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2010年1月29日 (金)

公衆電話

[恋する大人の短歌教室](2010.1.25付 朝日新聞)
応募作

夕雲が美しいわとスーパーの前より妻の公衆電話:千葉 星野惠則

 夕食の準備で奥さんがスパーマーケットに買い物に出た夕方、留守番をしていて電話を受けたということでしょうか。作者は、長く続けた仕事からリタイアし、悠々自適の生活を楽しんでいるご主人、という立場にあるわけですね。夫婦そろって迎えた心豊かな日々の一場面が、うまくとらえられています。美しい夕雲が、ふたりの生活を裏打ちする深いけれどさりげない愛情の象徴として、実に効果的ですね。携帯電話全盛の時代に公衆電話、というところにも、巧まざる渋い味わいがあります。
 この歌で考えておきたいことは、格助詞「より」と「から」の使い分けでしょう。どちらにするかは、多くの人が悩み続けてきた、実に難しい問題です。前者の方が由緒正しい感じですが、一首全体の気分や響きの明るさなどを勘案し、ここでは後者を採っておきましょう。電話からの言葉は、カギ括弧でくくって強調してみました。歌の中に埋没していた奥さんの声が、際立って聞こえてきませんか?(石井辰彦)

添削後

「夕雲が美しいわ」とスーパーの前から妻の公衆電話
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やっぱり、この添削教室、あまり意味ないですね。
「より」を「から」に変え、括弧をつけてみた。
これだけのことなら、別に必要とも思えません。何かしないと「添削」にならないから、むりやりやりましたという感じが否めません。

より(格助詞)
 動作の起点となる地点・時・事物・人物を表す。…から。万葉集9「白雲の箱―出でて常世辺にたなびきぬれば」。万葉集19「月立ちし日―招オきつつうち慕シノひ待てど来鳴かぬほととぎすかも」。源氏物語桐壺「はじめ―我はと思ひ上がり給へる御方々」。源氏物語須磨「君も御馬―おり給ひて」。天草本平家物語「他人の口―もれぬさきに」。伎、毛抜「若殿―遣はされた一通」[広辞苑第五版]

から(格助詞)
 (平安時代以降の用法) 起点となる場所・時を示す。古今和歌集物名「浪の花沖―咲きて散り来めり水の春とは風やなるらむ」。蜻蛉日記上「こぞ―山ごもりして侍るなり」。土佐日記「明けぬ―船を引きつつのぼれども」。日葡辞書「コレカラアレマデ」。浄、卯月潤色「谷―水を汲んで来
て」。「端―端まで人で埋まる」「明日―始める」「家―駅まで五分」「出来て―が心配だ」[広辞苑第五版]

私自身の語感でいうと、「より」が文語的、「から」は口語的。
「短歌」をつくるのですからね、文語的に表現したってまるっきり構わない。
そのときの気分でどちらでもどうぞ。あえて、手を加える必要などないですね。
括弧もまた、大きな差は生んでいませんね。

すごい景色を見たときに、配偶者にその経験を共有して欲しい、という気持ちが生じるのはとても素直なことです。
雨戸を閉めようと西の空を見て、「お~」っと呟いて妻を呼びに行くこともしばしば。
車で外出して、虹を見て、「虹が出てるぞ~」っと電話したこともあります。

応募作はその感情を余すところなく表現していると、私には思えます。

夕雲がうつくしいわと弾む声 妻がかけくる公衆電話

「スーパー」というのがやはり、日常生活の中に生まれた驚きを表現するのに効いているようですね。

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