな)に拾われ国宝となる:(札幌市)橋本とおる
 佐佐木幸綱 評:一九七五年に畑仕事中の現函館市の主婦によって発見され、二〇〇七年に国宝になった。

いや、知りませんでした。検索してみたら、写真を見たことがあります。記憶がある。
これ「ちゅうくうどぐう」でいいのです。
中まで詰まった(充実した)土偶ではなく、中が空洞なんですね。
おまけに、愛称まであって「芽空(かっくう)」というのだそうです。

下のホームページに詳しいです。
http://www.geocities.jp/kitanojoumonclub/daidoguu.htm

http://www.city.hakodate.hokkaido.jp/minamikayabe/i_main.html

写真を見て、縄文時代に思いをはせてください。

2010.3.8付 朝日歌壇より
何事もなかりし如くぬばたまの闇より猫のふっと戻り来:(坂戸市)山崎波浪

猫がうたわれると、どうも、気になる私です。
猫の持つ、神秘的な雰囲気というのが「闇」というイメージと調和するのでしょうね、心象風景的に。
猫と一緒に生活していると、「神秘性」というのは薄らいでしまって、家族としての暖かい親密性の方が勝ってしまいます。
ただいまあ、腹減ったゾ。では歌にならないものなぁ。

そっとキスする

[恋する大人の短歌教室](2010/03/08)
{応募作}
父さんと呼びて寄り添い六十年 昏睡の頬にそっとキスする:神奈川 末光幸子

 映画の一シーンのようです。それも、感動の嵐が襲うクライマックスでしょうか。60年の長きにわたった夫婦生活には、得意の絶頂も失意の谷底もあったことでしょうが、それらすべてを凌駕して、今、この瞬間が深く心に沁みる。ふたりの愛の、哀切きわまりないクライマックスですものね。これほどまでに真実そのもののキスなんて、そうはないでしょう。作者は淡々と詠っていますが、そこがかえって読者の胸を打つところでもあります。「父さんと呼びて」で温かい家族の存在を暗示し、「寄り添い」で琴瑟相和す夫婦仲を鮮明にするあたり、相当の手練(てだ)れと言えるかも知れません。第二句で繰り返される「よ」の音の、幽(かす)かで冥(くら)い響きの美しさも、特筆すべきことかと思います。
 ただ、一首の流れがいささか素直に過ぎる嫌いがあるとは言えるでしょう。第四句と第五句を倒置し、印象的な瞬間を際立たせてみました。句点を挟んで倒置そのものも強調しておきましたが、いかがでしょう。(石井辰彦)

{添削後}
父さんと呼びて寄り添い六十年 そっとキスする。昏睡の頬に
------------------------------------------------------------
きっと石井氏は意地になってるのですね。何か手を入れないと沽券にかかわるとでも思っていらっしゃるのでしょう。
原作が素直でいい。
若い方の「激しい恋情」あふれる歌なら、倒置を使い、句点であからさまに切って流れをぶつぶつ刻んで、激しさを表現するのもいい。
しかし、歳月・年齢を重ねた夫婦の、穏やかなしっとりした情感を表現するには「順」に、おだやかに表現する方がいい。

どうしても倒置法にこだわるなら、せめて句点はやめたほうがいい。
父さんと呼びて寄り添い六十年 そっとキスする昏睡の頬

つながらいがなだらかな方が効果的だと思いますよ。

ちなみに
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-7417.html
ここで
たわむれに 病臥の妻の 乳首吸う それが最後と ただただ涙

という歌を扱いました。逆向きですが、夫婦というものの奥深さを教わりました。

「映画の一シーンのようです。それも、感動の嵐が襲うクライマックスでしょうか。60年の長きにわたった夫婦生活には、得意の絶頂も失意の谷底もあったことでしょうが」などと、あまり賑やかなことを書き添えない方がいいと思います。静かに、深く。礼。



春の雪

0310yuki1 3月10日、朝。
夜中から雪が降りました。
朝起きたら、もう雪は止んでいて、小雨でしたが、すこし白くなっていました。
このプランターと鉢はカエデが植わっています。
0310yuki2
多摩川線の線路には雪は残っていませんが、ガレージの屋根には白く積もっています。
屋根の板を挟んでその下が空気ですから、地面の雪と違ってあたたまりにくいのでしょう。
0310yuki3
この間の雪の時にも使ったおじさんギャグ。
雪の下の上の雪。
(右からは読めませんね)
0310yuki4
普段直立しているものが、90度首をかしげてしまいました。
雪は残っていませんが、重みがかかったのでしょうね。
復帰できますかね?夏場ほど元気があるわけではないしなぁ。
0310yuki5
雪解け水に濡れそぼつ桜桃の花。
咲いてから、ぬれることが多い花です。
少し花粉を筆かなにかで授粉しましょうか。昆虫がいないし。
0310yuki6
真打登場。チャコちゃん。
眼光鋭く写ってしまいました。
赤目防止に切り替えようと思ったら、立ち去られてしまいました。
寒いけどふかふかふっくらです。

◆3月の雪というと、思い出すのが1986年でしたか、3月春分の日の大雪。
ハレーすい星を見られないかな、と伊豆の東岸の民宿に泊まったのです、家族4人。子らは小学生。
朝起きたら、大雪。伊豆から東京まで何時間かかったのかなぁ。帰宅したのは夜中。
ハレー彗星は見られず、大雪の中を長時間の走行。
いやぁ、家族の共有記憶です。あれはすごかったよなぁ。

大学時代に3月30日の大雪とか、教師になってからですが、4月の始業式の大雪とか、結構、春の雪もあるものです。

メジロ

2010.3.8付 朝日歌壇より
白椿の蜜吸うメジロ両頬に花粉まぶして枝移りする:(松阪市)こやまはつみ
 佐佐木幸綱 評:椿の黄色い花粉で顔が染まったメジロ。クローズアップされた顔がユーモラス。

福岡大学のサイト
http://www.fukuoka-edu.ac.jp/~fukuhara/keitai/choubaika.html
ここに「鳥媒花」が紹介されています。
サザンカやツバキ、アロエなど。鳥としてメジロやヒヨドリなど。
桜は基本的には虫媒花ですが、メジロなども来ますね。

虫媒花は虫に来てもらうために香りが高く、花弁に紫外線で見える蜜のガイドがあったりしますが、鳥媒花は鳥の嗅覚が鈍いので香りには頼らないそうです。花の色で誘うようですね。

鳥さんも花粉の媒介に重要な役割をしているのです。
ミツバチは体中花粉まみれになってしまいますが、鳥は頬にまぶすのですね。
楽しい観察です。いっぱい、花粉まみれになって下さい。

満作

2010.3.8付 朝日歌壇より
満作は優しき色に咲きいでて廃屋一棟雪に潰える:(上越市)宮沢君代

黄色でしょうか、赤でしょうか。
はる早く咲くのですね。
花は例年の通り咲き、廃屋という「人の事」は変わってゆく。
コントラストが際立ちますね。

我が家の近くのマンションの植え込みには多分トキワマンサクだろうという、赤いリボン状の花が咲きます。もう、我が家にはお引っ越し願うほどのスペースもなし、咲けば見に行って楽しんでおります。

ところで、検索してみたら、「まんさく」の語源は「先ず咲く」で、東北の訛で「まん咲く」ではないかとありました。
私自身は1歳までしか秋田にいませんでしたから、秋田の訛はないのですが、耳にはなじんでいます。「まんず」という言い方のイントネーションも頭に浮かびます。あれが語源かもしれないとは、なんだか、身近に感じてしまいました。

泣く声

2020.3.8付 朝日歌壇より
隣り家の赤児の泣く声きこゆれば寒夜のひとりもほのぼの温し:(徳島市)磯野富香

こういう感性って、ごく普通のものでしたよね、かつては。
赤ちゃんの元気な鳴き声は決してうるさくはない。
子が成長していくエネルギーを鳴き声を通じて分けてもらうような気分。
若い親がおろおろすれば、年長の者が「泣くことが赤ちゃんの仕事なんだから」と声をかける。

なんだかなぁ、このごろ、学校や公園のそばの住民から、子どもの声がうるさい、騒音被害だなどという訴えがでる。
世知辛いというのか、不寛容というのか、みんなが「苛立って」いませんか?
ゆっくりゆっくり、のんびりのんびり、子は育ち、じじばばは老いる。
元気な声からエネルギーをもらいましょうよ。

