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2008年1月23日 (水)

上 見れば 虫こ

★大田区の久が原の台地の端っこで、二階の八畳一間に親子4人で間借りして暮らしていた、幼いころ。雪が降ると縁側に寝そべって、落ちてくる雪を眺めているのが好きでした。灰色の空から、白いはずの雪が黒く見えながら、ふわふわと舞い落ちてくるのが、なぜか好きでした。あんまり長時間眺めていると、母親に「寒いから中へ入んなさい」と叱られたものです。

★高校生の頃でしたか、ラジオでいろんな地方のわらべうたを流していたのを聞きました。秋田のわらべ唄として、「上見れば虫コ、中見れば綿コ、下見れば雪コ」という歌が紹介されました。母も父も秋田生まれでしたので、興味深く聞き、一回で覚えてしまいました。

★2006年、朝日新聞の「天声新語」という企画に、秋田県出身の女性が応募して掲載された文章をご紹介します。(太字、筆者)

天声新語(2006/2/20)
 昭和26(1951)年1月、父を乗せたべんがら塗りの箱橇(はこぞり)が、吹雪の中を見えつ隠れつして遠ざかっていった。
▼太い帯をたすきがけにした前方の引き手と、後方から押す2人がかりの蛇腹のほろ付きの大きな橇で、父は町の病院へ入院した。
▼あのころは、来る年も来る年も、大雪が降った。さえ切るもののない平野に鳥海山が浮かんで見える。日本海に近い故郷である。
▼二重廻(まわ)しを着た父が、毛布にくるまれ、母に支えられながら箱橇に乗り込む姿が、父を見た最後となった。子煩悩な父が、茅葺(かやぶ)きの大屋根から下ろした雪で、かまくら遊びをしていた私たち姉妹に、声もかけずに行ってしまったのか。あの後、遊びの続きをしたのだろうか。逆巻く吹雪に消えていった箱橇の光景が鮮明に残っている。父49歳。私は10歳の冬であった。
▼母方の祖母が迎えによこした若衆の、ほろを下ろした薄暗い箱橇の中で、吹きだまりを越えるたびに、のけぞり、前に倒れそうになるのを、姉と抱き合ってこらえた。「めんこい子たち残してのう」が口癖のばばさまに抱かれて私は眠った。
▼茅の束で家を囲み、石垣の上にも風よけの雪囲いができたころ、低く垂れ込めた空から風花が舞い始める。そしてぼたん雪が絶え間なく降り続き、いつしか根雪になる。
▼いつの頃からか、正月にも雪が積もらなくなった古里は、母もいない古里となり、帰省も年々、間遠になっていたが、今年は度々届く雪便りにそっと歌ってみる。「上、見れば虫っこ。中、見れば綿っこ。下、見れば雪っこ

主婦 ○○○○(65)

 今年は、特に雪国の皆さんには、いつになく厳しい冬となりました。その中で、つらい雪やうれしい雪の物語が寄せられました。病の父を乗せたそりが雪原に消えてゆく。悲しい雪の思い出が、切々とつづられています。
(論説委員・「天声人語」担当)

★今日、2008年1月23日、雪の写真を撮っていて、上のような想いがフト脳裏をよぎりました。そんなつもりで写真を撮ってみました(たいした写真じゃないですけれど。)

0123musiko 0123watako 0123yukiko                        

   

   

   

   

★楽譜を書くのは面倒くさいので、音名だけ書き添えます。わらべ唄風に歌ってみてください。

うえみ~れば むしこ
ラララ~ ソソ   ラララ

なかみ~れば わたこ
ミソミ~  ミミ   ラララ

したみ~れば ゆきこ
ラララ~ シラ  ソソソ

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