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2009年4月 2日 (木)

卒業

2009.3.30付 朝日歌壇より
全身の力をこめて押す校印ひとりひとりの三年間に:(香川県)山地千晶
 佐佐木幸綱 評:卒業式にそなえる教員の歌。毎年のこととはいえ、卒業式に校印を押すのは、一人一人への思いが思われる仕事なのだろう。

 もちろん、そうなんです。卒業証書に校印を押し、卒業生台帳との間で割り印を押すというのは、緊張するものです。
 まず、卒業証書を書いてもらうために(自分で書ける人はいないでしょう、今は)、住民票や場合によっては戸籍謄本と照らし合わせて、字体など確認します。何せ、本人にも、学校にも永久保存の文書なんですから。
 呼名簿には、漢字とひらがなで間違いないよう氏名を書き込みます。通常の授業中に呼んでいるのは「あだ名」のつもりで、生徒にも確認します。
 初めて担任を持った同僚が、呼名簿を暗記し、呼名のときに呼名簿を持たずに生徒全員の名前を呼んであげたいと頑張ったことがあります。式の途中、呼名が引っ掛かり、一瞬思い出せなくなった時は担任団全員、凍りついたように緊張しましたっけ。無事、呼名がすんだときは、どっと緊張がほどけましたっけ。

 技術的な問題もあります。実印って大抵の場合、認印より面積が大きいですよね。で、実印をかすれることなく押すにはかなり力が要りますね。印鑑登録をしに行ったときなど、下に敷くパッドや、係の人の「押印の技」に感激しますよね。
 学校の「○○立○○高等学校校長之印」というやつは、普通、校長室の外に持ち出せません。しかも、面積が大きい。大人の男性が体重をかけてやっとむらなく押せるというようなものです。手は痛くなるは、疲れるは、緊張するは・・・かなりしんどい仕事なのです。

 でも、事務職の方にはこの仕事はお願いしません。やはり生徒とかかわりの一番深かった担任がする仕事なんです。

◆こんな投書がありました。

[声]卒業生の名前 間違えないで(2009/3/7 朝日新聞)
 主婦 ○○○○
 雪の予報も出ていた3日、真冬のような寒さの中、次女の高校の卒業式に夫婦で出席した。
 厳かに式は進み、いよいよ卒業証書授与。担任の先生がクラスの一人一人の名前を読み上げる。卒業生が返事し、起立する。さあ娘の番だ。私も緊張……。だが、次の瞬間、緊張は落胆に変わった。娘の名前は「愛」。「まな」と読む。しかし「あい」と呼ばれた。娘の返事は聞き取れないほど小さかった。
 出生届の期限ぎりぎりまで悩んでつけて思い入れの深い名前を、思い出に残る卒業式で間違えられるとは……。先生には、何十人の中の一人かもしれないが、私にとってはただ一人のかけがえのない娘、ただ一つの大切な名前。娘もショックだったっという。
 先生方には、こんな悲しい思いをする人が出ないよう、くれぐれも細心の準備と緊張感で臨んでいただきたい。

 おそらく、先生も緊張のあまりだったんだと、善意に解釈したいのですが。(元教師としては。)
普段「あいちゃん」と呼んでいたのかなぁ。それはないか。
呼名簿に読み仮名がないということは考えられないんだけどなぁ・・・。
とても残念です。
 一方で、これが小学校や中学校なら、ショックは大きい、大きすぎるほど大きい、と思うんですけれど、高校ですから、「居直る」ということを教えたあげてもよかったのではないですか、と、一言だけ。
 先生も人間さ、間違う。名前を間違った読み方されたからって、あなたの人間性にほんの毛ほどの傷さえつけることは誰にもできはしない。あなたの価値は、名前で変わるほどやわなものじゃない、ということを。

決して教師は生徒を「何十人の中の一人」なんて見ていません。そのことだけは信じていただきたいと願うものです。一人一人の人間性と向き合うのが教師という職業です。ひとからげにして平気でいられる教師がいたら、それは失格者ですので。

◆こんな投書もありました。

[声]違憲の式休み 今なら免職か(2008/3/25)
 無職 ○○○○(埼玉県 72歳)
 教員を退職して12年になるが、私は演壇に日の丸を出すようになってから入学式・卒業式などすべて年休をとって休んだ。
 毎年3月になると最後の担任をした生徒の卒業式の日のことを思い出す。卒業式では担任がそのクラスの全員の名前を読み上げる「呼名」という仕事があった。一人でも落としたら大変だし、間違えないように緊張したものである。
 この大切な日に、私は年休を取って休んだ。名を呼ぶ仕事は副担任にお願いした。卒業式の前日、満開の桃色の梅の花木を抱えられるだけ切り、学校で一番大きなつぼに生け、教室に飾り、黒板いっぱいに「卒業おめでとう」と書いた。
 退職まで3年間は残っていたが、その後、担任を希望せずやらなかった。
 すべて日の丸、君が代のせいだ。学童集団疎開体験派の私に、どうしても譲れないのがこれらの押し付けだった。今だったら免職になっていたかもしれない。私は今でも、この押し付けは憲法第19条が保障する思想・良心の自由に違反することだと思っている。

 私は、左脚が凍りそうな寒さのせいもあるし、この方と同じ気持ちもあるし、卒業式は休暇の形で出席しませんでした。まだ元気だったころでも、式場には入らず、式場の出口で、式を終えて退場してくる生徒を迎え、拍手し、会釈することが多かったですね。(担任でない時の話ですよ)。

担任の時も、「儀式用のパンツははかない」と宣言して、普通のブレザーにタートルネックのセーターというような服装で卒業式に出席したものです。でも、保護者から反感を買ったことはありません。こういう人間なんだということを、クラス通信や保護者会で徹底的に分かっていただいたからだと思います。

最後に一言。
卒業式なんて嫌いだ。
思い出なんて、嫌いだ。
今、あなたは、今を生きていますか?

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コメント

無職 ○○○○(埼玉県 72歳)さんは、教え子の晴れ舞台よりも、ご自身の信条を優先されたわけですね。
それは、教師としてどうなんでしょう?

、「儀式用のパンツははかない」と宣言もけっこうですが、やはり教え子の晴れ舞台を祝する気に欠けると思いますよ。

起立し、頭を下げるくらいで吹っ飛ぶ信条なんて、どうせ大したモノじゃないのでしょう。

仰せのとおりです。私の信条なんて、大したモノではないのです。ですから、こうやって一人でつぶやいてみているだけなんです。ただ、教師になった最初から最後まで、持続した、というだけです。

梶尾真治さんの「エマノン」、SFマガジン掲載時に読んで大好きな小説です。EMANON⇔NONAME、持続すること、が好きな私です。

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