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2009年3月30日 (月)

かげろふ

2009.3.23付 朝日俳壇より
陽炎の先もかげろふ運転す:(敦賀市)村中聖火
 稲畑汀子 評:どこまでも陽炎が行先の景を消して行く運転である。春めいて来るとまるで情景が変わってしまうように陽炎に閉ざされる。春の実感が運転を通して語られた。

かげろう【陽炎】春のうららかな日に、野原などにちらちらと立ちのぼる気。日射のために熱くなった空気で光が不規則に屈折されて起るもの。いとゆう。はかないもの、ほのかなもの、あるかなきかに見えるもの、などを形容するのにも用いる。その際「蜉蝣カゲロウ」②を意味することもある。<季語: 春> 。古今和歌集恋「―のそれかあらぬか春雨のふる日となれば」

かげろう【蜉蝣・蜻蛉】(飛ぶさまが陽炎カゲロウのひらめくように見えるからいう)
①トンボの古名。源氏物語蜻蛉「―の物はかなげに飛びちがふを」
②カゲロウ目の昆虫の総称。体も翅も弱々しく、2本または3本の長い尾毛がある。夏、水辺を飛び、交尾・産卵を終えれば、数時間で死ぬ。幼虫は2~3年を経て成虫に羽化。はかないもののたとえに用いる。かぎろう。青蚨(セイフ)。朝顔。蜏(ヒオムシ)。<季語:秋> 。徒然草「―の夕を待ち、夏の蝉の春秋を知らぬ」[広辞苑第五版]

「かげろう」って「行先の景を消す」とか「閉ざされる」というような、「堅固な」ものですか?
このゆらめき、あぁかげろうだ、と思えば、またその先で景が揺らぐ。
逃げ水のようなくっきりした出来事でもない。逃げ水は、そのあたりへ行けば消えてしまいますが、かげろうは、あたりがフラッと揺らぐ感覚でしょ。だから、春。

どこまでも陽炎が行先の景にゆらぎをもたらす、まるで軽いめまいのように。春の運転、春ならではの「熱気」に包まれて。

かげろふの禿頭とくに憑きやすし:(岩手県)祝田幸治
 金子兜太 評:自分の禿と付記していたが、もともと陽炎は禿を好むもの。

さて、春の俳句ですからして、この「かげろふ」は、昆虫ではなく、陽炎ですよね。
でもって、「もともと陽炎は禿を好むもの」って、何だろう?本当ですか?
禿頭に陽が当たって、陽炎がたつのですか?それは、ちょっと、なぁ。

自嘲の可笑味、として、私が日向ぼっこしていると、この光頭にかげろうふが立つようだよ、とおっしゃっているのだろうとは思いますが。

金子先生の評は・・・つらいなぁ。蜉蝣が飛んできてとまりそうだ。

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