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2009年2月25日 (水)

出世

2009.2.23付 朝日歌壇より
「だから出世しないのよ」妻の直球(ストレート)内角一杯低目に決る:(横浜市)折津侑
 永田和宏 評:「内角一杯低目」などという余裕でかろうじて死球(デッドボール)を免れた。お見事!

読んで、思わず笑ってしまいました。見事なストレートですねぇ。まるっきり打ち返すこともできず、見事にスパッと決まってしまいました。
夫婦っていいものだなぁ。

◆私が教師になったワケ。
 障害を乗り越えて、何ていうのは高校生の頃からうさんくさいことだ、と思っていました。障害があるのだから、障害とは関係のないところで勝負しろ、とかもいわれて、そりゃないだろう、とも思っていました。高校生のころ、漢文の先生の薫陶を受け、逆に、高校生と付き合う職業っていいな、とも思っていました。大人であり大人でなし、高校生という年代が好きです。
 さて、教壇に立って、授業をすれば、教師人生の中で千という単位で数えられる生徒たちと出会うことができる、その生徒たちは私を見て育つ、その生徒たちが「2回目」に障害者と出会うとき、初めての出会いの人とはきっと違う対応ができるようになるのではないか。
 それはきっと、障害者を囲む「障害」を低くすることに、微力ながら貢献できるのではないか。これが、教師という職業を選んだ一番大きな理由です。
 2番目の理由はというと。大学闘争を経て、「偉くなる」ことへの幻想に愛想が尽きてしまって、また、障害者ということにこだわり続けること、社会的には「弱者」のポジションにこだわり続けることを選択しようと心に決めましたので

偉くならなくても変な目で見られない職業 としての教職は最高だ、と思ったわけです。
人生の出だしで「出世しないこと」を選んだわけです。
で、貫き通しました、エライでしょ。(いばるほどのことじゃぁないけど。)
こういう変人と歩みをともにしてくれた伴侶は「Better Half」どころか「Best Half」ですね。
妻の直球には弱いんだよなぁ、夫たるもの。

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