我が家の前に保育園児がお散歩に来ると、もう、あの声が楽しくて。泣き声でサヨウナラになるのだけれど、あ、泣いちゃったぁと、にこにこしてしまいます。
我ら夫婦は、「無敵のお散歩隊」と呼んで、楽しみにしております。

2010年3月 9日 (火)

ゼニアオイ

0304zeniaoi 3月4日。

ぜに‐あおい【銭葵】 アオイ科の一年草。ヨーロッパ原産。古く日本に渡来、観賞用に栽培。高さ約1メートル。葉は円形で5~7浅裂、基部は心臓形。5~6月頃紅紫色の花を開く。小葵コアオイ。<季語:夏>[広辞苑第五版]

ということなのですが、越年してずっと次々に花を咲かせ続けています。どうなっちゃったんだろう?
しかも、倒れたままなんですよ。タフですねぇ。
これって普通のことですか?
よくわかりませんが、楽しませてもらっています。
すごいです。

ツマグロオオヨコバイ

0304tumaguroooyokobai 3月4日。
この眼がなんともいえないですね。かわいい、つぶらな瞳という気分になってきました。
このごろは少し活動性が高まってきたようで、横這いらしく、すっと、横へ逃げるようになりました。暖かくなればすごい勢いで横移動しますけどね。まだ、ゆっくりです。
幼虫の横移動がすごいですね。あれが見られる季節も近づいてきます。

ナンテン

0304nanten 3月4日。
ナンテンの葉芽です。
ふっくらした感じがなくて、姿もすこしおどろおどろしいかなぁ。
毎日のように一応一回りしているつもりなのですが、気づくとこんな大きさまできています。
あいまいな「眼」ですね。
ナンテンはメギ科というのだそうですが、その「メギ」というのをよく知らないので困りました。
メギって有名なんですか?

アリ

0304ant 3月4日。
先日、アリグモに出会ってしまいましたので、お、またアリグモか?とレンズを向けたら、これは正真正銘のアリでした。
クロヤマアリですね、一番ポピュラーなやつ。
ちゃんと脚は3対、複眼。昆虫です。クモじゃない。
働きアリが餌さがしに出かけるようになりましたか。春だなぁ。
そのうち、もう、レンズを向ける気もしないほど、普通の姿になってしまいますが、今は嬉しい「顔見世」です。

デシベル

「対数」などというものが前の記事で登場しました。数学なんて日常生活には関係ない、と思っていても、地震のエネルギーとマグニチュードなどというところに登場してきてしまいました。
実はもっと身近なところにもあるんですよ。
「ヴェーバー‐フェヒナーの法則」というものがあるのです。何かというと感覚刺激のエネルギーの大きさと、私たちが感じる感覚の強さの間の関係の話なのです。
正確に測定できる量、とはいいにくいのですが

にフェヒナーの法則では

心理的な感覚量は、刺激の強度ではなく、その対数に比例して知覚される。

と言っています。

ね「対数」が出てきてしまいましたね。
よくいわれるのは、音の感覚についてです。やっと聞こえる小さな音からジェット機の轟音など、いろいろな音を私たちは聞きますが、エネルギー量でいうと「桁」が違うのです。
そこで、音響関係で「dB(デシベル)」という言葉をよく聞きます。
ポピュラーなのは「音圧レベル(dB)」です。
Photo
標準音圧に対する音圧の比の対数を取っています。
ということは、音圧が10倍100倍と増えるときに、感覚的には直線的な音圧増加と感じられるということですね。

2010年版の理科年表、物理の部78(428)から引用します。
Db
こんな具合でして、対数で「桁を取り出す」というような操作を、私たちの感覚が行っているのですね。
視覚に対しても、星明かりから浜辺の太陽光まで、エネルギーレベルの広がりは「桁はずれ」に大きいので、感覚としてまともに受け取れず、いろいろと、桁を取り出したり、感度そのものを変えたりして対応しているようですよ。

対数が身近になりましたか?

地震のマグニチュードとエネルギー

◆今年はハイチ、チリと大きな地震が続いています。
新聞記事の中に、マグニチュードとエネルギーの関係について言及している部分を散見します。

2010.2.28
・南米チリをマグニチュード(M)8.8の大地震が襲った。
・世紀前のチリ地震はマグニチュード(M)9.5
・今回の地震のエネルギーは、前回のチリ地震の10分の1以下とみられるが・・・

2010.3.1
・今回の地震の規模はマグニチュード(M)8.8。阪神大震災よりはるかに大きいとはいえ、50年前のチリ地震のM9.5に比べてエネルギーは約10分の1程度だった。
・Mが0.2上がれば地震のエネルギーは約2倍になる。

◆私たちは普通、何かの量のスケールを見ると、「比例」的に見たくなります。
 グラフに表したときに、グラフの原点を通れば正比例ですが、正比例でなくても、直線的なグラフのイメージが最もポピュラーだと思います。つまり、横軸の量の等間隔の変化に対して、縦軸の量も等間隔で変化しているように感じます。
 ところが、上にあげたように、どうも、地震のマグニチュードとエネルギーの関係は直線的ではないらしい。
 新聞などに書いてあれば「そうなんだ」と思うしかありませんが、その仕組みを知っておいてもいいと思うのです。その上で、マスコミにあらわれる数字をみれば、ただ何も分からずに信じ込むよりはよいでしょう。
 そのお手伝いをしたいと思います。

◆2010年版理科年表の地学部134(700)ページには
    4.地震の規模とエネルギーの関係(Gutenberg-Richter)
          logE = 4.8 + 1.5M
             ただし、E:地震波として出されたエネルギー(単位はJ)
こういう記述があります。

ここで「log」というのは常用対数というものです。
数学は嫌だなと、お思いでしょう。深入りする必要はありません。
log10=1
log20=1.3
log30=1.5
・・・
log100=2
log200=2.3
log300=2.5
・・・
log1000=3
log2000=3.3
log3000=3.5
・・・
log10000=4
・・・
あれっと思いませんか?
大雑把な話、logの働きは「桁をとりだす」という働きなのです。

おそらく、高校化学で「pH」というものを学んだと思います。水素イオンの濃度が非常に薄い範囲での濃度を議論したいのですが、いっつも、小数点以下5桁も6桁も下から数字が始まるのはうっとうしい。ですから、何桁目から数字が出てくるのか、という小数点以下の桁を示すことにしたのです。そのためにlogが使われています。

logというのはそんなものだ、と簡単に考えておいてください。
Log1 {log1}
数学的には上の二つの式は全く同じことを表現しています。

◆ここで、ちょっと一連の式を並べておきますが、片目をつぶっておいてください。まともに見なくていいです。
Magnitude
ここでの①式が理科年表に出ていた式です。
これを、上で数学的に同じですよ、といった形に書きかえると②式になります。
10の右肩の上のカッコを開いて、定数部分はこれからの話にはどうでもいいので、Cという文字にしてしまうと③式になります。
地震1と地震2で、エネルギーとマグニチュードをそれぞれ、E1、M1とE2、M2とすると④式、⑤式になります。
地震2のエネルギーは地震1のエネルギーの何倍かを求めるために、E2をE1で割ります。そうすると⑥式になります。

ここで、かなりのことが分かりますね。
M2-M1=1なら、エネルギーは「10の1.5乗倍」ですね。電卓でストレートに求めてもいいです。
10の1.5乗=31.6
マグニチュードが1大きくなると、エネルギーは約30倍になるんですね。
{1.5というのは3÷2ですから、10の1.5乗=(10の3乗)の平方根=√(1000)=31.6とも求まります。}

いちいち電卓をたたくのは面倒なので、⑦式の形でエクセルに計算させてグラフを作ってみました。ご覧ください。
Me1
横軸はマグニチュード(M)の差です。1大きくなるところまでをグラフ化してみました。
縦軸はエネルギー(E)が何倍になるかの数値です。

Mが1増えると、Eは約30倍になる。

Mが0.2増えると、Eが2倍になるのが読み取れますね。記事の「Mが0.2上がれば地震のエネルギーは約2倍になる。」ですね。

Mが0.7増えると、Eが約10倍(11くらいですけれどね)になります。逆にMが0.7少なければエネルギーは約10分の1です。これが、「今回の地震の規模はマグニチュード(M)8.8。阪神大震災よりはるかに大きいとはいえ、50年前のチリ地震のM9.5に比べてエネルギーは約10分の1程度だった」ということです。

