親不孝
2009.1.26付 朝日歌壇より
親不孝通りと言へど親もなく親にもなれずただ立ち尽くす:(ホームレス)公田耕一
佐佐木幸綱、高野公彦、永田和宏の3氏が選んでおられます。
高野公彦 評:昔そう呼ばれた通りが横浜にある。己が人生に呆然としてそこに立つ作者。
永田一広 評:公田氏、親が生きていてこその親不孝だが、「親にもなれず」なる四句に万感の思いがある。
高野氏は相変わらず、評の形で註をつけてくださいました。私は横浜にそういう名の通りがあるとは知りませんでした。
親不孝、か。なんだい、おれは親にもなれないじゃないか。と。
この先、どういう人生になるんだろうなぁ、おれ。と。
「立ち尽くす」という言葉が胸に刺さります。
永田和宏氏は次の歌も選んでおられます。
屋根があるだけの違いよ公田さん年金生活薄氷の上:(北九州市)中村テルミ
佐佐木幸綱氏はこの歌も選んででおられます。
東京に年越し村といふ災害時のごとテント村並ぶ:(塩尻市)米窪千加代
人を大切にしないで、社会が立ちゆくなどということがありうるでしょうか。
私は、ずいぶん昔から、麻生さんの対称性のないお顔を見て、この人はリーダーの器ではないな、と考えていました。物事を斜に構えて見るお顔です。リーダーの資格の一つに、対称性の良い顔、というのはあるんだと思います。物事を、きちっと正面からとらえて対処することを考えてくれそうだ、と信頼が寄せられます。
なんだか、日本の社会、斜めに傾いてますね。
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