遠い日
2008.11.17付 朝日歌壇より
遠き日に湖底となりし水車小屋恋を語りし人の顕ちくる:(沼田市)笛木力三郎
「顕ちくる」というのをどう読んだらよいのか分かりません。私の想像力では「たちくる」なのかなぁ、と思っています。「立ち現われてくる」ということでしょうか。
視覚的な記憶がまざまざとよみがえってくるのだと思います。同時に、触れる体、香る髪、おそらくそういう記憶がどっとあふれてくるのでしょう。
切ないな。記憶をよみがえらせる源がすでになく、おそらくは甦る記憶の中の人ももういない。哀しいな。
信濃路の花野に君と追いし日よしおからとんぼむぎわらとんぼ:(東京都)長田裕子
永田和宏 評:亡き人を想う歌だろうか。下の句の対句的リフレインがかなしみを湛えている。
「君」というのが誰なのか、考えています。永田さんのいうように、「亡き人」というのが自然でしょうね。二人で走った花野。ああ疲れた、といって座り込んで肩を寄せ合った記憶。
もし、「君」が「我が子」だったら。「とんぼ」がそんな考えを私にもたらすのです。息子とトンボを追って走った花野。この場合は亡くなったと考えるのは悲しすぎる。
一人花野に来て、トンボを見て、息子と過ごしたあの時間を想う。そんな気もするんですけれどね。
遠い日の至福の時 濃密に凝縮された時間 あざやかな記憶のかなしさ
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コメント
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「信濃路の・・」は自分の幼い頃を思い出しました。
一つ年下の幼なじみと私が小学校に上るまで毎日のように遊んでいました。信濃ではなく埼玉の片田舎でしたが、トンボもセミもたくさんいました。今は面影もなく、五十年以上前の悲しいくらい懐かしい思い出です。
投稿: 桔梗 | 2008年11月18日 (火) 23時41分
私の「遠い日」は、綿羊小屋の匂い、山羊のお乳を絞って飲んだ暖かさと味、人差し指にとまる赤トンボ・・・そんな、秋田の母の実家の記憶です。
これは、私にとって「ふるさと」ではないですね。小1まで住んだ借間暮らしは、虫好きの原点ですが、「ふるさと」ではないですね。それ以降成人するまで住んだ借家生活は、やっぱり「ふるさと」ではないですね。
たぶん、私には「ふるさと」はないのです。
投稿: かかし | 2008年11月19日 (水) 10時51分