湯たんぽ(水蒸気爆発)
◆浅間山の噴火について、「水蒸気爆発」という記事がありました。
浅間山噴火は水蒸気爆発 マグマはわずか 東大地震研:(アサヒコム、2009年2月4日0時31分)
東京や房総半島にも火山灰が降った2日の浅間山の噴火は、マグマではなく、熱で膨張した水蒸気が噴出し、火口に堆積(たいせき)していた古い溶岩などを吹き飛ばした現象だったことが分かった。火口の「ふた」が吹き飛んだ格好で、今後の噴火でマグマが噴出する可能性もあるという。
東京大学地震研究所が火口から約8キロで採取した火山灰を解析。新しいマグマの噴出を意味するガラス成分は数%以下でほとんど含まれていなかった。マグマではなく水蒸気爆発に近いと判断した。
浅間山は火口下に水蒸気などが充満した「ガスだまり」があり、さらにその下に「マグマだまり」がある。今回はマグマの熱で「ガスだまり」が膨張し、04年の噴火の堆積物を吹き飛ばしたらしい。高感度カメラの画像で赤く見えたのは、高温に熱せられた噴出物や火山ガスだった。
地震研の中田節也教授は「2日の噴火は10分程度と時間も長く、火口で岩石が『うがい』をするような状況で、石がぶつかり合って細かい火山灰が発生した」と話す。
この場合の水蒸気爆発とは、高温のマグマに水が接触して、水蒸気を発生し、その圧力で爆発的に堆積物が吹き飛ばされた、ということのようです。
「水蒸気爆発」という言葉は、結構、便利に使われていて、意味があいまいなことがあります。一応、高温物体と水の接触で急激な水蒸気の発生が起こる、ということが基本的な意味です。
◆ところが、私が少年のころ、初めてこの「水蒸気爆発」という言葉を知った時は、ちょっと別な意味でした。
ガラス玉に水を封入する。このガラス玉を熱していくと、中で圧力が上がり、100℃では沸騰できずに100℃を超えた液体の水ができる。なお加熱を続けると、ガラス玉が内圧に耐えきれなくなって割れる。すると中の、高圧で100℃を超えた液体の水が一瞬にして1気圧になり、100℃を超えた液体の水は存在し得ないので、一瞬にしてすべてが気体になる。この急激な体積膨張が「爆発」になる。
こういう話を聞かされて、納得しました。地下のボイラーなどでこのタイプの水蒸気爆発が起きると、ビルが吹っ飛ぶくらいの爆発になる、とも聞かされて、驚いたものです。
◆上に引いたガラス玉の話と同じ事故が、実は、最近たくさん起こっているようなのです。
それは、湯たんぽの事故、圧力鍋の事故です。
●まずは、湯たんぽの事故
① 平成19年1月3日(北海道):ゆたんぽのふたをしたままガスこんろにかけ寝込んでしまったところ、破裂してアパートの部屋の窓ガラスが割れた。
② 平成19年12月6日(兵庫県)、平成20年1月5日(福井県):金をはずさずに電磁調理器でゆたんぽを暖めていたところ、破裂して調理器などが破損した。
③ 平成20年1月27日(長野県):ゆたんぽのふたをしたまま石油ストーブの上に乗せて加熱し放置していたところ、破裂してガラス、引き戸、テレビなどが破損した。
●何が起こっているのか、説明します。
グラフを見てください。このグラフは水の状態図というものの一部です。(データは理科年表からとり、グラフ化しました。)横軸は摂氏温度「℃」、縦軸は気圧「気圧」です。(学術的にはパスカルという単位を使いますが、分かりにくいので「気圧」単位としました。)
このグラフの曲線の左上側の領域では水は液体として存在し、曲線の右下側の領域では水は気体として存在します。そのような存在状態をグラフ化したので、状態図というのです。
グラフ中のA点は、20℃、1気圧です。通常の生活環境です。
この20℃の水を、1気圧下で加熱していくと、温度が上がっていき、曲線にB点でぶつかります。ここが沸点です。1気圧のもとでは100℃です。もし、1気圧のままで加熱を続ければ、水に対して与えられた熱エネルギーは、沸騰によって液体が気体に変わるときの熱として運び去られ、液体の水がなくなるまで沸騰が持続します。
すべてが気体の水になった後も加熱を続けると、今度は気体の水の温度が上昇し、点Cの方へと進んでいきます。これはごく普通のこと。
もし、湯たんぽを蓋をしたまま加熱するとどうなるか。中で水蒸気=気体の水、が発生しても逃げ場がありませんから、圧力が上がります。圧力が上がると、沸点も上がりますので、グラフの曲線にそって温度上昇にとともに圧力も上昇していきます。
例えば、点Dのところの圧力で湯たんぽが耐えられなくなったとしましょう。(多分もっと高圧まで耐えます。このグラフでは後でお話しする圧力鍋との関連で、Dを2気圧のところに設定しました。Dが曲線上のもっと高圧側であっても話の筋書きは同じです。)
点Dでの圧力に湯たんぽが耐えられなくなって、湯たんぽが割れました。
2気圧の水蒸気がシューっと噴出するだけだ、と思われるのではないでしょうか。
違うんですね。湯たんぽが割れたので、湯たんぽの中が1気圧になってしまいます。すると、1気圧のもとで120℃の液体の水というものは存在し得ませんから、水全部が一瞬にして気体になってしまうんですね。点Eへ移るわけです。
これは大変な体積膨張を伴うわけでして、爆発になります。
上に引いた、事故例でも、水蒸気が噴出したという生易しいものではなく、窓ガラスが破れたり、テレビが破損したりしていますね。まさに爆発事故になったのです。
爆発というと、ガス爆発とか、火薬の爆発とか、そういうものを考える方が多いと思いますが、そもそも爆発とは「短時間における急激な膨張」のことなんです。ですから、火薬やガスがなくても、液体の水が一瞬にして気体になるということで十分爆発になるのです。
