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2009年3月 9日 (月)

ほろよい地蔵

ほろよい地蔵   作・安下 木山子

 むかしむかしのことじゃ、このあたりに古い古い小さな寺があった。それはもうボロボロでのう、屋根もな、無いよりはましじゃろうが、雨もりはするし風は吹きこむし、大へんな寺じゃった。こんな寺じゃったが一人の和尚さまが住んでござった。何という名かは村の年寄どもも知らんので、村の衆はみな、ただ「和尚さま」と呼んでおった。和尚さまは大そう酒好きじゃった。「お経にもなぁ智慧の酒はよろしいと書いてあるなぁ」と言うので、村人もそんなものかと思っておった。それに和尚さまの酒は実にいい酒で、酔うほどにほがらかになって見るからに楽しそうなので、飲ませる方もつい楽しくなってしまってのう。くだけた和尚さまというので、隣り村からも時おり一升徳利をぶらさげてやってくる者もあったくらいじゃ。ある雪の降る寒い晩のこと、和尚さまは村の年寄の善兵衛さんの家で、いろりの鍋をつつきながら話しておった。「のう善兵衛さん、働きのないわしがこんなことを言ってはなんだが、なかなか村の暮しは楽にならんなあ。」「そりゃ和尚さま、とにかく年貢は納めねばなんねぇもの。でもなあ和尚さま、これといった騒動が起こんねぇだけで、この村なんぞ、いい方だなぁ。」「わしぁなあ、少しばかりお経を読むが、その中に阿弥陀さまという仏さまがござっしゃる。阿弥陀さまはずっと昔に仏さまの国をおつくりになって、わしらが死ぬとそこへ連れていってくださるのじゃ。その仏さまの国とはのう、暖かうて食べものはたんとあるし、何も辛いことのない悩みごとのない極楽なんじゃ。阿弥陀さまを一心に心に念じておれば必ず聞こえて迎えに来てくださる。ありがたいこっちゃ。」「おらぁむずかしいことは判んねえけどなぁ和尚さま、その阿弥陀さまは大そう偉くて極楽へ連れてってくださるのかも知んねえが、それよか、わしらの暮しがその仏さまの国と同じくらいになるまでわしらと一緒にござってわしらを導いてくださる方がうれしいなあ。たとえばよう、阿弥陀さまが家へでもいらして、こうして和尚さまみたいに酒でも飲んで話してくださりゃ、うれしゅうて涙も出ようて」「はあ、そりゃそうじゃなあ。阿弥陀さまに酒か、お経には書いてないども、それもよかろう。こんなのはどうじゃい。『さしつさされつ阿弥陀の酒に桜に紅い観音女』と。こりゃまた坊主らしくもない都々逸じゃな。まあいい。さあもう一杯。」「へえ和尚さま、観音さまはおなごだかね。」「本当かどうかは知らんが、唐の物語には、観音さまが化粧するとかしないとか。あられもないお姿でお出かけになったとかいう話があるそうじゃなあ。」こんなことを話しながら夜が更けて和尚さまも寺へ帰られた。帰り道で和尚さまは一人言を言った。「善兵衛さんいいことをいいおったのう。そういゃあ確かに一緒にござらしたらいいのう。うん確かにいい、いいぞ。」

 その日以来、和尚さまは寺に籠りきって、しばらく出かけなんだ。そうこうしているうちに春になって山の雪が融けてくると和尚さまは今度は山へ出かけていくようになった。春になったというても、まだまだ寒いし、雪が融けてきて道は悪いし、よほどでなければ村の衆も、山へは入らないというのに、和尚さまは朝早ようから出かけていっては、夜遅うなるまで戻らなんだ。こんなことがひとつき以上も続いて、ようやく芽が萌えるころになると、今度は和尚さま、山に泊るようになったんじゃ。それで村の衆も心配になってきてこんなことを言っておった。「和尚さま山で何してんだべ、木を切ってくるではなし、だいいち山に泊るなんて、おかし。」「いやいや、もしかしたらもののけにでもつかれて、通っとるのかもしれん。」「とにかく何をなさってんだか、ひとつあとをついていってみようでねか。」そこで気の強い若い者が選ばれて、まさかの時の為に斧をもって、腰には一晩泊れる位のにぎりめしをぶらさげて和尚さまのあとをつけることになった。朝もまだあけやらぬうちに和尚さまは早々と出かけたので、若者もそっとついていったが、なにしろ山のふもとまで見通しのきく田だもんで、ついていく方はあぜのかげにひそんだり、木のかげにかくれたりもう、大変なかっこをしてついていきおった。和尚さまはそれとも知らず、ずんずん歩いていってとうとう山にさしかかった。若者も山に入れば物かげも多いので少し近よってついていった。ところが、ちょうど川のそばに出たので若者はちょっと水を飲んでおる間に和尚さまの姿を見失ってしもうた。あわてまいことか、その辺の道は全部行って見たし、けもの道もみたし、木の根っこの穴まで探したが、見つからん。そこでしかたのう元のところへ戻って昼めしを食おうと思って川端に腰かけると、せせらぎの音にまじって何やらカツン、カツンと音がする。はて、何の音かとその方を見ると、川のまん中辺に大きな一枚岩がつき出しておってその向こうから聞こえてくるようじゃ。そっと近よってよじのぼり、下を見下ろすと和尚さまがござった。和尚さまは、二方が岩、一方が川という三方囲まれた場所で、何やら子供位の石に向ってノミをふるっておられた。あたりには彫りかけてやめたらしいのが三、四個放っぽり出されておった。若者がよくよく見ると、どうも地蔵さんらしいが、なんせ石工でもない和尚さまの彫りもので、あまりうまくはなかったと。若者はよおくみてからそっと岩をおり、急いで村へ戻って年寄りに知らせた。「そうか、和尚さまは地蔵さまを彫ってらしたか。そうか、ならまあ何も言うことはねえが、それにしても何でまた、そんなもん彫る気になったんじゃろなあ。」するとあの善兵衛さんがこういった、「わしにゃ判るような気がする。和尚さまはきっとわしらと一緒に居てくださるんじゃ。」他の人たちは何だかよう判らんかったが、ほっておいても大丈夫ということになったので和尚さまには何も言わんことにした。

