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2010年1月19日 (火)

讃岐はね うどんが旨い

2010.1.18付 「恋する大人の短歌教室」
{応募作}
「讃岐はね うどんが旨い」そう言って君は私に「行こう」と言わず:神奈川 林田ふみ

 こちらの気持ちをなかなか酌んでくれない、困った相手です。恋愛などというデリケートな感情に、そもそもいささか鈍感な男性なのかもしれませんね。いかにもありそうな情景ですが、作者のもどかしい思いがきちんと伝わってきます。何より、題材を讃岐うどんに絞ったところが好ましい。長いことブームが続いている讃岐うどんですから、陳腐な感じがしないでもありませんが、それがかえってこの歌に、普段着の気軽さを漂わせました。旨いもの好きの食いしん坊だが、贅沢にはやや縁遠い、といった男性の人柄も、巧みに表現できています。
 ただ、もう少し恋心を色濃く表現してもよいような気もします。期待される男性の言葉に、「一緒に」というひと言を加えたらどうでしょう?これは作者に対しての言葉に決まっていますから、第四句の「私に」はカット。一字空きは読点にし、末尾の打消しの助動詞にも手を加えてみました。音の柔らかさもあって、断定的な雰囲気が和らいだはずです。(石井辰彦)

{添削後}
「讃岐はね、うどんが旨い」そう言って君は「一緒に行こう」と言わぬ
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 今回はあまり文句はつけません。思ったことをいくつか。

 ひょっとして、その男性、讃岐(香川)の出身ということはないのだろうか?
ふるさとの両親に君を引き合わせたい、と言ってくれたらどんなにか嬉しいことだろう。というような話の可能性は?

 「 」(←これ全角スペースです)のような「ホワイトキャラクター」(空白、タブ、改行など)は、目には見えませんが「文字」です。
 パソコン、携帯などが普及した今、短歌や俳句に「ホワイトキャラクター」を活用してもいいと思うのですが、どんなものでしょう?
 もともと、句読点のなかっ日本語で書かれた短歌に、「句読点」が持ち込まれたというのは、短歌としてはおそらくすごい革新だったはずですね。表現の幅を広げた。
 同様に、手書き時代にはほとんど意味のなかったホワイトスペースを、今は表現の幅を広げるものとして短歌に取り入れて活用してもいいと思うのです。
 石川啄木が「一首三行書き」をしたことの衝撃は強いものでしたが、コンピュータ時代の用語でいうことを許していただければ、ホワイトキャラクターとしての「改行文字」を表現に使ったのだ、ともいえるのかもしれません。

 さて、一歩踏み込んで「行こう」、とまではいってくれないもどかしさを表現するために、字余りになりますが、応募作に「は」をつけたいというのが、私の感覚です。

「讃岐はね うどんが旨い」そう言って 君は私に「行こう」とは言わず

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