「阪神大震災よりはるかに大きい」という部分はどうなっているでしょう。
1995.1.17の阪神大震災のマグニチュードは7.3とされています。
8.8-7.3=1.5
これでは上のグラフからは読み取れませんね。
Me2
このグラフを使って下さい。マグニチュードが2増えるとエネルギーは1000倍になります。
横軸のMの差が1.5だと、縦軸の方は150と200の間にありますね。約200倍といってもいいでしょう。
「200倍」なら確かに「はるかに」大きいですね。


1923.9.1の関東大震災がマグニチュード7.9
2008.5.12の四川の大地震がマグニチュード8.1
2010.1.12のハイチの大地震がマグニチュード7.0
とされています。
どの程度のエネルギー量の違いがあるか、グラフを活用して読み取ってみてください。
グラフをうまく使うと色々な情報を読み取ることができます。

2010年3月 8日 (月)

トクサ

0303tokusa 3月3日。
位置的にはサクランボの鉢のすぐ隣。
日本の在来のトクサではないですね。
草丈が1mを超えるがっしりしたトクサ。
先端の胞子囊が膨らんでいます。胞子を散らすときはもう少し六角形の板状の部分が開きますが、そろそろかもしれません。これは早いやつで、まだ他の胞子囊はあまり見えていません。
これもまた、春。
春分のころになったら、多摩川の土手へでも、ツクシ探しに行ってみましょうか。
天気と元気次第ですが。

サクランボ

0303outou1 3月3日。
もう弾けそう!
0303outou2
実際には細いのですが、こうやってみると、樺(かば)細工にでもできそうな風格。

で、昨日3月7の日曜日。
0307outou1
咲きました!
日曜恒例、ひと泳ぎしてこようか、と玄関を出たら咲いていました。
雨がしとしと降る寒い日でしたが、とうとう咲きました。
0307outou2
一杯写真をとりましたが、整理がついていません。
とりあえず、この2枚だけお目にかけます。
雨に濡れそぼつ白い花、ピンクのつぼみ。
佳い風情ですね。
雨粒もなんだか泡のような存在感に見えます。

なんだか、あわただしくて、取り急ぎご報告のみ、とします。

コダカラソウ

0303kodakarasou3月3日。
少し変化が出たでしょうか。
0303kodakarasou2
ゆるやかな歩みです。
どのようになったら「開花」なのか、分からないまま毎日眺めています。
ま~だだかい?

つぼみ?

0303hotokenoza13月3日。
ホトケノザのつぼみかな?と思うのですが・・・
0303hotokenoza2
茶色いのは葉芽の縁取りだと思います。
0303hotokenoza3
あの口を開いたような花が咲かないのですが。
そのうち咲くのかなぁ。
よくわかりません。
桜桃の木の根元の所に今年生えたので、過去の経験がなくて。
待つとしましょう。

ホソヒラタアブ

0303hosohirataabu13月3日。今日は嬉しい雛祭り(?)
で、ホソヒラタアブさんが登場。久しぶりですねぇ。家の外壁にとまって日光浴。
あたたかくて気持ちいいね。
0303hosohirataabu2 あれ?どうしたのかな?
ご心配なく。翅の手入れです。
手や足をこする動作はよく見る動作ですが、こうやって、翅のお手入れもするんですね。
後脚で翅をこすっているようです。
0303hosohirataabu3
右がすんだら左も。
柔らかくてしなやかなようで、激しいホバリングもできて。
アブに限らず、昆虫の翅って実に優れています。
ヒトがつくった飛行機の羽の「剛直さ」が恥ずかしい気がしてきます。
多分、昆虫にとって空気は結構「ねばっこい」。
で、うまく渦などを作って、その反動などを利用している。
飛行機の羽の上面に渦ができて、空気の流れが翼面からはがれたら失速してしまいます。
飛行に関して、昆虫のまねをすることができるようになるでしょうか?
無理な気もするなぁ。

半減期

3月4日付で、C14による年代測定の話を書きました。
その時に、半減期の考え方を示すつもりでグラフを入れたのですが、どうも面白くないグラフでした。
そのグラフに描きこんだ半減期ごとの矢印というのが、「こんなもんだ」と手で描きこんだものなのです。
グラフ自体は「y=e^x」という形でエクセルに描かせたものです。

「手で描く」なんて気分ワリィ、グラフから自然に読み取れるようにするべきだ、と描き直してみました。
Hangenki1
如何でしょう?
縦軸は最初に存在した量を「1」としてあります。
横軸は時間ですが単位は任意です。
「1単位時間」が半減期になります。

ですから、グラフで1単位時間後=半減期後には、0.5になり、また半減期が経過すると0.25になり、以下、半減期時が経過するごとに0.125、0.0625、0.03125と減っていくことがわかります。
これなら、半減期の経過ごとに、量が半減していく、という感じがつかみやすいのではないでしょうか。

H1
こういうことです。

この一連の流れを見ていただけばわかるように、グラフを描くための式は
H2
これでいいのです。

●ところが、実はうっかりしていて、最初のブログ記事を書いたときは「e」にこだわっていたものですから、エクセルでも「EXP()」という関数を使って描いたのです。で、どうも、うまくなかったのですね。(ちゃんとこだわれば、ちゃんとなったのでしょうが、そこを流したのがいけなかった。)

●さて、半減期ごとに半分になるとして、半減期の10倍ほど時間が経ったらどうなりますか?
H3
1024分の1ですから、約1000分の1まで減ってしまうのですね。
1000分の1というのは、「もうほとんどない」に等しいと考えられます。
Hangenki2
こんな感じになります。

・炭素14の半減期は5730年です。ということは、その10倍=約6万年も経つとほとんど残っていなくて測定できなくなるということになります。
6万年というと、考古学と歴史学の重なり合うあたりでしょうか。
それだけに、C14による年代測定が「人間の歴史」のなかで果たす役割が大きいのです。

・原子炉や原子爆弾に使うウランは、質量数が235のウランです。このU235の半減期は約7億年。
一方、核燃料にならない、質量数が238のウラン(U238)は半減期が約45億年です。
この長さは地球の年齢とほぼ同程度ですので、U238は地球ができた頃のほぼ半分に減ったくらいです。
U235のほうはというと、半減期の6~7倍の時間が経過しています。ですから、最初に存在した量のごくおおざっぱにいって100分の1くらいに減ったのだ、といえますね。

◆ある時間経ったら半分になる、更に同じ時間が経ったら全部なくなってしまう、というのは直線的な、「比例」的なとらえ方。自然の出来事では、次々に半分になっていく、という指数関数的な考え方も必要なのですね。

2010年3月 5日 (金)

エニシダ

0301enisida3月1日。
エニシダが新芽を一杯出しはじめています。
ふと、ウィキペディアを検索したら面白い話が載っていました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%8B%E3%82%B7%E3%83%80%E5%B1%9E

西洋ではエニシダの枝から箒を作った。魔女がまたがって空を飛ぶという箒もエニシダの枝でできているという。

そうなんだぁ、知らなかった。今度、魔女の箒を見たら、エニシダだぁ、と叫ぶことにしましょう。
魔法使いサリーちゃんの箒は何で作ってあったのかな?

アジサイ

0301ajisai写真が3月に入りました。3月1日です。
アジサイの新芽の美しい緑。
狭い日当たりの悪い庭とて、思ったようには花をたくさんつけてくれません。
でもまあ、こうやって、新緑の美しさを十分に見せてくれますから、ありがたいことです。

無人島ひとつ買って。昆虫の食草の植物をいっぱい植えて、無手入れで島一つの生態系を作って、ひたすら眺め暮らせたら極楽でしょうねぇ。
虫と過ごす晩年の日々、なんてあこがれるなぁ。

雨上がり

0227yatude12月27日
ヤツデの実についた雨滴。
こうやってみると、水滴ってずいぶん長く伸びるものですねぇ。
もうちょっとで落ちますね。
0227yatude2
水滴のレンズ。
この実の付け根のあたりが見えているのではないかと思いますが。
こういう画像は撮れるんですが、「一滴虹」は撮れないのです。
またそのうち挑戦してみますが。
「水滴顕微鏡」というのもまだお目にかけたことはないかな。
覚えていれば撮ってみましょう。

