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2009年2月 4日 (水)

かなしみ

2009.2.2付 朝日歌壇・俳壇より
幾度も同じ話をする父に同じところで笑ってあげる:(福岡市)松尾あのん

これって、かなしいですね。過去の記憶の中に生きている人。その記憶も変容し、願望が事実のように作り直されたり、自分なりの伝説があたかも記憶のように語られたり。
そして、それが、自分の親であるということ。つらいな。

◆話の向きを変えます。
 作者のお名前は珍しいので、前にもひかなかったっけ?と調べてみましたら、やっぱりありました。

http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-f233.html

ここで、「紅」と題して、2009.1.19付の朝日歌壇から下の歌を引用しました。
生きてゐること面倒と思へども初鏡して濃き紅を点す:(福岡市)松尾あのん

合わせて読むと、また・・・年齢というものがつらいですね。

2009.2.2付 朝日俳壇にこんな俳句がありました。

寒紅を差して一人を生きぬかん:(高松市)真鍋孝子

やはり、女性にとって「紅」というものは特別な意味合いがあるものなのですね。 女性って、美しくて、たくましいな、とつくづく思います。

こんな歌もありましたよ。

失職の吾に明るい母の声頑張らなくても春はきますよ:(アメリカ)ソーラー泰子

特別なタイプの女性がいらっしゃいまして、強烈な励ましを与えてくれるのです。そういう人に、なんとかなるわよ、おやんなさい、とかいわれると、そうかぁ、いくかぁという気にさせられてしまうんですね。男性にはそういうタイプってあまりないな。

存在そのものがエネルギーを放射しているような人、っているもんです。

 

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