火を採る
◆毎日新聞のサイトでこんな記事を見かけました。
日本刀:鍛錬打ち初め式 快音と火花に歓声 岐阜・関(毎日新聞 2010年1月3日)
刃物の生産地として知られる岐阜県関市で2日、「古式日本刀鍛錬打ち初め式」があった。刃物産業の盛業と作業の無事を祈って行われる新春恒例の行事。
同市春日町の関鍛冶伝承館の鍛錬場で、関鍛冶伝統の黒い烏帽子(えぼし)と直垂(ひたたれ)を着けた白装束の刀匠が、リズム良く約1200度に熱した玉鋼を大槌(おおづち)で打ち付けると、快音とともに火花が飛び散り、約1000人の見物客から歓声が上がった。
◆朝日新聞でもこんな記事がありました。
宮城:名刀「大和伝」打ち初め式/大崎(朝日新聞 2010年01月05日)
名刀「大和伝」を伝承する大崎市松山の刀匠・法華三郎日本刀鍛錬所で5日、恒例の「打ち初め式」が行われた。
歴代刀工として知られる法華三郎は、9代目の信房さん(70)と息子の10代目栄喜さん(39)が受け継いでいる。親子と先代弟子の早坂政義さん(51)の3人は古式ゆかしい儀式にのっとって火をおこし、玉鋼(たま・はがね)を熱した。交互に鎚(つち)を打ち下ろすと火の粉が激しく飛び散り、室内に小気味のいい音が鳴り響いた。
信房さんは「毎日毎日が技術の積み重ね。今年も自分の階段を上っていきたい」と抱負を語った。
◆このこと自体は、まあ、それでいいのです。普通は、火花の飛び散るシーンの方に関心が集まるわけですよね。
私としては「1200度」に熱するための炉の方が気になるんですね。
何年か前のテレビのニュースで、どこの行事かはわかりませんが「打ち初め式」の映像を見たことがあるのです。ニュースの中でも全く触れられていなかったことなのですが、理科教師としての私は「あっ、そうなのか」と思わず叫んでしまいました。あのシーンビデオに撮っておいて物理教師仲間にプレゼントしたかったなぁ。
◆やけに勿体ぶってますね。なんなのさぁ。
いえね、初めに炉に火を入れなきゃならないでしょ。マッチをするのかな?ライター?まさかね。じゃあ、火打石?
それがですね、刀鍛冶ならではの採火法なんです。
朝日の記事で「古式ゆかしい儀式にのっとって火をおこし」とありますね。これなんです。
◆熱されてもいない常温の鉄の棒を、まるで刀を鍛える時のように、刀匠たちが打つんですね。ただ、打つんです。
すると、槌が鉄棒に衝突する際に、運動エネルギーが熱エネルギーに変換されて、段々鉄の棒が熱くなってくるんです。そうして、温度のころ合いを見計らって、乾燥した藁かなぁ、そういうものを熱くなった鉄の棒に触れると発火するんですね。
その発火した火を炉に移して、炭に移して、ふいごで吹いて、その結果、炉は熱くなり「約1200度に熱した玉鋼を大槌(おおづち)で打ち付けると、快音とともに火花が飛び散」ることになるんですね。
「鉄は熱いうちに打て」といいますが
実は
「鉄を打つと熱くなる」
のですね。
◆さすが、刀匠たちはそのことを熟知しているのです。
面白い点火法でしょ。刀鍛冶ならではですね。
運動エネルギーが熱エネルギーに変換される見事な実例なんです。
この実例として一番ポピュラーなのは「摩擦熱」ですね。
火打石の火花が飛ぶのもそうです。
ゼムクリップを折り曲げ折り曲げ・・・しているとやがてもろくなって折れますが、その瞬間に折れた部分に触れると火傷しそうなくらいに熱くなっています。これも簡単なのですがビックリしますよ。
刀鍛冶の点火法。これ、面白い教材になりますねぇ。
何見ても教材に見えてしまう私です。今もって。
◆こんな記事もありました。
復興15年照らせ(1/10)
神戸市中央区の防災研究施設「人と防災未来センター」で9日、「1・17のつどい‐阪神・淡路大震災15周年追悼式典」で祭壇に献灯される炎の採火式があった。式典は17日午前11時45分から県庁近くの兵庫県公館と同センターで開かれ、約1500人が参加する。
採火式には神戸市内の小中高生ら約60人が参加。神戸学院大で防災を学ぶ岩崎さん(21)と小池さん(20)が、金属製の円形の反射板に太陽光を集めて点火した。
この場合は、凹面鏡を使って、その焦点のところに太陽光線を集めて発火させる方法ですね。
オリンピックの聖火の採火法がこれです。
どこか「聖」なる雰囲気があるんですね。太陽光だと。
地上のもののけがれがない、というのかな。
「火」「炎」という現象は採火法のいかんにかかわらず同じなんですけれどね。
◆ところで、「摩擦」という言葉を使ったところで、思い出したことがあります。
電子レンジで加熱する原理に、よく「摩擦」を持ち出す人がいるんです。
摩擦という現象は、マクロな物体についての出来事です。表面があって、その表面がこすれあうと、表面の原子が引きずられては放され、引きずられては放され、を繰り返し、物体に対してなした仕事が物体の内部の原子の運動エネルギーに変換され、熱としてあらわれるのですね。
ところが、水分子には「表面」というものがありません。電子の広がりがあるだけなんです。水分子同士が摩擦して熱が発生する、という説明はもうこの時点で成立しません。もし、百歩譲って、水分子が摩擦したら、水分子の「中」に熱が発生するんでしょうか?いえいえ、水分子の中は、電子が走っていますが、その電子のエネルギーレベルが高くなる、というようなことは、マイクロ波レベルではありません。
じゃあ、何が起こっているのか?
電子レンジのマイクロ波は「2450MHz」の電波です。1秒間に24億5000万回振動する電磁波です。
このくらいの速さで電気と磁気の波が来ると、水分子集団が揺さぶられるのですね。ゆさぶられるということはマイクロ波のエネルギーが吸収されたということです。水分子が集団としてゆさぶられ、それはやがて集団をつくる個々の水分子の運動が激しくなるという形になっていきます。これが発熱ですね。氷では水分子ががっちり位置を固定していますから、分子集団を揺さぶることができない。で、マイクロ波のエネルギーが吸収できないのです。それで氷は電子レンジでは熱くなりにくいのです。表面の液体の水は分子集団が揺さぶられて熱くなります。この熱で間接的に氷がとかされていきます。
広まった誤解ですが、どうか解いてください。
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