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2009年7月22日 (水)

逆上がり

2009.7.20付 朝日歌壇より
逆上がり出来て一つの坂を越え逆さなる世を幼児は知る:(高崎市)門倉まさる

 個人的なことなんですが、私、左足が不自由で、小学校に上がる1年前から左足に「補装具」を装着して行動しています。そうすると、「逆上がり」は無理なんですね。自転車も乗れなかった。
 そういう経験を、高校生ころかなぁ、視界が逆さまになる経験を持たない、何かの拍子に頭が下になると、経験したことのない感覚入力になってしまって、正確に沈着に状況が把握できなくなる、と思いました。
 また、生身の体が高速で運動するという感覚がない、とも思いました。そのような状況下で自分は正確な認識ができなくなる、と思いました。

 上掲の歌では「逆さなる世」という言葉で、世の中の仕組みが「順」だけでできているわけではないという事実に初めて直面する、というような比喩的表現になっています。
 私はもっと直接的にとらえたいと思います。
 体が逆さまになる。頭に血が上る。髪が垂れ下がる。情景が反転している。それらは、初めての感覚経験であって、直立だけが体のあり方ではないことの初めての経験になる。体がどのような状況にあっても、空間的な認識が可能になる最初の一歩だ。とね。認識世界が広がったのです。
 そのようにして、たくさんの感覚経験を積んで世界を深く見ることができるようになります。
その時、世界、社会を見る視点はひとつに限定されるものではなく、視点自身が多様であり得るとともに、存在のあり方も多様だ、と知ることになるのでしょう。

 

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