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2009年6月 3日 (水)

歌垣

2009.6.1付 朝日俳壇より
日遍(あまね)し歌垣なせる蝌蚪の群:(洲本市)高田菲路

単なる「歌会」ではないのです、「歌垣」は。
昔、大学の教養学部時代に、古典をとって、風土記・古事記の世界に浸っていたことのあるかかしさんです。その時の古事記読書から「崩彦」という名を知り、使うようになったのでした。
古代日本の社会は、性的にかなりオープンな社会だったようです。

うた‐がき【歌垣】①上代、男女が山や市イチなどに集まって互いに歌を詠みかわし舞踏して遊んだ行事。一種の求婚方式で性的解放が行われた。かがい。古事記下「―に立ちて…美人の手を取りき」 ②男女相唱和する一種の歌舞。宮廷に入り踏歌を合流して儀式化する。続日本紀30「男女二百三十人―に供奉す。…男女相並び、行を分ちて徐ろに進む。歌ひて曰く」[広辞苑第五版]

山道が険しいといって、あの娘の手を握ったよ、ああうれしいな、というような歌もありました。昔も今も男って奴は変わり映えのしないものだな、と思いましたっけ。

そういう知識を底にして上の句を読むと、少し違和感を感じます。オタマジャクシはうようよ集合しますが、まだ「幼体」。成体ではないので、雌雄の出会いは関係がないんですね。
と、味もそっけもないことを言ってしまいました、もうしわけありません。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%8C%E5%9E%A3
ウィキペディアの「歌垣」の解説です。興味のある方はどうぞ。

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