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2007年10月12日 (金)

多足類

 昨日、イシムカデの話を書きました。その最後のところで「私は、別にムカデ・マニアではありませんので・・・」と書きましたが、夜になって、「そういえばマニアックな本があったっけ」と思いだして引っ張り出してきたのが下の本です。

多足類読本 ムカデとヤスデの生物学」 田辺 力 著、東海大学出版会、2001.1.30、第1版第1刷発行

この本の帯にはこんなことが書いてあったのです。

 ゲジゲジマニア入門
 ゲジゲジは、どういう生き物なのだろう
 気持ち悪いけどどこかかわいい
 ゲジゲジの話

ね、マニアックでしょ。この本からまずは学術的なお話をいくつかピックアップしてご紹介します。(以下では青い文字にしたところが引用文です。)

脚をどのように運ぶのか、ムカデのジレンマというのも昨日ご紹介しましたが、実際は次のようです。

●この世で一番、足の多い生きもの
 ・・・
 ところで、たくさんの歩肢は歩くときにからまったり、歩調が乱れたりしないのだろうか。ムカデやヤスデが歩いている姿を見ると、歩肢や体をリズミカルに動かしながら歩いていることがわかる。リズムのとり方はグループで違いがあり、オオムカデ目は体をヘビのようにやや蛇行させてリズムをとり、ヤスデの多くのグループは左右両側の歩肢を同調させて波打つように動かしてリズムをとっている。オオムカデ目は歩行速度が速くなるほど、より体を蛇行させる。オオムカデ目はまた、すばやく動くときは、最後の歩肢対を持ち上げている。

なるほど。

Tasokuruiarukikata 同書の5ページからの引用です。

A:体を蛇行させて歩くアオズムカデ(オオムカデ目、オオムカデ科)、体長約10cm。

B:歩肢を波打たせるようにして歩くキシャヤスデ(オビヤスデ目、ババヤスデ科)、体長約3.5cm

(大雑把には、ムカデは体節に脚は1対、ヤスデは2対です。)

ムカデは脚をあまり前後に動かさずに体の蛇行で脚を運んでいますが、ヤスデは体はまっすぐなまま、脚を波打たせているんですね。

物理の方で「縦波」あるいは「密度波」を解説するときに「毛虫が歩くと毛が濃いところと薄いところが次々と伝わっていくでしょ。あのイメージね」などと教えたものですが(最近の生徒は毛虫もよく知らないからなぁ、困る)、このヤスデの脚の動きはまさに密度波の伝播の例に使えますね。

第3章 ムカデの話
●ムカデの毒
 ムカデの毒牙は、専門的には顎肢とよばれるが、これは実は一番前の足が変形したものである。ムカデの毒牙は顎ではなく足なのである。
 ムカデの毒液中にはヒスタミンが含まれている。・・・
 ムカデの毒の強さはどれくらいなのだろうか。もっとも毒性の強いオオムカデ属の毒は、ネズミなどの小型の哺乳類や鳥などを死にいたらしめるだけの威力を持っている。・・・
 人がオオムカデ属に咬まれると、その箇所が激痛をともなって赤く腫れ上がる。トビズムカデやアオズムカデに咬まれた方の話をうかがうと、腫れが引くまで1週間から10日ほどかかるという。・・・。しかし、人がオオムカデ属に咬まれて死亡することはほとんどないようだ。・・・

ヒトという動物は自分が思っている以上に動物界ではかなり「巨大」な動物であることを自覚しましょう。すぐ野生動物に「襲われた」とか言って騒ぎますが、実は、巨大な動物であるヒトに遭遇してしまった動物が自己防衛のために果敢に戦いを挑んだということも多いのです。まして、昆虫たちから見ると、ウルトラマンの前の人間みたいなもので、そうそうヒトに危害を加えることなどできないのです。

●捕食者からの防御
 歩肢の自切:ジムカデ目を除くムカデ綱は捕食者に襲われたときに、自ら歩肢を切りはずすことがある。はずされた歩肢はしばらくのあいだ動いて捕食者の注意をそちらに向けさせ、その隙に本体は逃げ去るという寸法である。これはトカゲのしっぽきりと同じ戦略で、自切(じせつ)と呼ばれている。

●母親による卵の保護
 獰猛なムカデにもしおらしい一面がある。オオムカデ目、ジムカデ目、ナガズイシムカデ目では、母親が卵を保護する。オオムカデ目では、母親は体を丸め、体と歩肢の間に卵を入れる。その様はさながら籠に卵を入れているようである。抱卵中、母親は卵をなめるが、これはカビの発生を防ぐためと思われる。抱卵には捕食者からの防御の役目もある。
 抱卵中のオオムカデ目の母親を刺激すると、母親は抱卵している卵を食べたり放棄したりする。私自身の経験でも抱卵中のアオズムカデの母親を刺激したところ、案の定、卵を食べてしまったことがあった。アオズムカデの卵は黄色で艶があって美しかった。
 ・・・

ムカデが卵を保護するというのは珍しい話ですね。でも、この話であまり「母性、母性」とは叫びませんように。要するに、そういう行動を獲得した種が子孫をより多く残すことができたということです。

