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2009年3月18日 (水)

ロッカーの荷物

2009.3.16付 朝日歌壇より
ロッカーの荷物はほんの一かかえつぎつぎ去りゆく職場の仲間:(三島市)渕野里子
そうかもう君はいないんだと云う台詞どっちが云うかあなたとわたし:(三島市)渕野里子

2番目の歌を読むと、それなりに年齢を重ねた方でいらっしゃる、と思える。(通常の意味での定年の年齢を過ぎていらっしゃる・・・)
で、1番目の歌では仕事をなさっている。ということは、パート労働でしょうか?職場で必要とする荷物はごくわずか。突然の解雇通告でも、身辺整理というほどのこともない、ということかな?

「そうかもう君はいないんだ」という台詞の元は城山三郎さんの「そうか、もう君はいないのか」という著作ですね。未読ですが、印象の深い言葉です。深い喪失感にうたれます。
ですから、2番目の歌は、御夫婦の間で交わされた会話、と受け取っていたのですが・・・。

1番目の歌と合わせたうえで、深読みすると、職場の同僚と「そうかもう君はいないんだと云う台詞どっちが云うかあなたとわたし」と言い合った、と読むことは可能かもしれない。

深読みし過ぎ、でしょうね。

◆別件
 教師という職業は、実際の授業に現れる「内容」の何倍も、何10倍も・・・、自分の中に「仕込んで」「熟成させて」そのうえで、授業にはごく普通のことしかいっていないように見えるのですよ。
 で、そのために身辺は「山のよう」な「余剰」に囲まれて生きているものなのです。
異動で勤務先が変わるときなど、ほとんどすべての先生方は「身辺整理」に大わらわになるのです。私も、車で山のような「過剰分」を運びましたっけ。
 1年契約の嘱託になってからは、過剰をつくっては持ち帰り、持ち帰ってはまたまた、余分に持ち込み・・・を繰り返して、3月にはさっさと片付くようにはしていました。
 今はもう、人生の過剰分を整理しなくっちゃなぁ、と思っています。

 管理職というのも、身辺をいつも軽くしていますよ。あの人たちの異動はまた、教員とは違うからなぁ。

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