クンシラン

0227kunsiran12月27日
クンシランの花芽が顔を覗かせています。
フラッシュを使いましたが、その関係で、芽のあたりだけが光の中に浮かびあがるような雰囲気になりました。いい感じですね。
クンシランとはいうものの、蘭の仲間じゃありません。ヒガンバナ科ですか。
思い立って検索してみたら、クンシランの育て方として、均等に日を当てるために鉢をまわせとか、実をならせると弱るから切ってしまえ、とか書いてありましたが、どちらも全然やってません。
実がなるのが楽しみで、赤い実を愛でております。
いいのかなぁ。
0227kunsiran2
こちらは、もっと幼い芽。
いま顔を出したばかりですね。

すくすく伸びてきれいな花を見せてくれることでしょう。
楽しみにしています。

イチゴ

0227itigo2月27日。
プランターもだんだん賑やかになってきます。
なんとも整ったイチゴの花。
実を食べることはほとんどないのですが、まぁ、いいや。
目を楽しませてくれますから。
今の時期はナメクジなどはいませんので、なめられちゃう、ということはありません。
時期になるとすごいですよ。

ツマグロオオヨコバイ

0225tumaguroooyokobai2月25日。
ツマグロオオヨコバイがヤツデの実のところにつかまっていました。
こころなしか、しがみついている、という風に見えますね。
でも、植物の液を吸っているのです。
{どうしてわかるの?}
お尻から水玉を出して、おとしていましたよ。体内を通過した液ですね。
成虫で越冬して、春になったら繁殖に入るのでしょう。

嬉しくなります。まだ頻繁とはいえませんが、時々、虫さんが姿を見せるようになってきた。
春はいいなぁ。

トキワハゼ

0225tokiwahaze12月25日。
プランターに顔を覗かせていました。
トキワハゼ(常磐黄櫨)です。
ゴマノハグサ科というのだそうです。
同じゴマノハグサ科には、オオイヌノフグリも属しています。
花の感じが全然違いますねぇ。
0225tokiwahaze2
なんだかこう、口を開いた、という感じ。
この感じはシソ科とか、あるいはランの雰囲気にも似ているかな。
とにかく、かわいい花です。
鑑賞用ではないですが、心和みます。

2010年3月 4日 (木)

タネツケバナ

0225tanetukebana12月25日。
足元のプランターに白い花。
なんだろう?典型的な十字花。アブラナ科だね、キミは。
0225tanetukebana3
この姿を見て、あっ去年も見た!と思い出しました。
左の細長いのが「実」なんですね。まだ未熟ですが。
タネツケバナでした。思い出せてよかった。
この実が熟して、下から巻き上がるようにして種子を飛ばします。
雑草図鑑によると「かつては種籾を水に漬けて苗作りの準備に入るころ咲くというのでついた名」とありました。
0225tanetukebana2
オシベが6本、4本が長い、というやつです。
アブラナの花と、色こそ違えそっくりですね。

こういうシンプルな花、好きだなぁ。

プリムラ・ポリアンサ

0225primulapolyantha1
娘が買ってきてくれて、室内で楽しんでいます。「ハイブリッド・ポリアンサ」と書いてありますから、何か園芸種としてかけあわせた品種なのでしょう。
サクラソウ科=プリムラ(primula)なのですね。植物の分類は苦手だ。
このところ東京は天候不順で雨や曇りの日が続きます。
鉢を日に当ててやりたいのですが、ままなりません。天気予報ではまだこんな空が続きそう。
春の日光に一緒に日向ぼっこしたいものです。
0225primulapolyantha2
どうしても、花の中が見たい。
オシベ・メシベの姿が見たい。
見えました。それだけなんですが、なんだか「納得」。

クロッカス

0225crocus12月25日。
クロッカスの花が最盛期、でしょうか。
0225crocu2
この場所は、ものすごく日当たりが良い、という場所ではありませんが、頑張っています。
0227crocus_rail 2月27日。
線路際でクロッカス発見。
どこに植えたものやら分からなくなっていましたが、ありました。
この蕾が「ここだよ」といっています。
この場所の方が日当たりとしてはずっと良いのですが、花は遅れました。どうしてかな。
色の違う花は見当たりません。植えたはずなんだけど。

1月の末から我が家の周辺では水道工事が続いていて、もう1カ月を超えました。もうそろそろ終わりが見えてきたようですが、心理的な閉塞感に少々疲れを感じています。
この水道工事が終われば、暖かい日には保育園の子どものお散歩隊も頻繁にやってくるでしょう。あれはいい。あのにぎやかな声が家の前に響くと、心がほかほかして、浮き浮きします。最後は誰かが泣いちゃって、帰ろうかぁ、となるんですけどね。たいていは。
2階から眺めているのも楽しいものです。
線路際に植えた花など摘んだりしていいので、楽しんでほしいと思っています。

世界最低気温

3月3日付の朝日新聞「南極豆たんけん」で中山記者が世界最低気温について書いています。

南極大陸の内陸部、標高3810mにある日本のドームふじ基地では1996年5月と97年7月に零下79.7度を記録
世界最低気温は、3488mにあるロシアのボストーク基地で、83年7月に記録した零下89.2度
北極だと、シベリア東部にあるロシアのオイミャコンで、零下71.2度の記録

寒いですね。水銀が凍ってしまいます(融点 -38.8℃)。アンモニアを発生させると気体ではなく液体になってしまいますね。(沸点 -33.48℃)
その理由として中山さんはこう書いています。

南極は内陸ほど標高が高く、大陸を覆う氷も厚くなり、氷が冷やす役割を担います。真っ白な雪や氷が太陽の日差しを反射して、土の地面のように太陽からの熱をためられないのも寒い理由です。

北極点は北極海の中ですよね。水は凍るときに熱を出します。ですから、海が凍ると熱を出すのです。ですから大地のど真ん中のようには冷えない。
土が冷えるには限度がない。だから、北極での最低気温も、シベリアという大地の上での記録です。
南極は大陸。水が凍るときの潜熱の放出が期待できませんね。まったく、冷えっぱなしです。
こんなことも、南極の方が寒い理由の一つになるだろうと思います。

◆この「南極豆たんけん」という連載の第1回目は「氷山はしょっぱい?」というものでした。
(2月21日付でした。)
氷山はしょっぱくない。「南極大陸に降り積もった雪が氷となり、海に押し流されたものだからです」という解説がなされていました。

 その論理だと、海水が凍った北極の氷はしょっぱいのでしょうか?

冷凍庫にブリックパック入りのジュースを入れて凍らせてみてください。(ガラス容器のジュースはダメですよ~。凍るときの体積膨張で瓶が割れてしまいますから)。
全面的に凍るまえに取り出してみましょう。凍るときの体積膨張でパックが膨らんでいます。ハサミでパックを切り開くと、外側が凍っていて、中央付近に凍りきっていないジュースがあります。

さて、食べて見ましょう。

ジュースはすごく濃縮されています。
氷はあんまりジュースの味がしません。

ジュースの中の水が凍る時、氷の構造の中に他の物質を取り込まないのですよ。
ですから、単一の氷の結晶についていえば、単なる水の氷です。
ただ、あちこちで、氷が成長し、隣の結晶とくっつく時に、その間にジュースを閉じこめてしまうことはありますね。だから、氷全体としてかじると、ジュースの味が少しはするかもしれませんが、薄~い味のはずです。
氷から取り残されたジュースは中央付近に濃縮されてしまいます。

北極の氷山も、氷の部分はしょっぱくないはずです。
ただ、海水を氷の結晶の間に取り込んでしまった部分があればしょっぱいかもしれませんね。

北極の氷山も(そう)しょっぱくはないはずです。
いかがでしょう?納得していただけましたか?

