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2009年3月 2日 (月)

梅の木学問

0220hakubai32009.2.15付朝日新聞の「天声人語」に「梅の木学問」という話が載りました。

(前略)
 今が盛りの受験との縁も、切っても切れない。学問の神様といえば菅原道真。その天神様の、梅はシンボルでもある。寒さに負けぬりりしさは受験生を励ますが、「梅の木学問」なる戒めもあるから心構えが肝心だ。
 梅の木は成長は速いが大木にはならない。転じて、小器用に身につけた大成しない学問のことを言う。江戸の昔からある言葉だが、受験勉強を暗示しているようなのは皮肉である。
 その逆を「楠(くすのき)学問」という。去年の朗報だったノーベル賞諸氏はこちらだろう。梅の花に願をかけ、合格したら「桜咲く」では梅に申し訳ない気もするが、若い世代に将来の楠の多からんことを願う。明日からまた、梅の似合う冴(さ)え返(かえ)りに列島はつつまれるそうだ。

広辞苑第五版によりますと

うめのき‐がくもん【梅の木学問】梅の木が生長は速いが大木にならないように、進み方は速いが学問を大成させないままで終ること。
くすのき‐がくもん【楠学問】クスノキが生長は遅いが大木になるように、進み方はゆっくりであるが学問を大成させること。

私はあまり植物に詳しい方ではありません。ですから、「印象」という形でしかお話しできませんが、クスノキってものすごく成長は速いですよ。大田区の区の木であるクスノキの実生苗を頂いて、植えてから30年弱ですが、ものすごいスピードで成長して、相当な「大木」になりました。上の写真の梅の木などよりはるかに太くまっすぐ高くなりました。

よく分からないのですが、梅ってそんなに成長が速いですか?毎年のように出る若い枝はスーッと伸びますが、中心の幹はなかなか太くならないように思うのですが。樹齢が2,3百年でも、そうものすごく太くはないような気がする。
たいてい曲がってますから、材としては使いにくいでしょうね。でも、結構緻密な材なんじゃなかろうか。梅の材で落款を彫ったりしませんか?緻密だから。

クスノキは成長は早いし、まっすぐで材としては素直。彫刻などにも使いますね。比較的彫りやすいのでしょう。クスノキの大木で、舟をつくったのは古代文化。

なんだか、私の個人的なイメージでは、クスノキ学問の方が「促成栽培的」な感じがするんですが・・・間違っているのかなぁ。
素直な大物、という意味では良いですね。

ものしらずの、恥さらしでした。


能楽笛方藤田流11世家元 藤田六郎兵衛さんのお話です。
http://www.hananozaidan.or.jp/kokoro_h49.html  から引用。

(前略)
「芸の仕様は梅の木のごとくよしといふ。梅の木立は荒々しく強くおそろしけれども、花は美しく匂いありて見事なり。総じて芸の仕様は、剣を練貫に包みたるようにすべしといふ。」この言葉に出会った時「梅花集」という題字に込められた丹斎翁の思いはかくやばかりと思いました。私の勝手な思い込みかもしれませんが。
 しかし、この「梅の花」に対する思いと反対のような話もあるのです。「梅の木学問という事あり。梅の木は一年の中に一間も延ぶるものなれど大木遂になし。楠は一年に一寸より延びずと雖も大木あり。其の如くに学問芸術も一気に学ばんとおもふは悪しく少しずつ年を入れて学び大成すべきなり。早く覚えたる事は早く忘れ手間をいれ能く学びたる事は後々までも忘るる事なし。然し早く覚えて忘れざるは天下一の事也。」
 如何でしょうか。先人達は何と素晴らしい言葉を残してくれたのでしょうか。
芸の世界は死ぬまで、一生が修行と言われています。
私は「梅の花」のように生きたい。
そして「梅の木」でも「忘れざるは天下一の事」そう言われる「梅の木」として舞台を務めていきたい。

◆梅の木の盆栽などは、何百年も代々に、手間をかけ、枝ぶりを整え、どっしりした姿になりますね。

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コメント

面白いですね~。
かかし先生に問題提起されなければ、見過ごしていました。

前の家の庭には、先住主さんが植えられた梅の木がありました。
「記念樹です。」と言われていたので、もしかしたら最初に植えられたものかもしれません。東の角にありました。20数年経っていたはずですが、幹は太くは無かったです。

さて、「梅の木 寿命」で検索をかけてみました。
梅は、25年がピークのようです。実がなるのが、ということです。
何故大樹にならないかというと、幹が裂けて地をはう樹勢になるからだそうです。

結論からいいますれば、成長が早い、というのは、花も実も、早くから楽しめるからでしょう。そして、大樹にならないのは、百年もするうちに、幹が裂けて、地を這うから。樹齢400年の梅も存在するそうです。老木は「臥竜梅」の名を持つように、裂けて地を這っているようです。

桃栗三年柿八年、とか、桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿、という言葉を思い出しました。

 「学問」というか、教育というか成長というか、素直にすごい速さでぐんぐん伸びる時期と、外見的には完全に停滞していても、内部ではすごい力で熟成・醗酵している時期と、いろいろあって、みのるものでしょう。
 芋虫は猛烈な勢いで何千倍にも大きくなりますが、蛹の時期に、体内の体制を細胞レベルで組み替えて成虫の体に作り変えます。
 教育って、人の成長のそんなところに立ち会えるのが、楽しみなんですよね。

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