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2008年10月10日 (金)

徒労への誠実

前の記事で「果てしもない徒労」というような言葉を書いていて、頭の中をよぎっていった思いがありまして、新たに稿を起しました。

◆宇尾淳子 著「昆虫からの贈り物 ある生物学者の一代記」、蒼樹書房、1995年刊

この本は、これから引用する部分も含めて、教師として生徒に語りかける絶好の読み物として、繰り返し使わせていただいた本です。

宇尾さんは「ゴキブリの女王」という尊称を奉られたような生物学者で、ゴキブリの生物時計の研究などで有名です。

いくつかの引用をお目にかけます。説明はしません。

★第十三章は「ヒトとゴキブリが握手する」という題です。(そもそもこの本の表紙絵が、ヒトとゴキブリが握手している絵なのです。)

昆虫もヒトも生物学的大綱においては同じ。

★終章「残照」

 かつて重篤の結核から奇蹟的によみがえった夫にとって、その後の人生は”もうけもの”の感が深かったらしい。右肺の機能が殆どなく、ストレプトマイシンの副作用による難聴、その後は高血圧、心臓病、前立腺肥大などなど、体中いたるところに病を持ちながら、健常者も顔負けなほど激しく生命を燃やし続けた。彼は建前抜きの本音だけを、内でも外でも押し通した信念の男であった。あれほどナンギで、かつ魅力的な人物は他にはいないであろう。

私達夫婦の京大時代からの友人、小澤壽一郎さんが、十年程前に一冊の本を刊行した。題して「徒労への誠実」。強直性関節炎で四十年間の闘病生活の後、六十二歳で世を去った一病者の伝記である。全身の関節が次第に動かなくなり、遂には餓死に至る奇病に、すぐれた知性と稀にみる勇気、そして深い信仰で立ち向かった人。彼の生き方の真髄は「徒労への誠実さ」であった。”努力しても、努力しても、少しも良くならない。それでもなお、誠心誠意努力する。そこにこそ、本当の人生、本当の悦びがある”と。

人生は時間の長短ではない、と吉田松陰はしきりに言ったそうである。「早すぎた。もっと生きて大きい仕事を仕上げてほしかった」という哀惜の言葉を多くの人からうけた。私もそう思う、しかし、彼は与えられた時間を完全に燃焼しつくして去っていった。もって瞑すべしであろう。

人の一生に対照区はない。与えられた条件下で自分なりに力一杯生きた私は”幸せ者”と言えるだろう。

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☆蛇足:対照区(コントロール)というのは、生物系の実験には必須の実験手法です。

人間はどうも、時間的に近接して起こった出来事を因果関係としてとらえがちですが、それを保証することはできません。

よく、ある病気の時に、ある薬を飲んだら治った、だからこの薬はこの病気に効く、という論法が使われます。もし、薬を飲まなかったらどうなったのか?薬を飲まなくても治ったかもしれないのです。ですから、薬が効く、ということを調べるには、同じ病気で、その病気以外のことについてはほとんど同じような人の集団を二つに分けて、一方のグループには薬を飲んでもらい、もう一方のグループには薬は飲ませない、という実験をして、統計的に見て、薬を飲んだグループで治癒率が高ければ、薬が効いた、というわけです。

エセ薬、健康食品・・・などで、対照実験のない「これが効く」というような宣伝を見たら、蹴とばしてやってください。

「人の一生に対照区はない」というのは、人生においては「もし~~でなかったら」「もし~~であったら」というような「対照実験」は原理的に不可能だ、という意味です。

人生、生きるということの「一回性」ともいえるでしょう。

私は「自分の人生に仮定法は使わない」と高校生のころから言ってきましたが、それも同じことです。

宇尾さんの言葉に、身震いするほど感動しました。生徒にこの話をするときも、いつも何だか涙腺がゆるんでしまうような、そんな気分で話をしたものです。

http://www.nextftp.com/jissen/3-1.htm から引用。

【対照実験】生命現象の持つ複雑なはたらきの要因は幾つあるか判らない。ある現象の原因が何であるかを調べるには、対照実験を設定し実験するのが良い。日本動物学会・日本植物学会編「生物教育用語集」(東京大学出版会)によれば、対照実験とは、実験を行う際、操作・条件などの要因に対する効果・影響を明確にするため、本来の実験(本実験という)と一つの要因以外の操作・条件をすべて同じにしておこなう実験をいう。生物学のように現象が複雑な分野では、本実験といくつもの対照実験の結果の比較検討が、要因の効果などを明らかにするために重要である、とある。 

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