まだ 架線
◆電車に電気を送ることを「饋電(きでん)」といいます。「饋」という字は「おくる」という意味です。面倒なので「き電」と書くことにします。
東急多摩川線の場合(他もほとんどそうなんですが)直流1500Vの「直流き電」です。その電気を車両に送り込む電線が「トロリ線」です。トロリ線からパンタグラフを通して、車内に取り込まれた電流は、VVVFというようなインバータ制御でモーターを回します。
◆さて、パンタグラフと直接接触するトロリ線が、直接支点から吊るされていたらどうなるでしょう?
重さのある針金を吊るのですから、どんなに強く引っ張っても、垂れ下がりますよね。それでは困ります。昔のトロリーバスみたいにゆっくり走るのであればまだしも、東急多摩川線でも80km/hくらいは出します。これは電車としてはゆっくりな方です。トロリ線がたるんでいたら、パンタグラフは滑らかな接触が保てず、付いたり離れたり、バウンドしたり、火花が飛んだりととんでもないことになるでしょう。では、実際にはどのようになっているでしょうか?
◆伸びない糸の両端を支えて垂らした時にできる曲線を「懸垂曲線」「懸垂線」「カテナリー」といいます。電線でもほぼ懸垂線を描くと考えられます。
下の図の、ABCDEFGという曲線が懸垂線(カテナリー)です。電車ではこの線を「吊架線」といいます。
ここから、下へ、AA’、BB’、・・・、GG’と「ハンガ」というぶら下げ用の道具を下げます。このハンガの長さはあらかじめ、カテナリーからぶら下げたときに下端が水平線上に並ぶように作ってあるのです。(老婆心まで。「A’」は「エイ プライム」と読んでください。「エイ ダッシュ」は間違いです。)
そうして、A’B’・・・G’に、トロリ線を吊るします。厳密にいえば、またその間もカテナリーになるのですが、上下のずれが十分小さいとして扱えますので、まっすぐに吊るされたといってよいでしょう。新幹線のように猛スピードで走る場合は、もう一段ハンガで吊るして凸凹をもっと少なくします。
◆さて、疑問。ハンガはトロリ線をどのように吊るしているのでしょうか?ハンガの先が輪になっていて、そこをトロリ線がくぐるというのが一番単純ですが、それだと、トロリ線にハンガの線の太さの凸凹が生じてしまいますよね。折角、水平にまっすぐ張ったのに、線自体に凸凹があったのではどうしようもありません。
この写真、いろんな情報が詰まっています。
まず、吊架線自体が線路に直角な腕木から吊るされているのが見えます。
その吊架線から、A,B,C,Dと4種類の「道具」が下がっていて、それぞれトロリ線と「つながって」います。
このうち、ハンガはAとDです。Bは何かよくわかりませんが、吊架線とトロリ線の間で張力をかけているのではないでしょうか。Cは電力を供給する線だと思います。ハンガAは以前からある古いタイプのハンガで、Dは新しいタイプだと思います。
これがハンガAの全体像。「エイッ」と手でひねったような曲がり具合が私は好きです。「技」を感じますよね。
では、ハンガが吊架線をどう支えているか、ご覧ください。
左がハンガA、右がハンガDです。
よく見ると、トロリ線自体に線が走っていますね。これ、溝です。そうして、ハンガは、その溝のところでトロリ線にかみついているのです。(あるいは、はさみつけているのです。)
トロリ線の断面のイメージ図を描いてみました。サイズなどは正確ではありません。私の「スケッチ」だと思ってください。
こんな感じなのです。電線なのに断面が円ではないのですね。
切れ込みが入っていて、ここをハンガがくわえて(かみついて)吊下げるのです。ですから、トロリ線の断面の下端はフリーですので、ここをパンタグラフがすっていっても、まったく凸凹がないのです。初めてこれを知った時は感動しましたね。理系の私には原理はよくわかりますが、実際の「技術の発想力」というものにはいつも驚かされます。いやぁ、感動です。
左がB、右はCです。
どちらも、トロリ線に強く接触するものですから、ハンガと同様、トロリ線の溝にかみついていますね。
このようにして、無事、トロリ線は水平に張られ、凹凸もなく、パンタグラフとなめらかに接して電力を送ることができるのです。めでたし、メデタシ。
[オマケ]上に紹介したのは「シンプル架線(シンプル・カテナリ)」という方式です。
近くを、新幹線や横須賀線も走っていますので、見上げたら、こんな方式も見えました。これは「ツインシンプル架線(ツインシンプル・カテナリ)」という方式です。シンプル・カテナリを二つ並べたものです。2本のトロリ線が並んでいますから大電流を供給することができます。たぶんこれは横須賀線でしょう。輸送量が多くて、急加速が必要でしょうから、大電流が流せるようにしているのではないでしょうか。
トロリ線の材質は、主成分は銅です。スズ、銀などを加えて硬度を増すとか、銅やアルミの中心部に鋼を入れたものとかもあるようです。
雲の多い空を背景にして、ちょうど日ざしが反射して、銅の色に輝いているところを撮りました。
新幹線が走るところを上から見られる場所などもありますが、夜にそんなところで新幹線の走行を見ていると、パンタグラフから青緑色の閃光を発していることがあります。実に美しいものです。(本当は電力が無駄になったり、トロリ線やパンタグラフが傷むので、あまりよい現象ではないのですが・・・。)
これは、銅の炎色反応です。きれいですよ~。
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