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2009年3月28日 (土)

2009.3.23付 朝日歌壇より
戦時中にたまひし雛をかざりをりをみなを終に生まざりし妻:(東京都)高須敏士
 高野公彦 評:娘に飾りたかった雛を、今も自分のために飾る。妻の淡い哀しみを感じ取った作。

人形というものへの思い入れをほとんど持たない私なものですから、少々きつい言葉になるかと思います。

子のある夫婦もあれば、ない夫婦もある。一人っ子の夫婦もあれば、子だくさんの夫婦もある。男女の子の夫婦もあれば、どちらか一方の夫婦もある。
いいじゃないですか、いろいろあって、それで全体として人間社会が成立する。
子のない夫婦が子を持ちたいと願う、それは自然なことかもしれないけれど、そういう願いがあればどんな行為も許されるとは、私には思えない。「医療」と称してはいるけれど、不妊「治療」が医療とは思えない。子を持たない人生を選び取ることはできませんでしたか?
女の子がほしいと思うのは自然かもしれない、でも、そうでなければ不幸ですか?

いろいろあって、それでいい。いろいろあるほうがすばらしい。

希望、願いが叶ったら、それはそれでめでたいけれど、そうでないことの方がむしろ多いのです。すべてを受け入れて、「これが私の人生だ」と。
言ってみませんか?
わたしはこの人生を望んだ。と。
言ってみませんか?

人生に「if」をもちこんではいけません。

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