五能線
2009.9.28付 朝日歌壇より
インスリン注(う)ちながらでも五能線乗ってみたいと観ているテレビ:(八王子市)相原法則
私の母の実家は五能線の走る町。むかし「つばき(椿)」という駅名だったところです。いい名前でしたが、今はその名は使われていません。
五能線は日本海に面しています。波が線路を洗うほどの所もあります。
私は左下肢障害がありますので、水の中を歩くことができません。波打ち際からすぐ深くなる海がいい。遠浅の海はダメ。母の実家から海まで、裸で歩いていっても大丈夫。海は波打ち際から3mくらいも出れば足が立たない深さ。私にとっては絶好の海でした。私が泳げるようになったのはこの海。
近くに昔、銅の精錬所があって、精錬時に出る黒いかすの砕けた砂が海岸を覆っていました。海岸とは真っ黒いものだと小学校に上がる頃まで信じておりました。
夏の日差しに黒い砂は焼け、火傷しそう。夕方になって涼風が吹く頃になっても、砂の中に手を潜らせると中には日中の熱さが残っていました。そんな砂の上に座って、日本海に沈んでいく夕陽を見るのが大好きでした。夕陽というものは海に沈むものだ、と、これまた長く信じておりました。水平線に日が沈んだ後、振り返ると白神山地の山の上にはまだ日光が届いていて、山の上だけ赤く光っていました。
白神山地の水を集める真瀬川。街路灯に集まるカブトやクワガタ。子育ての頃もこの地の恵みに与りました。
腰を痛めて旅行能力を失って、もはや行くこともない土地となりましたが、もし可能なら、インスリンをうちながらでも、腰を据えて五能線の走る町一つ、味わってみてください。
言葉は秋田弁というよりは津軽弁に近いですから、地元の年配者との会話はたいへんですぞ。
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