放射性炭素年代測定法

2月28日の朝日新聞に小さな広告が載っていました。

原子力ノート:歴史の謎を解く放射線。◎今年2010年は平城京遷都から1300年。歴史への関心が高まっています。歴史といえば年代測定にも力を発揮するのが放射線。遺物に付着した炭素14を調べることで、いつの時代の物かを特定できます。
   日本原子力文化振興財団

◆この記事の内容を解説したいと思います。

◆この記事に述べられているのは「放射性炭素年代測定法」というものです。
高校の化学で習いますが、炭素(C)というのは原子核に陽子が6個ある原子のグループです。原子核には陽子だけではなく、中性子もあって、強い力で原子核がばらけないように結び付けています。
炭素の場合、中性子が6個の原子と、中性子が7個の原子核は安定です。この場合、陽子の数と中性子の数を足した「質量数」は12と13になりますので、「炭素12」「炭素13」と呼びます。
自然界では炭素12が98.93%、炭素13が1.07%の割合で存在しています。
これらは「安定同位体」ですから、放射線を出したりはしません。

◆では、放射性炭素ってなんでしょう?
地球には宇宙から宇宙線が降り注いでいます。大気上層部で宇宙線から生じる中性子(n)が大気中の窒素原子(N)の原子核にぶつかると原子核の反応が起こります。(式は省略しますが)その結果、陽子6個+中性子8個からなる原子核が生まれます。陽子が6個ありますので、これは炭素です。陽子と中性子の個数の和が14ですので質量数14の炭素=炭素14ができたことになります。
ところが、炭素14の原子核は不安定で、時々壊れるのですね。
原子核内の中性子がマイナスの電気を持つ電子を放出して陽子に変わるのです。
放出された電子を「ベータ(β)線」といいますので、このような壊れ方を「ベータ崩壊」といいます。
ベータ線という放射線を出す炭素なので「放射性炭素」というのですね。

電子が出ていったあとの原子核はというと、中性子が1個減って7個、陽子が1個増えて7個、合わせて質量数14は変わらずです。陽子が7個ある原子核を持つグループは「窒素(N)」です。ですから、炭素14がベータ崩壊して、窒素14ができたのですね。この窒素14は安定ですから、もう壊れません。

◆さて、炭素14は炭素であることに間違いはないので、二酸化炭素になります。二酸化炭素(14)と書いておきますね。
大気上層部で生じた二酸化炭素(14)は大気中に拡散します。
すると、大気中での炭素14の濃度はどうなるでしょう?
大気上層からは絶えず宇宙線で作られた二酸化炭素(14)として供給され、不安定なために壊れて窒素14として消えていきます。長い時間の中で、供給と消滅が釣り合うと、大気中での炭素14の量はほぼ一定になると考えられるのです。(厳密には必ずしも一定ではないので、補正が必要になりますが。)

◆さて、炭素14は二酸化炭素(14)という形で空気中に存在していますから、植物が光合成をするときに、この二酸化炭素(14)も一緒に使われることになります。光合成でグルコースとして固定されてしまうと、もうあらたにグルコース中の炭素に炭素14が入って来ることはなくなりますから、グルコース中の炭素14は減る一方になります。食物連鎖で、動物は植物がつくったグルコースを食べますので、動物体内の炭素原子も炭素14を含むことになります。光合成以降動物が食べるまでの時間は短いですから、動物の体内の炭素14は、空気中の炭素14濃度とほぼ等しいとして差し支えはないでしょう。食べては排泄し、生きている間、動物体内の炭素14は一定です。ところが動植物が死ぬと、それ以降、炭素14は全く供給されなくなりますので、減る一方になります。
もし、この減り方に規則性があるなら、遺跡から発掘された「炭素を含む試料」中に残っている炭素14と炭素12の割合がわかれば、死んでから経過した時間がわかることになります。これが「放射性炭素による年代測定」というものです。

◆では、炭素14の減り方には規則性があるのか?
あるんですね。
放射線を出して壊れる原子核の集団を考えます。
この集団での原子の壊れる速さは、その集団の原子の個数に比例するのです。
こんなふうに書かれます。
Speed
ある量の変化のスピードがその量の現在の大きさに比例する、というできごとは自然界でいろいろありまして、そのとき、その量は指数関数で表されることになります。
Speed2
こうなります。

図を見てください。こんな感じの減り方になります。
Hangenki
で、出だしの個数をNとしたとき、ある一定時間Tだけ経過すると個数が半分になります。
また同じ時間Tが経過すると、また半分になります。
{以下同文}

このような、ある時間Tが経過すると、その時間のはじまりの時の量の半分になる、という時間Tを「半減期」といいます。

炭素14の場合、半減期は5730年です。
ですから、ある生物が死んでから5730年後には、炭素14は半分になります。
11460年後には最初の4分の1になるのです。
この規則性があるので、炭素14を歴史的な時計に使えるわけです。

{注意:原子1個だけがあった場合に、半減期の時間が経過した時にその1個の原子がどうなるかは全く分かりません。この出来事は原子の大集団についてのみいえることです。}

◆さて、残っている炭素14の量を知りたいのですがどうしたらよいでしょう?
1:残っている炭素14が壊れるのを待って、そのサインをとらえる。
2:残っている炭素14を数える。

(1)の方法が在来の方法です。炭素14が壊れるときにはベータ線を出しますので、このベータ線をとらえて、単位時間に何個壊れるかをカウントすると、壊れるスピードがわかって、炭素14の量がわかるという考え方です。
 ただこの方法では、出てくるベータ線の数が少ないので、試料がたくさん必要→歴史的価値のある遺物を壊すことになる。
 時間がかかる。
 誤差が大きい。
 といった欠点がありますが、かつてはこの方法しかありませんでした。

 ベータ線をはかるので「ベータ線計測法」といいます。
 冒頭の記事に書かれていたのはこの方法のことです。

(2)の方法が発展してきています。
 試料中の炭素原子をイオン化します。
 イオンは電気を持つ粒ですから、電圧をかけて加速します。
 加速したイオンの流れを磁場の中に入れるとイオンの運動方向が曲げられます。
 このとき、質量の大きいイオンは曲がりにくく、質量の小さいイオンは大きく曲げられます。
{ブラウン管テレビで、電子銃から電子を放出し、コイルの磁場で電子の流れを曲げて、ブラウン管の面に画像を描いたのと、原理的に同じです。}

 これが「質量分析」という方法です。
 この方法ですと、原子の数をカウントできるので、試料はごくわずかでよくなり、歴史的な遺物を壊さずに済みます。
 また、計測に必要な時間も短く、精度も高くなります。
 「加速」して「質量分析」するので、「加速器質量分析法」といいます。Accelerator Mass Spectrometry=AMSといいます。
 考古学の話でAMSという言葉が出てきたらこの方法です。

従来のベータ線計測法とAMSが、今、併存していて、その結果の解釈などに議論が交わされているようです。

◆具体的な歴史・考古学の話には立ち入りません。
 最初に掲げた、「原子力ノート」という小さな広告をきちんと理解していただきたいと思いました。
 広告は、「放射線」といってもこわくありませんよ、歴史研究にも使うくらいですから、と言いたいのでしょう。
 まあ、いいですけれどね。むやみに放射線・放射能を怖がる必要はない。
 かといって、身近にあって有用なものです、ということで原子力利用は怖くありませんという宣伝に乗るつもりもない。
 原子力は未完成技術。廃棄物の処理もまだできずにいる。さらに、そこへ人間の権力欲なども絡んで、決して明るい未来を保証する技術とはいえない、と私は考えています。

感情的にならず、冷徹に理解しましょう。
そのお手伝いをしたいと思いました。

2010年3月 3日 (水)

みゃ~

今日もきっと猫の日に違いない。
3月3日。「みゃ~みゃ~」の日だもんっ。
0303
これは気づいてすぐ撮って、うまくいったのですが・・・

03034
構えていたら、外でやっている水道工事で、一瞬大きな音がして、その一瞬、気を取られて。
1秒しくじりました。ごあいきょう。

弥生三月猫日和。
きょうはとても暖か。
年がら年中、猫の日です。

アリグモの仲間

0225arigumo12月25日撮影。
アリグモの仲間です。
玄関ドア脇の壁。
久しぶりだねぇ。
0225arigumo2
こういう顔を眺めていると、心和みますね。
クモや昆虫の姿が少なくって、つまらない。
そろそろ出ておいで。
はるだよ~。

コダカラソウ

0222kodakarasou2月22日撮影。
ゆっくりですねぇ。コダカラソウのつぼみ。
0227kodakarasou1 5日後。27日。
少し状況に変化が見えてきたような気がします。
0227kodakarasou2
開き始めたような。
中に花弁があるのだと思いますが、それが見え始めたような。
ゆっくり、ゆっくり、急ぐべきことなどなにもない。

雪降る海

2010.3.1付 朝日俳壇より

潜水夫雪降る海に浮上せり:(大阪市)秋田隆治

まるっきり、的外れな思い出話。
海で泳ぎまくっておりました。
ふと気付づくと、雨。それも豪雨。
海水の中にいて、全身濡れているわけですが、なんだか頭にかかる雨が気になって、雨を払い拭う動作をして、で、自分で笑ってしまった。