これも、水蒸気爆発というものの一つの形態です。
水蒸気の噴出とはケタ違いの出来事なのだということを認識してほしいのです。
湯たんぽにひびが入っても、水蒸気が噴き出す程度だろう、というわけにはいかないのですね。
●次は圧力鍋。
我が家でも、もう30年以上圧力鍋を使っています。使い方さえ正しければ便利な調理器具です。我が家のはラゴスティーナの鍋です。
フタに圧力調整用の弁があって、内部が2気圧程度になると、水蒸気を逃がして内圧をほぼ2気圧に維持します。すると、内部では120℃くらいでの沸騰が続くので、普通のオープンな鍋ではできない調理ができるというわけです。
上のグラフは、2気圧で約120℃ということが分かるようにました。
圧力鍋のフタには、もう一つ安全弁があります。もし、水蒸気を逃がして圧力を一定に保つ調圧弁が何かの不具合で正常に働かなくなった時の安全装置です。硬めのゴムか何かでできた弁がはめてあって、限界を超えるとこの弁が弾き飛ばされます。
一度だけ、この弁が作動してしまったことがあります。粘っこいものを煮てしまい、圧力を逃す弁が詰まってしまったのです。
安全弁が吹き飛び、その結果、鍋の中が一瞬で1気圧になり、鍋の中の水分が一瞬で全部気体になり、粘っこい煮物が全部噴出しました。すごかったです。でも、爆発には至りませんでした。それが安全弁というものの働きです。
●さて、圧力鍋の事故です。
【ここがポイント! 暮らしの安全】取扱説明書を読もう(1)朝日新聞2008年08月27日
・・・
ここ数年、炊飯器を使った新しい調理方法を紹介した書籍が出版されている。介護食や単身世帯向けの食事を中心に、煮物や肉料理などの本格的な調理が紹介されている。
都は先日、これらの方法で調理すると、場合によって高温の蒸気などが噴き出す危険があると発表した。
ある消費者が書籍を参考に炊飯器を使ったところ炊飯器の中身が飛び出し、やけどを負った事例があった。そこで都が圧力式炊飯器を使って実際にテストした。その結果、蒸気口をふさぎやすい豆料理やポリエチレン製の袋に食材を入れる調理、アク取りシートを使用する調理では、蒸気が蒸気口や炊飯器のすき間から急に噴出したり、炊飯器のふたを開けたときに中身が飛び出したりする危険性があることがわかった。
メーカーの取説には、圧力式炊飯器の蒸気口をふさぐような調理は内圧が高まって危険であるので、調理しないようにと記されている。
・・・
この記事の中で触れている東京都の調査も見てみました。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/CHOUSA/2008/07/60i7f100.htm
平成20年7月15日:生活文化スポーツ局
過去約10年間に全国の消費生活センターに寄せられた相談情報によると、近年、圧力式炊飯器の使用中に「フタが突然開き、飛散した内容物によってやけどした」等の相談が増加しています。相談の中には市販の書籍を参考に炊飯以外の調理を行ってやけどしたものもあり、圧力式炊飯器を炊飯以外の調理に利用することが事故の遠因となることが考えられました。
そこで、東京都では、圧力式炊飯器等の安全な使用方法に関する調査を行い、結果を消費者に情報提供し、事故の未然防止を図ることとしました。
1 調査結果
(1) 取扱説明書と炊飯器調理を紹介した書籍の調査
圧力式炊飯器の取扱説明書には「炊飯中はフタが開かない」や「フタの蒸気口をふさぐ恐れのある道具の使用を避けること」が記載されていた。
その一方で、炊飯以外の調理方法を紹介した書籍があり、それらの中には「途中でフタを開けて様子をみる」等、圧力式炊飯器の禁止事項に該当する記述が見受けられた。
(2) 再現テスト
圧力式炊飯器で、1) 豆の調理事例、2) アクとりシートを使用する事例、3) ポリエチレン袋を使用する事例の再現テストを実施した。その結果、炊飯器の蒸気口がふさがれ、内容物が飛び散ったり、高温の蒸気がふきだした場合があった。
・・・(後略)
・「炊飯中にフタを開けて様子をみるよう指示している書籍が4冊あった」そうです。
もってのほかです!
調理というものはすぐれて「理科的」なものなのです。化学も知らない、物理も知らない、で責任ある調理法が開発できますか!
加圧調理中にフタを開けるなんて、初歩の初歩の大間違い。よく恥ずかしげもなくそんなことが書けるものです。
・ポリエチレンというものは純粋な物質のようなくっきりした融点がありませんが、おおよそ、110℃~130℃くらいでとろけてしまうものなのです。加圧調理中は100℃を超えるのですから、調理対象は粘っこくなくても、ポリエチレンがねっとりべっとり、圧力調整弁をふさいでしまう可能性はとても大きい。
情けないですねぇ。自衛しましょう。料理研究家と自称しておられる方々の本を信じないこと!やはり基本的にメーカーの取扱説明を読んで理解し、禁止事項は守ること、です。
水蒸気爆発は、遠い火山での出来事ではありません!家の中の台所で起こりうる事故です。
圧力を異常に高めないようにさえすればよいのです。
ぜひ、ご自分の身はご自分で守ってください。
◆私のホームページ「案山子庵雑記」で、原発での事故に触れて、この水蒸気爆発を扱った記事を書きました。関心がありましたら、お読みください。
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