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2008年1月24日 (木)

MA SOLITUDE

★これから書こうとしている一文は、実は正月に「年頭の辞」とでも題して書こうかな、とあたためていたものです。あたためすぎて、もう大寒。立春の卵が立つ前に、何とか書いてしまいましょう。

 Dora TAUZIN(ドラ・トーザン)さんという、フランス人国際ジャーナリストの女性が、朝日新聞の夕刊に「Doraのドラ猫」というコラムを書いていらっしゃいます。

 昨年の12月6日付「おひとりさまの精神 」というのを引用します。

(前略)
 私は一人暮らし推奨派。「おひとりさま」は人生で一度は経験すべきものだと思います。自分の思い通りに暮らす、自由でフレキシブルな生き方!
 完全な自由を満喫するには、経済的に自立し、精神的に強くあることが求められます。そして裏を返せば孤独であるとも。
 孤独は私にとって決してネガティブなものではなく、友だちのような感覚です。フランスで活躍する有名な歌手、ジョルジュ・ムスタキも言っています。「孤独と一緒だから、私はひとりぼっちではない」と。
 私は社交的な人間で、交友関係も広いのですが、一人の時間をとても大切にしています。頭ではなく心が喜ぶことをする時間と言えばいいかしら。
(中略)
 この「個人」を生きる精神、家族やパートナーと暮らす上でも、とっても大切なテーマです。
  「ひどい風邪をひいちゃった! みなさんも体に気を付けてね」 

 懐かしかったなぁ。ムスタキの「孤独と一緒」に接してしまった。ムスタキは1934年生まれですから、もう70歳をこしています。若いDoraさんが知っているということは、今も健在で活躍されているのでしょうね。

 20年も前でしょうか、ムスタキが来日して、昭和女子大学人見記念講堂で行ったコンサートの録画をテレビで見ました。録画して(VHSでなくベータで)繰り返し見ました。ギターを抱えた本人と、ウッドベースの男性と、打楽器を持って自在に歌に絡む女性と、たった3人で、大学の講堂で。でも、どんなに派手派手しく大音量のバンドよりも、心にまっすぐ刺し込んでくる「歌の刃」は鋭いものでした。驚き、感動、歓び・・・複雑な感情を掻き立てられました。いや、かえって淡々としているからこそ、その鋭さが冴えわたるのでしょう。

 なかでも、「私の孤独=MA SOLITUDE」には衝撃を受けましたっけ。「私はひとりぼっちではない。孤独と一緒だから」には参りました。以来、このフレーズは、いつも私の心の中で、絶えることなく繰り返されています。

 不思議なもので、年末にCDショップによったら、ムスタキのベストアルバムが「視野に飛び込んで」きました。本とかCDとかには、「出会う瞬間」というものがありますね。こちらの心の準備が整っていると、向こうから飛び込んでくるのです。(ついでにジャンゴ・ラインハルトまで手に入ってしまいました。衝撃的でしたね)。さっそく、買いこんで聞きました。懐かしい歌声でした。

Non, je ne suis jamais seul
Avec solitude
いや私は決してひとりぼっちじゃない
私の孤独と一緒だから

 これは、私の座右銘とでも呼ぶべきフレーズです。

 私は、長く教師をやってきましたが、「人間関係嫌いの人間好き」という男です。同窓会的なるものの一切を断ち切って生きてきました。「今」の人間関係を結ぶことが下手なわけではありません。でも、職場を異動するごとに、基本的にすべての人間関係を切り捨ててきました。

 そして、職を退いた今も、引きずっている人間関係はほとんどありません。日本の湿っぽい人間関係なんて一切願い下げです。乾燥しきった孤独こそがわが安らぎの部屋です。

 へそまがりですね。それが「かかしのかかしたる所以」です。独り、立ち、独り、朽ちていく所存です。

 いや、カッコイイ!見栄切ってるぞ。正月だから許してくださいね。

★ここまでカッコつけましたからね、もういっちょ、大見栄を切ってしまいましょう。

 昔から、生徒への授業通信などでも年頭にあたっての言葉として提示してきたものです。「折々の歌」からの引用です。

少数にて常に少数にてありしかばひとつ心を保ち来にけり
                                   土屋文明
 『山下水』(昭23)所収。明治23年生まれの現代歌人の最長老。昭和時代の短歌全体を通じ、時代に対する批評眼の鋭さにおいて抜群の歌人である。この歌は敗戦直後、群馬の疎開地での述懐。背景には当時の人心の動揺、自信喪失、右往左往の現実があった。「ひとつ心」を自分が保ってこられたのは、数をたのんで押し渡るごとき生き方と、常に絶縁して生きてきたからだという。静かで強い意志の姿がある。

 私は常に少数派です。みんなが右を向くときは敢えて一人左を向き、みんなが左を向くときは敢えて一人右を向きます。

 みんなの足並みが揃うことはとても危険なことだと思います。誰かが足並みを踏み外し、足並みを乱すことこそが健全なことだと思います。

 歌は心を揺さぶり、心の向きをそろえがちです。感動しそうになったら、そっぽを向きましょう。

 人の情愛は心を揺さぶります。そのようにして「不寛容」な気分が世の中を満たす時、敢えて、人情を切り捨てましょう。

 少数派がいなくなったら、その社会は病んでいます。

利のやつこ位のやつこ多き世に我は我身のあるじなりけり
                                      佐佐木信綱
 『おもひ草』(明36)所収。国文学者佐佐木信綱の業績は天下周知のところだが、歌人信綱も直文・鉄幹・子規の和歌革新に呼応。「こころの花」を創刊して、伝統派・革新派を包み込んだ清新な改革運動を盛り上げた。彼は他者の立場に身をおいて歌を作る試みを時々やった。これは富士の中腹で独り室守りをする男になり代わって世相を批判する歌。空想の人物に仮託することで、かえって歌の思想が強く羽ばたくこともある。「やつこ」は奴、奴僕。

 利も位も求めず、自らを律して生きる、って、それ仏教の真髄そのものですね。人生が身軽で明るくなりますよ。

★以上、遅きに失した、かかしさんの年頭所感でした。

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