寒い海から浮上して、海面に頭を出してみれば、雪。
多分、かなり、妙な気分がするのではないかと想像するものです。

鍵束軽し

2010.3.1付 朝日俳壇より

退職の鍵束軽し西行忌:(東京都)佐瀬はま代
 大串章 評:「鍵束軽し」は具体的であると共に比喩的でもある。武士から僧へ転身した西行の心意を思う。

そう、私の場合でいえば、化学準備室の鍵、ロッカーの鍵など、いろいろ職業的な鍵がありましたね。今は「家」にかかわる鍵だけ。軽くなった、音もしなくなった。
いろいろの関わりが消えたということの象徴なんですね。

鎧を脱ぎ、ひとりのむき出しの人間として、人生のまとめに向かいましょうか。
僧という衣も脱いでしまったほうが、よろしい。
日本の仏教は、衣の色で「位」分けしたりして。仏教じゃないよなぁ、それ。

受験子

2010.3.1付 朝日俳壇より

受験子の崩れるごとく眠りけり:(下関市)藤原和三

 大串章 評:「崩れるごとく」に迫力がある。ひたすら受験勉強に励む学生の姿が思い浮かぶ。

全部かどうかは分かりませんが、まずは一校、受験してきて、どっと疲れて眠りこんだのではないでしょうか。
強い解放感を読み取りたいのですが。

追儺豆

2010.3.1付 朝日俳壇より

降り積もる雪に沈みぬ追儺豆:(東京都)吉田邦幸

真っ白な雪のなだらかな表面に、穴が開いているのですね。
おや、っとおもえば、そうか豆が沈んだか、と。
面白いものを発見なさいました。経験はありませんが光景が浮かぶようです。

◆別件
冷蔵庫で作った氷の滑らかな面に、塩の粒をぱらぱらっと撒いてみてください。
塩の粒のところだけ氷が解けて、氷に細い穴が開きますよ。これ、何だか面白い。
で、口に含むと、ざらざらの触感と、塩味が、妙に「おいしい」。
おためしあれ。

ひとりよりふたり

2010.3.1付 朝日俳壇より

ひとりよりふたりの方が水温む:(大阪市)大塚俊雄

 長谷川櫂 評:二人でいる方が何ごとも楽しく思える。人の心とはつくづく不思議なものだ。

あたりまえじゃないですか。人と人の間で心は育まれるのですから。
ひとりじゃさむい。

尿瓶

2010.3.1付 朝日俳壇より

形見分けの父の尿瓶に目高飼う:(東京都)鈴木ひさお

 金子兜太 評:「尿瓶」は句材料としても活用の幅広し。

そう言われてもなぁ。

若きとはしびんにあふるる尿の量:崩彦

大体、一回の排尿でどの程度の量が出るものか、尿瓶ではかって「研究」したことはありますが。
もう年だ。昔のような豪快なオシッコはでませんわ。しょぼしょぼだぁ。

春耕

2010.3.1付 朝日俳壇より

春耕や未だ手放せぬ工学書:(浜松市)大城信昭

句の解釈がうまく定まりません。作者の状況がつかめない。
深読みすれば、退職して、春の農作業などにいそしめるようになったが、いまもって、現役時代の「工学書」からも離れられずにいる。ということかなぁ。

私でいえば、退職してブログ書きなどで遊ぶようになったけれど、いまだ、「教師眼」が抜けず、理数系の本ばかり読んで楽しんでいる、と。

そんなふうに読んでみましたが、ちがったらごめんなさい。

朝寝

2010.3.1付 朝日俳壇より

堂堂の朝寝に病癒えにけり:(さいたま市)齋藤紀子

 金子兜太 評:「堂堂」の語や嬉し。

体の中に不具合を抱えると、よくまあ、と自分でもあきれるほど眠ってしまう。
一方で、長時間の熟睡にはむしろ体力が必要です。
ぐっすりと眠りこんで、気持ちよい目ざめを迎えるには、十分な体力が回復してこないとならない。
気持ちの良い朝寝をした、体調がいいぞぉ、と。
それが「堂々」というものでしょう。

蝌蚪

2010.3.1付 朝日俳壇より

泡だちて孵化の近づく蝌蚪の水:(洲本市)高田菲路

 稲畑汀子 評:蝌蚪が孵化するきざしが水の流れに変化をもたらした。

「蝌蚪」って好きな言葉ではありません。短い詩形の中で、使いやすい便利な言葉だろうとは思いますが、あまりにも「生きた言葉」から離れてしまっているように思います。俳句の中でだけ通じる言葉になっていませんか?
そうはいってもなぁ、オタマジャクシじゃ長すぎるし、オタマじゃ変か?

なんとなく水が温んで、なんとなく生臭いような気分が「泡立ちて」のなかに漂っていて、おみごとですね。

私の偏ったイメージかな、カエルの卵はあまり速い水の流れには産みつけられない。
ゆったりした水の移動、といった感じのながれか、池などの静水、という感じを持っています。

ですから、「水の流れに変化をもたらした」というよりは、いのちの誕生へ向かうある種の生臭さが感じられる、と読みたいのです。

ヨイトマケ

2010.3.1付 朝日歌壇より

たんでんを震わせ歌う美輪明宏地響きのようなヨイトマケの唄:(高崎市)小澤嘉子

 高野公彦 評:丹田(下腹)を震わせ、という把握で、美輪明宏の特徴を巧みに表現している。

「ヨイトマケ」を実際に見て知っているのは、どのくらいの年代まででしょうか。
私、1948年生まれ、はよく知っています。
建築現場で、地面をつき固めるとか、杭打ちをする作業です。
高い塔のてっぺんに滑車がついていて、ロープを介して重い「槌」をみんなで一斉に引き上げるのですね。で、ロープを放して、上がった槌を落下させ、杭を打つ。

そうして、美輪明宏がこの歌を歌ったこと自体も、テレビで見ていました。私にとって同時代の歌です。どこかに「呪詛性」をはらむ歌ですね。
ですが、最近どうのこうのというのは全然接していません。

無言の春

2010.3.1付 朝日歌壇より

子を生(な)して我を助けて働いて無言の春に頭撫でやる:(豊田市)永田政格

 高野公彦 評:物言わぬ妻をいたわりながら、来し方を振り返る。妻への感謝と情愛に満ちた作。

老いの坂道のきわまるあたり、あるいは、いのちの営みのきわまるあたり。
ものもいえなくなった「妻」をいとおしむ。
手のひらに髪を感じ、髪の豊かだった頃の二人の日々をよみがえらせ
おそらくは両のてのひらに、妻のほほを包み込んで、豊かなりし頃を感じとる。

いと おしい。

何かをさがしている

2010.3.1付 朝日歌壇より

ポケットの多すぎるかばん持ちあるきいつも何かをさがしている俺:(藤沢市)坪井睦彦

井上陽水の「夢の中へ」は衝撃的でしたね。1973年かな。
アルバム「氷の世界」には入ってなかったですよね。あのアルバム、擦り切れるほど聞きましたっけ。

探しものは何ですか?見つけにくいものですか?カバンの中もつくえの中も 探したけれど見つからないのに まだまだ探す気ですか? ・・・

落合恵子さんは最近のエッセイで「深追いしない」とおっしゃっていました。
年齢を重ねました。よくわかります。

マッチ

2010.3.1付 朝日歌壇より

うつし世の闇深ければきこえけり寺山修司のマッチ擦る音:(川口市)岡田正子

短歌に親しまれる方ならどなたでもご存じだと思うのですが、老爺心で余計なことを

マッチ擦るつかのまの海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

こういう短歌を踏んでおられます。

◆とりとめもないことを。
日本の国歌が、五つの赤い風船が歌った(1969年でしたか)「遠い世界に」だったらいいのになぁ。
1969年ウッドストックで、ジミ・ヘンドリックスの「星条旗よ永遠なれ」の、ものすごい演奏があって、鳥肌が立つような思いで聴きましたっけ。
1969年。私、21歳でした。

父の青空

2010.3.1付 朝日歌壇より

新潟に生まれ台北、水戸、博多、伯林に逝きし父の青空:(ドイツ)西田リーバウ望東子
 馬場あき子 評:新潟からベルリンまでの転々の父の足跡を顧みつつその人生を偲ぶ。結局ベルリンの墓に眠る父、そしてベルリンに骨を埋めるであろう作者。読者としては知り得ぬ二代の人生だが感慨は深い。

「感慨は深い」ということ自体は理解します。その巡り合わせの不思議さ、人生というものの不思議さ、「ふっ」という息と思い。
そういうことがわからないほど鈍感でもないのですが。
完全に添いきれないものが私には残る。

故郷への執着、母国への執着、そういうものが「人間の心」から消えることがあったら、世界の「たたかい」は、「たたかいに発するふしあわせ」は、きっとほとんど消滅していくのだろうにな、と。

2月27日付の朝日新聞に上智大学名誉教授のアリフォンス・デーケンさんのお話がありました。

 私のふるさとは、北ドイツのエムステックという小さな町です。・・・(中略)・・・
 そんな父や母、白血病のため4歳で亡くなった妹の墓は、エムステックにあります。でも、私は日本に骨を埋めるつもりです。来日して51年。この国を愛していますから。
 ふるさとへのロマンチックな里心はあまり感じません。地理上の場所というよりも、心の中の宝物なのです。
 エムステックは、今の私をつくったルーツ。つらいこともありました。しかし振り返ってみれば、温かい両親ときょうだいの楽しい思い出に満ちています。

「場所」への執着ではなく、心の中の思いへの愛。それが故郷ではないでしょうか。
この地球に生まれ、この地球に還る。地球こそわが墓標、でいいのではないですか?

