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2009年11月 5日 (木)

2009.11.2付 朝日歌壇より
お蚕は千五百米(メートル)の糸を吐き静かに繭籠りたり:(松戸市)猪野富子
 馬場あき子 評:蚕飼いが珍しくなってしまった今日、千五百メートルの糸はやはり驚きの数詞。

子供の頃、どういうシーンだったのか定かではないのですが、「おかいこさま」という言葉を聞いて、虫に「様」をつけるなんて変だ、と母親に向かって騒いだことがあります。母親は、蚕飼いの経験があり、娘時代に背中に棚を背負って体温で温めたりしたものだといっておりました。そうやって手をかけ、育てて、絹糸ができる、だから「様」がつくのだ、と教えてくれました。

今、養蚕が珍しくなりましたから、そういう意味では、もっと広くガの繭のすごさを見てほしいなぁ、と思います。
籠状の繭、大豆粒ほどの小さな白い繭、塀の窪みに張り付くように作られた繭・・・
蝶は繭を作りませんが、歩く時には足場糸を張りながら歩いています。ガラスやプラスチックケースで蝶の幼虫を飼育してみてください。蛹になり羽化して旅立ったあと、ケースの壁面を見てください。糸が張り巡らされているんですよ。

昆虫学ではガとチョウを区別しません。同類として扱います。同じ仲間の幼虫たちの生活、蛹を経て成虫へというとてつもない体そのものの作り変え。分け隔てなく愛でてほしいなぁ。
そういう風に見ていただけると嬉しいな、と感じます。

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崩彦俳歌倉」カテゴリの記事

コメント

私の故郷では昔養蚕が盛んでした。実家ではやっていなかったのですが、近所の幼なじみの家でお蚕様を飼っていて、桑の葉をあげたりお掃除したり遊びに行くとお手伝いをしてました。蚕は触るととても柔かくて可愛かったです。凄い大食漢でしたね。道端に桑畑がたくさんあって暗くなると通るのが怖かったです。それと心残りなのが桑の実を食べられなかったことです。なぜか食べてはいけない雰囲気でしたね。今ではジャムなどもあるようですが。

 意外と、「いもむし」の感触がかわいくて、嫌いではないという女性は多いようですね。赤ちゃんの肌をつまむような柔らかさですから。

 カイコを「ガの幼虫」として飼育すると、ある種の違和感にとらわれます。完全に家畜化された昆虫ですので、「逃げない」のですね。普通、チョウやガの幼虫を飼育していると、脱走して部屋の中を散歩していた、ということによく出くわすのですが、カイコはオープンにしておいても逃げない。これ、妙な気分です。脱走してみたら?とささやいてみたりして。

 昔、カイコは桑の葉でなければ飼育できなかったのですが、カイコの口を開かせて食いつかせる物質が見つかって、人工飼料でも飼えるようになりました。巨大なソーセージみたいな人工飼料を与えて飼育したことがあります。
 とにかく終齢幼虫の食欲というものはすごいもので、まさに「歩く消化管」なのだと実感しますね。

 もひとつ。高校生物で発生の授業をするときに「桑実胚」という時期がありますが、誰も「桑の実」を知らないんですよね。あれには参った。で、ブラックベリーの実が手に入ったときに写真を撮って授業に持って行きましたっけ。これに似てるんだよ、と話しました。なつかしいことです。

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