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2009年4月24日 (金)

阿修羅:追記

先ほど、阿修羅の項目を書いていて頭をよぎったことがありまして、探しだしました。

3月30日付の朝日新聞の広告特集「仏像に会いに行こう。」という阿修羅展を控えての特集です。ここに、モデル・タレント・エッセイスト はな さんの文章があります。

仏像と自分だけの物語をつむぐ
 仏像の前に立って、想像してみる。東寺の帝釈天さまと白象に二人乗りして、京都の街をゆったり、お散歩してみたり。奈良の大仏さまの手の上でコロコロ、転がってみたり。平等院の雲中供養菩薩さまとちと一緒に、ふわふわな雲の上で、音楽を奏でてみたり。
 三つの切ないお顔を持つ阿修羅さまとは、どんなお話をしましょう?お日さまが当たる、芝生の上で、阿修羅さまのお顔に、大きな笑顔が浮かぶまで、お互いの悩み事や、想い出を語り合いたい……。仏像の前に立つと、自分の中の想像の世界が広がっていくのを感じます。悩みや不安が一気に消え、そこから仏像と自分だけの物語が始まる。そんな時間に、どきどきしたり、わくわくしたり。
 桜色に染まる上野公園で、もうすぐ、阿修羅さまとのランデブーの日がやってきます。約60年ぶりに上京される、阿修羅さまに、東京の街はどのように映るのでしょう?やっぱり、戸惑いの表情で、私たちの前に、お立ちになるのでしょうか?そんな不安そうな阿修羅さまを見たら、母性本能がキュンキュン、音を立てながら、働きだすでしょうね。

こういうやわらかくて自在な文章なんです。これを読んでいて、鼻のあたりがジンとしてしまって。まいったな。
阿修羅がはなさんと春の芝生の上で語らって、にっこり笑うなんて、破顔一笑するなんて。何という想像力。阿修羅の笑顔って、どんな笑顔なんだろう?そういう日がくるんだろうか?いや来てほしい。阿修羅が笑う日が来てほしい。って。

フランス料理の石鍋さんはこんなことをおっしゃっています。

[阿修羅と私]石鍋裕さん(4/20)
 阿修羅像を初めて見たのは二十歳ぐらいの時でした。繊細な美しさに、日本人の美意識の原点のようなものを感じました。ぼくのイメージでは、12歳から15歳くらいの少年です。男がもっとも素直で純真で、美しいころの。・・・

私もそう思います。阿修羅は少年です。しなやかでナイーブで。
そんな少年の心の底からの笑顔を見たいと、見られる日がきっと来ると、私は思うのです。

私にとっても阿修羅はある種の原点なんです。あのまなざしを受けとめられる人間になりたかった。赤ちゃんの絶対無心の笑顔を受けとめられる人間になりたかった。
のです。

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