退院
2009.3.9付 朝日歌壇より
退院を出迎えくれし梅の花生まれたての子のくちびるに似て:(高槻市)有田里絵
高野公彦 評:出産後の帰宅を迎えてくれる優しい梅の花。
無事出産なさったようです。母子ともに健康、のようです。よかった、と胸をなでおろします。
実は、2月2日付の朝日歌壇に次のような歌がありました。
中華なべ伏せたるような臨月の腹を両手であたためる冬:(高槻市)有田里絵
◆昔に比べて、周産期医療は進歩しました、確実に。新生児集中治療室(NICU)も増えました。でも、「母子健康」が当たり前になったのではありません。
医療が進めば、すべての出産は安全になるのでしょうか?いいえ、違います。
ヒトという動物のみに「難産」というできごとがつきまとっています。他のほ乳類には難産ということはまずありません。ヒトでは、胎児の頭の大きさが、母体の産道の限界に達してしまっているのです。そのために、難産が起こります。難産は新生児にも母体にも危険なものです。
また、新生児の遺伝的な状況だって、常にすべての新生児において良好そのものとはいえません。一定の確率で発育に問題を抱える子が生まれます。母体だって、常に健康そのもので出産に向かうわけではありません。
将来にわたって、どれほど医療が進もうとも、周産期の悲しい出来事は決してなくならないのです。
にもかかわらずこうやって、医療が進めば絶対安全、のようなつもりになってしまうと、事故が起こった時の哀しさ、悔しさは、むしろ昔より増大してしまうのです。
医療が進めば進むほど、不満は増大する、という不幸な事態が進行中です。
医者も、全力を尽くして、全く過誤がなくても、必ず事故は起こり、医者さえちゃんとやっていればこんなことにはならなかったはずなのに、と、訴えられるのでは、仕事のやりがいを失ってしまいます。
どちら側からも「信頼」が消え、不審ばかりが募る、とても悲しい状況になっています。
{技術が進めば進むほど、選択肢が豊かになればばるほど、人は不幸になります、あるいは人の不満度は増大します。これはかなり一般的なことです。}
◆こんなことを、思っているものですから、無事「母子健康」を聞くまでは、有田さんの歌を紹介しないことにしていました。
よかった。ここまできて、素直によかった、といえます。
これから、おそらく、有田さんからの歌が朝日歌壇に載るようになるでしょう。楽しみにしています。(爺ちゃん気分で。)
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