ふるえる
◆セスジスズメが体温を上げるために翅を震わせていた、ということを前の記事で書きました。
「震える」ということから、二つのことを書きたいと思っています。
一つは、おしっこをした後、ぶるっと体が震えるのはなぜか、という話。
もう一つは、風邪などで発熱する時に悪寒がして震えるのはなぜか、という話。
筋肉は収縮によって力を発揮するものですが、筋肉が消費したエネルギーのすべてが力になるわけではありません。エネルギー効率は高いけれども、無駄になる部分も出ます。その無駄になった部分というのがどうなるかというと、熱になる、のですね。ですから、筋肉を使えば発熱する、ということになるのです。
ヒトでも体温が下がると大きな筋肉に震えが来て、発熱しようとします。
ガでは、よくこの翅を震えさせることによるウォーミングアップが見られます。
◆さて、おしっこの後にぶるっと震えるという話です。
どうも、巷間には、排尿によって体から熱が放出されて体温が下がる、そのため体温を上げるために震えるのだ、という説がまかり通っているようです。
これ、全くの間違いです。大ウソです。
考えてもみてください。
ポットに90℃のお湯が入っているとしましょう。お茶を飲もうとポットから200mLほどのお湯を急須に注ぎました。200mLのお湯が熱を持ち出したので、ポットのお湯の温度が下がってしまいました。
って、これ、ウソでしょ。そんなことないですよね。お湯の量は減るけれど温度は下がりません。
おしっこすると、37℃くらいの体温と同じぬるい湯を出すわけですね、体重は減るでしょうけれど体温が下がるわけがないではないですか。
おしっこをして熱を放出したから体温が下がるなどというのは明白な間違いなのです。
●中学校あたりで習うのかな?熱の話。
熱を「熱流体」というまるで液体のようなものと考えて扱うと楽でいいです。その場合、物体は熱流体の容器ということになります。容器ですから「大きさ」というものがあるのですが、なにせ、熱流体は見えません。そこで、「1℃温度を上げるために必要な熱の量」で、容器の大きさを定義します。これを熱容量といいます。
例えば、実際のバケツや風呂桶の大きさを定義するのに、水深を10cm深くするのに必要な水の量、で定義することは可能でしょ。風呂桶なら何リットルかで水深が10cmあがるでしょうけれど、プールの水深を10cmあげるにはものすごい水量が要りますね。プールは水の容器として大きい、ということです。
熱でも同じ。
物体を熱の容器として考えたとき、水深に相当するのは「温度」です。
熱容量が大きいと、1℃温度を上げるのに必要な熱量がたくさん必要です。
fig.1は、温度の異なる物体を接触させると、熱の移動が起こって、やがて温度は等しくなるということを示す図です。
36℃の体に0℃の氷をくっつけたら、体から氷へ熱の移動が起こって、体が冷えますね。ブルっとなるかもしれません。
でも、おしっこの場合はこういう関係ではないのです。
どちらの図でも、大きな容器が体、小さな容器は膀胱のつもりです。
体内で、体温と同じ温度の尿が膀胱にたまります。これがfig.2.
排尿するということは、fig.3の赤い線のように膀胱を一旦切り放して中身を捨て、空になった膀胱を体に接続するのと同じことです。
この操作の際に、体温は下がりませんね。尿が熱量を持ち出したことは確かですが、同じ温度の物を出しただけですので、温度に変化は起こらないのです。
納得していただけましたか?おしっこをしても体温は下がりません。
●間違っていることは明白ですが、では「ブルっ」の正しい原因は何か?ということになると、これが難しい。今のところ確実な答えはないようですね。
私の経験などからすると、この出来事は思春期ごろまでの男の子に強く見られる現象ではないかと思っていました。そのことから考えるに、大人の男性の射精という能力のリハーサルを排尿時に行っているのではないか、と考えていました。
排尿するには、膀胱からの「満タンだ」という信号がいろいろな神経回路を通って排尿してよい、という筋肉の弛緩に至るのですが、その回路の中には、射精をコントロールする回路と隣接するものがあるのです。ですから、排尿に関わる神経活動と筋肉活動が、大人になれば完全に分離される射精能力と未分離であるために、「ふるえ」という形になって現れるのではないかと、想像するわけです。
で、小学生くらいの男の子によく見られる現象なのではないか、と考えていました。
かつて、朝日新聞社が出版した子ども向け科学週刊誌「かがくるプラス」に、おしっこのあと体が震えるのは体温が下がるためだ、という解説が載っていたので、編集部にそれは間違いだ、とメールを入れたところ、丁寧な返事を頂きました(記事の訂正はなかったですが)。 その中で、女性にも同様の現象がある、と記されていました。
困った。私の仮説はぐらぐらだ。で、今もって、解決はしておりません。
誤りを指摘できるということと、正しいことを知っている、ということは別の話だということもご理解ください。
◆今、インフルエンザが流行していますが、風邪を引くと発熱しますね。発熱の初期に悪寒がして体が震えることがあります。これはなぜでしょう?また、「寝汗をかくと風邪が治る」とよく言いますが本当でしょうか?
間脳の視床下部という場所に「体温調節中枢」があります。熱帯魚を飼う時に水槽の水温を一定に保つためのサーモスタットのようなものだと思ってください。血液温をモニターしていて、設定温度と比較して、温度を一定に保ちます。平常の場合、この設定値は37.1℃です。この設定値の時に、脇の下あたりで36℃程度になるわけですね。
風邪をひくと、病原体と戦っているところから、体温を上げてくれ、という要求が血液に乗ってやってきます。それを受けると、体温調節中枢は設定値を上げます。すると、設定値よりも血液の温度が低いと判断されますから、体温を上げる反応が引き起こされます。代謝を上げると同時に、速効的に体に震えを起こして筋肉にも発熱させるのです。
本人は、平熱だったのに、設定温度のほうが上がったために「寒気」を感じてしまうのです。これが、熱が出る時の「寒気・震え」の実体です。
さて、病原体との戦いが終わると、体温を上げてくれという要求が消えます。すると、設定値がもとの37.1℃に戻ります。すると今度は、血液の温度が設定値より高くなってしまうので、体温を下げようという反応がおこります。で、大量の汗をかいてしまうのです。
つまり、「寝汗をかくと風邪が治る」のではなく「風邪が治ったから寝汗をかく」のですね。
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