 それからしばらくたってから和尚さまは村の衆を集めて話をした。「わしがこの春先から山へ通うようになって、皆の衆も不審に思っておったじゃろう。実はな、わしは、皆の衆に何もしてやれんかった、じゃからせめて皆の衆やその子や孫やその先の先までこの村に居て見守ってやりたいんじゃ。とはいうても、わしはもうこの通りそんなに先の長い身ではない。じゃからわしは地蔵さまをこのわしの手で彫って、村に残すことにした。その地蔵さまも大体出来上がったんじゃが、まだ魂が入っとらん。そこでこれからわしは七日七晩山に籠って最後の仕上げをする。七日七晩たったらどうか皆の衆、山の中の川沿ぞいの一枚岩のところまで来てくだされ。皆の衆に運んでもらわねばならんでのう。」こういって和尚さまは翌日から山にこもることになった。

 さて、約束の七日七晩がたったので村の衆は、そろって山へ出かけた。この間の若者が先頭に立って案内をした。そうしてあの一枚岩の前へ来たんじゃが、何とのう声もかけにくうて皆黙って立っておると、岩の向こうから声がするんじゃ「おいでなされ、こっちじゃこっちじゃ」とのう。それで皆の衆は岩をこえておそるおそる向こう側へ回ってみた。ところがどうじゃ。和尚さまの姿は見えんで、一体のお地蔵さまが、にこにこ笑いながら立ってござる。他にも彫りかけの地蔵さまが少しあったが、和尚さまは見えん。皆いっしょうけんめいになって捜してみた。「おーい、和尚さまー。どこにいなさるんじゃーい。」口々に呼んでみたが応えがない。そのうち村人の一人がこういいだした。「きっと和尚さまはこの地蔵さまになられたんじゃ。うんそうにちげぇねぇ。ほれ、この笑顔を見てみろや、にこにこ、にこにこして和尚さまがほろ酔いかげんで、子供を膝に抱いとる時のあの顔じゃ、うんちげぇねぇ」「そういえばそうだなあ」「そうだそうだ和尚さまは地蔵さまになられたんじゃ。」そこで皆はその地蔵さまを村までかついできてみんなの通る道へおいたんじゃ。そしてこの地蔵さまを「和尚さん地蔵」とか「ほろよい地蔵」と呼ぶことにした。ほれ、今もこの村のはずれに立っとるあの地蔵さま、今では皆「よい地蔵」と呼んどるが、あれがこの地蔵さまなんじゃ。それからの、あとで村の人が一枚岩へ行ってみると、彫りかけてあった地蔵さまはいつのまにかまわりの岩にくっついて、はなれのうなって苔が生えておったと。「ほろよい地蔵」さまの方はな、ひどく村人が困っておると、あの重たい体を持ち上げてな、どこかへトコトコ歩いていくんじゃそうな。そしてどっからともなく戻ってきて、米や金や、それに酒などを持ってきてくれるんじゃと。それから時々はな、自分で徳利をぶらさげてな、一晩飲みあかしに来ることがあるそうじゃ。酔ってかっぽれをおどったら根太を踏み抜いてしもうたという話じゃ。こんな雪の晩などはもしかしたら、いらっしゃるかもしれんのう。

{とっぴんぱらりのぷぅ}

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コメント

まるで日本昔話を読んでいるようでした。19歳の時に書かれたとは、恐るべし(^^; 読んでいると場面が頭の中に浮かんできて、和尚さんの顔はもう決まっています(笑)。とても良いお話で胸の中が暖かくなりました。とっぴんぱらりのぷぅ、も懐かしいような不思議な気持ちになります。

 汗顔の至り、です。進歩しないもいいところ。
青年がそのまんま爺さんになってしまいました。
高校時代に仏教に接し、ニーチェに傾倒し、大学に入って、この文を書いた翌年、大学闘争に関わり、その結果が、ずっと続いて続いて今に至るわけです。丸くなんかならないぞ、と角ばったかかしは笑っているわけです。

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