私たち夫婦に発する命の出だしに立ち会えたのは幸せ。彼らがどこでどのように生きようと、それは彼らの人生。なんら執着する気はありません。
いずれ、この地球に生きて還るだけですから。

一青窈さんは、成長を続ける人です。また、大きく自分を変えようとしています。
「うんと幸せ」という最近の歌を聴いて、心が震えました。

・・・
同じ土に還るまでのすべて
それを幸せという
うんとしあわせな日々よ

すごい歌に出会うことができて、私はうんと幸せです。

2010年3月 2日 (火)

硫黄の匂ふ

2010.3.1付 朝日歌壇より
雪雲の那須連山を覆ひきて殺生石に硫黄の匂ふ:(須賀川市)布川澄夫

また、かかしめが身も蓋もないことをいう、と嗤ってください。
元化学教師としては「硫黄は匂わない」ということを、ず~っと言い続けてきたものですから。
硫黄の粉末の瓶のふたを開けると、かすかにツンとした感じがあるのですが、普通にいう「硫黄のにおい」ではないのです。普通に「硫黄の匂い」といいならされているのは「硫化水素の匂い」なのです。
理科支援員として行った小学校で、硫黄の黄色い大きな結晶を見せたら、案の定、これ匂う?と聞かれました。いや、硫黄は匂わないんだよ、と答えました。
「硫化水素の匂い」では歌にはならなくて申し訳ないことを言いました。スミマセン。
「殺生石」も授業でいつも話していました。
石の陰に、空気より密度の大きい硫化水素ガスがたまってね、そこに入り込んだ動物が死んで白骨化したんだね。それを見た昔の人が、この石には動物を殺す不思議な力がある、と考えて、殺生石となづけたのだ、というようなことを授業で話ましたっけ。

いくつかの毒ガスについては、そのにおいなどを知っておくと「生き延びる力」になるかもしれない、と私などは思います。死なない程度の濃度で、毒ガスの匂いを知っておくことはよいことだと思うのですが、最近は、毒ガスの匂いを生徒に嗅がせるなど、もってのほかだという非難を食らうことになってしまったようです。
硫化水素、塩素、塩化水素、アンモニア、二酸化硫黄、二酸化窒素・・・
みんな有毒です。そのにおいを知っていれば、ある程度の対処法がわかります。
知らないものだから、なんでもかんでも「異臭」と片づけて、ただひたすらに怖がるだけ。生き延びる力が衰弱しているような気がします。

◆脱線ついでに。
硫化水素の匂いのことを「卵が腐ったようなにおい」と表現するのですが、果たしてどれだけの人が「卵を腐らせた経験」があるのでしょう?
冷蔵庫などない時代に育った私などは別として。
今は、腐った卵なんて誰も知らないのでしょうね。
何年か前、ある小学生が、卵の腐った匂い、と言う話を聞いて、本当に卵を腐らせてみた、という小さな記事を見たように記憶します。
実に偉い子です。やってみなくちゃ分からないよね。これ、ほんとうに自然科学的な態度です。感動しました。

卵の黄身には硫黄を含むたんぱく質多いのです。そこで、卵を固ゆでにすると、たんぱく質が分解して、硫化水素臭がするようになるのです。固ゆでの茹で卵の匂いです。
銅の鍋で卵黄を泡たて器でこするようにかくはんすると、銅と硫黄が反応して硫化銅ができます。ほんのわずかですが。硫化銅は少量なら青っぽいので、卵黄をたてたのに、青っぽくなてしまった、というような思いがけない「事故」がおこったら、こういうわけだと了解して下さい。アルミ鍋やステンレスなべでやれば大丈夫です。

2010.3.1付 朝日歌壇より
柩すら積むこと知れば窓の灯が雪にますます輝く客船:(横浜市)飯島幹也
 永田和宏 評:なるほどと驚くが確かに柩は必要なのだろう。

読んで最初、とまどいました。客船の大きさについて考えがなかったものですから。
小さな客船が、柩を積んで遺体をお送るすることもあるだろうな、そういうことなのかな、と初めは思ったのです。

作者の住所を歌の鑑賞に含めるのは邪道ですか?
確か、今年の2月に横浜港にクイーン・メリー2が入港したと覚えています。
そういう大きな客船の長い航海の途中には、お客様がなくなられるというような不時のできごとも全くないとは言い切れない。そのようなときに、亡骸をきちっとしかるべきところまで保存し、お送りすることが出来なければならない。そういうことなのかな、と思い至りました。

そのような備えがあることを作者は知って、客船の窓の輝きがまた異なったものに見えた、というように読んでよいですか?

真冬日

2010.3.1付 朝日歌壇より
真冬日に手袋忘れるはずがない置いてきたんだ手をつなぐため:(名古屋市)山口朋美
 永田和宏 評:臆することなく迸る弾むような恋の思い。

ごめんなさい。いちゃもんみたいな感想になります。詞書でもあって、北海道の○○にて、というような出来事なのでしょうか。
名古屋で「真冬日」はおそらくないだろう。「真冬日」という気象用語があって、それは最高気温が0℃を超えない日のことです。気象用語として使われるものですから、気になります。
もし、気象用語としての意味を含ませていないのなら
「真冬の日手袋忘れるはずがない・・・」というほうが紛れがなくていい気がしました。

木のいっぽん

2010.3.1付 恋する大人の短歌教室 より
{応募作}
境内の木のいっぽんになってゆく君のかたちを見送っている:(神奈川)中村 文

 『万葉集』に「松の木(け)の並(な)みたる見れば家人(いはびと)のわれを見送ると立たりしもころ」という防人歌がありますが、その着眼を反転させて現代に引き継いだような歌です。シュールレアリスム風と言うか、不思議な雰囲気の一首でもありますね。神社か寺院かは分かりませんが、樹木が多くて広大なその境内を遠ざかってゆくのは、恋人なのでしょう。後ろ影がおぼろになり、やがて木立と区別がつかなくなってしまう。そこを「木のいっぽんになってゆく」と大胆かつストレートに表現したところが、心憎い。「君のかたち」というとらえ方も、突き放したような結句も、効果的です。冬枯れの木立を想像するか、緑豊かな木々を思い浮かべるか、読者次第で恋人たちの関係にも異なる見方が出て来るでしょう。そこもまた、面白いところです。
 文字遣いも含め、どこにも手を加える必要はありませんが、強いて一語を差し替え、場所を東京の明治神宮外苑に特定して見ました。一種の変奏と考えてください。

{添削後}
外苑の木のいっぽんになってゆく君のかたちを見送っている
----------------------------------------------------------------
 さてさて、とうとう、添削しなくてもいいものに、手を加えてしまわれた。
御自身でも「一種の変奏」とおっしゃっています。
ならば、こういう形にせずに、「頂いた短歌が私の中に惹き起したイメージ。それは明治神宮外苑の木なのであった」くらいのことを、最後に書きくわえれば済むことではないでしょうか。
「強いて差し替え」る必要はなかったでしょう。

私は外苑を歩いたことは一回か二回くらい、それも大昔。あとは自動車で外苑を走り抜けることはずいぶんたくさん。
イメージとしては、「並木」ですね。とくに秋のイチョウの黄葉がとてつもなく美しかった。
この歌、「並木」にはそぐわない気がしています。あの並木道を遠ざかってゆく「君」が、一本の木になるにはずいぶん遠くまで行ってしまってからのような気がする。

