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2009年1月 9日 (金)

子猫を拾ふ

2008.12.22付 朝日俳壇より
朝焼けの中の子猫を拾ひけり:(群馬県)酒井せつ子
 長谷川櫂 評:朝焼けの空のもと、子猫を拾った。ふつうに詠めば、そうなる。「中の」が大胆。

 句そのものの話ではないのです。句に引き起こされた、私の中の思いを書きたくって。
かつて、勤務していた高校での話。
 授業を受け持ったわけではないのですが、よく準備室に話し込みに来てくれた女子生徒がいました。とても真面目で遅刻など全くしない生徒なのに、ある定期テストの時に、開始のベルが鳴った後に、この生徒と他に二人くらいが息せき切って準備室に飛び込んできました。
どうしたの?と聞くと、駅前の水たまりに子猫が落ちていたので、飼い主はいないかと探したのだけれど、見当たらないので連れてきたというのです。濡れた子猫はとても寒そうでした。乾いたタオルで拭いてやって、別の乾いたタオルでくるんで籠に入れ、そこまでやってテストを受けに走っていきました。
 テスト終了後、早速やってきました。一応、拾った駅前に行って、子猫を探しています、というような貼り紙がないかどうか確認してから、獣医さんに連れて行き、診てもらって、ミルクセットなどを買ってミルクを飲ませてあげるように話して、タオルごと連れて帰らせました。
 翌日、テスト終了後、再びこの生徒が準備室にやってきました。
「あの子猫は夕べ死にました。でも、我が家の猫として死ぬことができことは、せめても幸せだったと思います。」と涙ぐみながら話してくれました。
 私もなんだか辛くって。そのように言ってあげることのできる君に短時間でも飼ってもらえたのだから幸せだったと思うよ、としか言えませんでした。

 この生徒には実は別のことでも、心をうたれたことがあるのです。
私のホームページに書いた文を引用します。
http://homepage3.nifty.com/kuebiko/essay/taisyoku.htm   から

 今は嘱託員として都立広尾高校に勤務して、思いやり深い生徒に出会い感動する日々です。(2005年3月末をもって嘱託員も終了しました)。最近、ドアを開けたら後に続く人をちょっと待ってあげることが日常的になってきました。とても嬉しい心配りです。ある女子生徒が、そうやってドアを開けて待ってくれたのですが、礼を言いながら通り過ぎる私に彼女は「急がせてしまってすみません」と言ってくれたのです。これほどの深い思いやりに出会うとは、思いもかけぬ幸せでした。(授業を担当している生徒ではありませんでした。いつも私を見てくれていたのだと思います。さりげなく、相手に負担をかけないまなざしで見続ける、というのは、とてつもない優しさ、思いやりだと思います)。以来、私も、お年寄りやベビーカーのお母さんなどに対してドアを開けて待つときには「急がないでいいですよ、ゆっくりどうぞ」というようになりました。生徒に教えられる幸せをかみしめています。私の教師人生は、豊かな障害者達や思いやり深い生徒に、初めから恵まれています。また、私の思いを真剣に受け止めてくれた同僚達がいつも支え続けてくれました。私と出会ったことによる「生き方の変化を検証する」というようなことはしませんでした。私はただひたすらに「願いつつ、障害者教師人生を走り抜け」てきました。すべての学校に障害者教員が配置されたら、そこに起こる障害者教員と、児童・生徒と、健常者教員との相互作用の中に、心を豊かに、いのちを大切にする教育の芽が自然に芽吹くのではないかと夢見ています。

なんという優しさに触れたことか。今も深く心に刻まれて忘れられないことです。
ご両親がおそらく、言葉で教えるのではなく、ご自身の行動で、生き方で、このような思いやり深い女性を育てたのだと思います。そのご両親にも、深く頭が下がります。

冒頭の句に惹起されて、思い出話をしました。お読みいただいてありがとうございました。

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コメント

いつもは、一日に一回のコメントに抑えていますが、今日はすいません、二回書き込みさせてください。

とても、いい生徒さんです。
このお話を書いていただき、本当に嬉しく思います。
ありがとうございます。
こういう、なんて言ったらいいのでしょう。
こころ洗われるというと、ありきたりな表現なのですが、「魂」の美しさを感じるような、そういう気持ちになります。

実は、私も教員でした。
が、くたびれ果てて結婚退職しましたので、言いたくないのです。
そして、私は生まれながらに奇形を持っています。
生徒に「気持ち悪い」と言われたこともあります。
かかし先生のようにありたかった、と思いますが、でもこんな私でも、棺桶まで持っていきたい、いい話もあります。

美しい言葉(思い)は、肉体を超えて、存在すると思うことがあります。

そして、それに触れたとき、「おすそわけ」してもらったような、こころがぐんと広がるような、深くなるような、そんな気持ちになります。

 私はひとめ見れば分かる障害者なので、逆に楽なんです。最近はプールの更衣室で子どもにおじさんどうしたの、などと聞かれると、嬉しくなります。おじさんはねぇ・・・と話をします。プールに来る方々も、障害者が泳ぐ、ということへの「変な思い入れ」が消えるでしょう。毎週やってきて2000m泳ぐ障害者を見ていれば、泳げる人は泳げる、という当たり前のことに気づきます。

 内部障害者や、なかなか外見的に見えない障害をおもちのかたなどは、辛いだろうと思います。いちいち説明しながら歩くわけにもいかないしなぁ。
 最近の話では、知的障害のある方の犯罪について、とても悲しい気持ちです。状況の急激な変化には適応できず、行動がパンクしてしまうということが理解されるといいのですが。
 肢体不自由などの障害と、知的障害とを同じ言葉でくくるのは、危険なことかもしれません。「分けろ」というのではないのです。ただ、接し方が全然違うよということを広く知ってもらわないと、健常者にも障害者にも双方に不幸なことでしょう。地域で生きていくといっても、地域の方はどう接していいのか、わからなくなってしまいます。
 すべての人の心が、おだやかに和ぎわたる時が来ますように。

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