紙のにほひ
2009.1.19付 朝日歌壇より
刷られたる言語違へど図書館の紙のにほひに故郷を思ふ:(シンガポール)関澤元史
自身があったら、私は本の雪崩に埋もれて最期を迎えるんだろうな、と思っています。
人間の社会から「裏」というものが消え去ることはないのかも知れません。でも、裏は自らを裏と自覚して、今のように表の社会に公然と顔を出すべきではないのです。
本にも、「裏」というものがあります。近頃の本屋さんは、あくまでも明るくて清潔で、「表」しかない店が多くなってきて、つまりません。なんだか居心地が悪い。隅っこ、陰影、不健康、不道徳・・・どこかに「裏」のある書店の方が健康だと思っています。
その意味で、古本屋は大好き。裏の匂いが立ち込める。日焼けした本。書き込みのある本。書き込みをした最初の読者がどういう気持ちで読んだのか。
図書館では、書き込みは許されない行為ですが、それでもやはり、明るく健康な書店にはない「不健康さ」がありますね。古びた紙の匂いであり、汚れた表紙のほつれであり。
不思議なところで故郷を思い出されました。深い想いだと伺われます。
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