「境内」というようにすれば、それが読者に喚起するイメージは多様になってしまうかもしれませんが、そうとんでもなく広い空間にはならないような気がする。
その中で、「君」が一本の木になるとき、呼べばまだ声は聞こえるし、振り返ってくれるかもしれないし、そこから再び何かが始まるかもしれない。そういう距離感を孕んでいるように思えるのです。
でも、声をかけずに「見送っている」。
そこには「声をかけない」という意志が読みとれる。
別れを決意した、心の姿が見える。

妙な「限定」を勝手につけないでください。
作者が読者に任せたことは、読者が引き受けます。
読者が読みとることによって、作品は完成する。
芸術作品は「作品単独」で完成するものではないと思っています。鑑賞者との関わりの中で完成する。だから、作品を鑑賞するという行為は、芸術的な行為なのです。その覚悟なしで、「権威者」の解説にたよって作品を見るならば、それはもう芸術ではないと考えています。
エライさんの解説に頼らない、自分自身で作品と対決しようと、自分に言い聞かせる私です。

◆ところで、たまたま2月26日の「ナカニシ先生の万葉こども塾」というコラムで上の防人歌が紹介・解説されていましたので、あわせてご紹介しましょう。

松の木に誓う 無事の帰宅:2010年2月26日

松の木(け)の 並(な)みたる見れば
家人(いわびと)の われを見送ると 立たりしもころ

        巻二十の四三七五番、物部真島(もののべのましま)の歌

道沿いの松並木を見ると、家の人が見送ろうと立っていたのと同じだ

 防人となって九州に出かける若者は、途中、松並木の道にとおりかかりました。そこで作者は即興の歌をよんだのです。「見ろ見ろ、見送りの人みたいだぞ」と。
 たしかに並んでいる松は人の行列のようです。
 じつはこの時代、松を人に見立てる習慣がありました。松が人間だったら大刀をあげようなどと歌うほどです。
 だから松はすぐ家の人を連想させたのですが、それが見送ってくれた最後の行列とは、切ないですね。
 作者はこの時、マツが「待つ」と同じ発音だと気づいて、心の中で大声で叫びました。「帰りを待っていてくれる!」。この歌にはそんな思いもこめました。
 防人はほとんど帰れませんでしたが、彼らはいつも前向きです。とくにこの作者は十人の兵を部下にもっていました。春たけなわ、旧暦二月の旅だったと記録は伝えています。
(奈良県立万葉文化館長・中西進)

触媒

 3月1日付の朝日新聞の記事に(元理科教師として)面白い記述を見つけました。
記事のタイトルは「15歳 存在自体が戦力」という今回の冬季オリンピックに関する記事です。編集委員の西村さんという方が執筆しておられます。

 私自身はオリンピックの大騒ぎというものが鬱陶しくって、一切中継など見ませんでしたが、新聞記事の見出しなどを通じて、おおよその事態の進行は把握しています。
この記事は、15歳のスケーターの話。一部だけ抜き出します。

 しかし、高木は重要な戦力だったのだ。昨年12月の選考会。1500mに勝利し、シンデレラのようなデビューを果たし、五輪代表に選ばれた。先輩3人の気持ちは複雑だった。高木が団体追い抜きに出たら、自分が出られなくなる可能性があった。
 高木はチームの「触媒」となったのだろう。高木がいなければ、この好成績はなかったかもしれない。試合後、3人が銀メダルを15歳の少女にかけたのは、そんな意味合いがあった。

 ここに「触媒」という言葉が出てきました。彼女自身は競技に出場できなかったが、その存在が先輩たちの気持ちに火をつけた、それを、化学でいう「触媒」にたとえたのですね。
 高校で化学を学んだ方はこんな言い方で学んだと思います。

自身は反応の前後で変化しないが、少量でも化学反応の速さを著しく大きくする物質を触媒という。

さて、西村さん、ここまで書いて、はたと思った。

「触媒」というのは適当ではないかもしれない。高木自身の中でも、化学変化が起きていた。「自分はまだメダリストにならなくてよかった。ソチ五輪につながるのかなと思う」。五輪への思いが強くなった。

 触媒は反応の前後で変化しないものなのに、高木さんはオリンピックの前後で、この試合の前後で、自分自身が変化してしまったぞ、成長してしまったぞ、とね。
 いや、元高校教師としては、「ニヤッ」ですね。

西村さんの文章に「○」あげます。配点の、満点あげます。触媒の定義をよく理解していた、とね。

単なる例え話ですから、まあ、どうでもいいのですけれどね。西村さんという方は、きっと、少なくとも高校の化学はとてもよく理解しておられるにちがいない、と、全然違うことを脳裏に浮かべながら読んだ私なのでした。

しょうもない人ですねぇ、私って。何見てるんだろう?

2010年3月 1日 (月)

この木何の木?

0222humei1
モンパルで散歩に出たら、こんな木がありました。
シルエットが実にきれい。いいなぁ、と、モンパルを止めて写真を撮ろうとしたら、年配の女性に話しかけられ、長話。どうも、私は話しかけられやすいらしい。
終わって、行き過ぎ、しばらくして戻って撮影。
きっと、樹木に詳しい人なら、この樹形だけで、わかるのでしょうね。
私はだめ。
0222humei2
ふと、五重塔のてっぺんの水煙を思い浮かべました。
高い木で、どうしても空を背景に逆光になります。
形としてはこれで良いのですが、逆光じゃなく撮りたい。
0222humei3
頑張って、こんなショットが撮れました。
あんまり頑張りすぎると、不審者になりそうですので、このくらいで我慢。

これ、なんという木でしょうか?

ゴキブリ

0222gokiburi苦手な方は拡大しないでください。
2月22日、庭の土の上で倒れていました。ちょん、とつっついてみましたが、死んでいました。クロゴキブリの成虫ですね。
おそらく床下かどこかで生きていたのが、出てきて死んだのでしょうが、どうして出てきてしまったのかなぁ?
暖かい場所でもう少し我慢していれば春が来たのに。
なんだか、哀れを催してしまいました。
束の間の暖かさにつられて出てきて、行き倒れたか。
猫に見つかって、これなんだ?ぺちょ、と押されてしまったか。

なんだかなぁ。さびしいきがします。

クロッカス

0222crocusことしはクロッカスの当たり年のようです。
パワフルに勢ぞろい。
咲くぞっ、と叫んでおりますよ。
蕾の下の茎が非常に短いのですね。独特なかわいらしさを持っています。
小さなスペースなんですが、明るさをもたらしてくれます。

ヤツデ

0220yatude12月20日。
久しぶりに陽射しの強かった日。
庭に出て見たら、影がくっきり。
0220yatude2
ヤツデの葉の上にヤツデの影。
それだけのことなんですが、なんだか、陽射しの強さが嬉しくって。
ヤツデの実って、いつ完熟になるのでしたっけ?
我が家のは、まだなんですけど。

春の足音:菜の花

0226nanohana2月26日。
これ、スーパーで買ってきた食用の菜の花です。(アブラナの花というのが正式かな)
妻がこの部分を水を入れた瓶に挿してテーブルに置きました。
他の部分は食べちゃいました。
0227nanohana1 翌27日。
咲きましたねぇ。
ちゃんと「十字花」。
0227nanohana2
オシベが6本あって、うち4本が長いのです。
典型的な姿です。
0301nanohana 3月1日。
ずいぶん黄色くなりましたね。最初の写真と比べてください。
しばらくは、食卓で春の雰囲気が楽しめます。

◆ところで、東京はなんだか、雨の日が続いています。
気象情報で「菜種梅雨のはしり」見たいなことも言っていましたが、私はふと、妙な冗談を思いついてしまった。
梅の季節だから「うめつゆ」かな?と。
あれ、「うめ」がダブった。
「梅梅雨」
6月が、「梅果梅雨」なら「今は梅花梅雨」かな?

いや、もう3月ですから「桃梅雨」の方がいいのかもしれませんね。

春の足音:桜桃

0220outou2月20日です。
内側からの「力」が現れ出ようとしています。
0225outou2 2月25日。
弾けかかっています。
もうすぐだよ。
0227outou1 2月27日。
ついに、という感じですね。
0227outou2
ピンクの色がついています。
内部の花の「予感」
0227outou3
玄関を出ると、右側にあるのですが、なんだか景色が変わったような気がします。少々大げさですけれど。

今日はもう3月。
春の力が空気にも漲りつつあります。

« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