鯉の大口
2008.10.27付 朝日歌壇より
水紋はまこと静かに広がりてゆらり消え入る鯉の大口:(豊中市)武富純一
大きな鯉が水面に顔を出し、口をパクリとさせて、身をひるがえして水中に戻っていく。平らだった水の表面に、ゆったりとした波が生じ、粘っこいほどのゆるやかさで広がっていく。
メダカが水面をつつくのとは違うんですよね。大きな鯉のゆったりした動きと、水面の波。いかにも「鯉」なんです。
昔、小学生だった頃、あるおじいさんの家によく遊びに行きました。ランチュウやオランダシシガシラなどの品評会で、横綱や大関を獲得したことのある人で、いろんな話を聞くのが好きで通っていました。おじいさんも私をかわいがってくれて、なんでも教えてくれたものです。広大な庭一面に水槽がつくってあって、品評会に出すようなランチュウは、畳一畳くらいの面積の水槽に一匹しか飼わないのです。贅沢な飼い方です。
いろいろ、不思議な水槽もあって、ミジンコをわかせるための水槽にヒルが泳いでいたり、巨大で深い水槽に、大きなウナギと鯉が同居していたり。
餌をやってごらん、ウナギや鯉が吸いついてくるから、と教わってウナギの口に触ったり、鯉の口に指を飲み込まれたりして遊んでいました。おじいさんがいうには、鯉を怒らせないようにしてのどの方に指を入れてご覧、歯があるから、というのです。
言われたとおりに、鯉の口の奥の方を探ると、硬い大きな歯がありました。この歯は、10円玉を折り曲げることができるんだぞ、と聞かされてびっくりしたものです。これは咽頭歯というものです。
「ゆらり消え入る鯉の大口」の奥には、実はすごい秘密があるのですよ。
という感想でした。
◆このおじいさんからランチュウやオランダシシガシラを分けてもらって(品評会レベルに達しなやつをね)、アカムシを分けてもらって、ずいぶん長いこと飼ったものです。楽しかったなぁ。
おじいさんは自転車に乗っていて事故に遭い、入院してしばらくして亡くなったのですが、痛かったでしょうに決して唸ったりしなかった、と後から聞きました。他の患者さんたちに迷惑をかけるわけにはいかない、という強い意志のなせるわざでした。子ども心に、すごい人だったんだなぁ、と悲しくって、でも心を揺さぶられました。
わたしもかくありたい。
« 身体には重さがある | トップページ | ハンカチ落とし »
「崩彦俳歌倉」カテゴリの記事
- 榠樝(2021.02.01)
- オオスカシバ(2020.10.06)
- 猫毛雨(2020.04.20)
- 諏訪兼位先生を悼む(2020.03.25)
- ルビーロウカイガラムシ(2020.01.17)
初めまして、武富純一と申します。
私の短歌、掲載いただいてどうもありがとうございました。
投稿: 武富純一 | 2008年10月30日 (木) 03時14分
なんだか、「言葉使い師」を突っついてしまったようですね。お恥ずかしい。視覚的な鑑賞をするタイプです。ゆったりとした水面にゆったりとした波紋がひろがってゆく・・・イメージ喚起力の強い歌に反応するたちなのです。
油絵のような歌、水墨画のような歌、あわい水彩画のような歌・・・ぜひお示しください。
投稿: かかし | 2008年10月30日 (木) 13時37分