« 棘ある実り | トップページ | 葡萄の味 »

2009年7月15日 (水)

日本人

2009.7.13付 朝日歌壇より
故国では「もう日本人ではない」と言われドイツでは「まだ日本人」と:(ドイツ)西田リーバウ望東子

 何度も同じことを繰り返しているように思うのですが、そういう、中途半端さ、あいまいさ、というものが非常に大事なんです。
 境目で生きる。境目を自在に超えて生きる。それはマイナスの価値ではなく、またとないプラスの価値なんです。
 私は障害者と健常者の境目で生きていますので、いろいろなことが見えるようになったと思っています。
 二つの国を、文化をまたいで自在にその境目を越えられる「からこそ」世界がクリアに見えるのではありませんか?

◆ところで、読売新聞にも載っていましたが、下は朝日新聞の小さな記事。

[あすは何の日](2009/7/13) 7月14日:わが国の呼び方はニッポンかニホンか――。1970年、この日の閣議は盛り上がった。「憲法はニッポン国憲法と呼ぶんだったかなあ」と中曽根康広防衛庁長官が言い出したところ、「いやニホン国憲法では」と反論する閣僚。賛否両論が飛び交った。幕を引いたのは佐藤栄作首相。「自分は意識的にニッポンを使っている。それが公式の定着した表現ではないか」とニッポン派に軍配を上げた。
 このやりとりが「ニッポンで閣議決定」と独り歩きしたようだと内閣府。先日、呼び方はどちらでもOKと、今度こそ閣議決定した。

 私の個人的な好みはニホン。やわらかくてやさしくていい感じ。ニッポンとしか読めない場合もありますけれどね。

 さてでは、最初に掲げた歌に2回出てくる「日本人」はどちらでお読みになりますか?

« 棘ある実り | トップページ | 葡萄の味 »

崩彦俳歌倉」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