ムカデの自切というのは初耳でした。次の脱皮で脚は回復するのでしょう。成体になると脱皮をしなくなる種もありますが、生きている限り脱皮を続けるという種も多いのです。

さて、その脱皮ですが次のようです。

第8章 研究のための基礎知識
●変態について
 多足類の変態にはいくつかの様式があるが、まず大きく次の2つに分けられる。
 整形変態:脱皮しても胴節数は増えない。そのため、孵化した後は胴節数に変化はない。
 増節変態:脱皮にともない胴節数が増える。増節変態はさらに次の3つの様式に分けられる。
  真増節変態:成体に達しても(生殖可能になっても)脱皮を行い、そのすべての脱皮において胴節数が増加する。脱皮の回数に制限はなく、それにともなう胴節数の増加は死ぬまで続く。
  完増節変態:成体になった段階で脱皮は止まり、それまでは脱皮ごとに胴節数は増加する。成体までの脱皮の回数(すなわち齢数)は通常、雄と雌で同じである。
  半増節変態:胴節数の増加はある脱皮までで止まり、それから後の脱皮では胴節数は増えない。すなわち、ある段階まで増節変態をし、そこから後は整形変態に移り変わるわけである。脱皮の回数に制限はない。

さて、昨日は「イシムカデ」とご紹介しましたが、完全に自信があったわけではないのです。この本を読み返してみて、得心がいきました。大丈夫、昨日紹介した写真は「イシムカデ目」の仲間です。日本には3科6属約60種いるそうですが、種まではとても特定できません。

イシムカデ目
 イシムカデの名は漢字で書くと石百足となる。名の通りに石の下でよく見られる。動きは敏捷で機動力に優れる。短い体と敏捷な動き、コンパクトなよさというものを感じさせてくれる生きものである。
 ・・・
 日本産のものは成体の体長、数mm~40mm。眼はあるものとないものがある。眼がある場合、それは1~30の単眼で構成される。成体の有肢胴節数および歩肢対数は15、顎肢節の背板は横に細長く小さい。有肢胴節背板の異規性ははっきりしており、第2,4,6,9,11,13有肢胴節の背板は他よりも縦に短い。気門は体側部にある。半増節変態をする。

オオムカデ目
 人を咬む、悪名高き生きもの。大型のものはトカゲ、カエル、ヘビ、小型の鳥、ネズミをも捕らえて食べる。母親が卵および幼体を保護するという、しおらしい面もある。
 ・・・
 日本産のものは成体の体長50~200mmだが、熱帯にはさらに大きいものがいる。南米には体長40cmを超える巨大なものが生息し、度肝を抜かれる。眼はあるものとないものがある。眼がある場合、それは4つの単眼で構成される。・・・
 成体の有肢胴節数および歩肢対数は、オオムカデ科のScolopendropsis属とメナシムカデ科のアカムカデ亜科で23の他は21(顎肢節の背板が第1有肢胴の背板と融合していることに注意)。日本産で歩肢対数が23なのはアカムカデ属だけである。・・・
 整形変態をする。気門は体側部にある。

このように説明されています。そうして、この本の表紙は、とてもわかりやすいイラストが描かれているのです。

Tasokuruihyousi

いかがでしょう。中央のイラストがオオムカデ、下のイラストはイシムカデですね。縦に短い体節が描きこまれています。

では、スミマセン、もう一度昨日の私の写真を見てください。

http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_91e9.html

2,4,6,9,11,13有肢胴節の背板は他よりも縦に短い」ことがお分かり頂けるでしょう。

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さて、ここから先は、同書の著者のマニアぶりといいますか「入れ込み具合」をご紹介します。

生物学者って誰でもみんな、自分の研究対象の生き物が好きで好きで、愛してやまないのです。だからこそ、相手の命をもらったりもしながら研究に邁進できるのです。(嫌いな・苦手な動物となんかつきあいたくありませんよね。)

[はじめに]
 多足類とは俗にゲジゲジと称されるムカデやヤスデの仲間のことである。ムカデを見せれば、多くの人は気持ち悪いと感じるだろう。しかし、「気持ち悪い」とはそれだけ印象深いということでもあるのだ。私はムカデやヤスデに繊細で端正な美しさを感じる。気持ち悪いものと端正で美しいものとは同じ感覚の軸の上に乗っている両極端ではないかと思う。美しいものはグロテスクなもので裏打ちされることで、その美しさが際立つのではないか。鋭利な日本刀のように、本当に美しいものはその奥底に恐怖をしまい込んではいないだろうか。

●ムカデにみる肉食動物の究極の姿
 私はムカデに肉食動物の究極の姿を見る思いがする。・・・
 ・・・ムカデには、獲物を捕らえて食べるという肉食動物としての姿が見事に具現化されている。機能美なのだ。ムカデは造形として最高のできである。・・・
・・・。私はムカデに龍を感じる。

[おわりに]
 好きなレコードの解説に見つけた一文「人は長じて自分の幼年期を再創造しようとするものだ」。
 本書を執筆していた間も、ヤスデを調べているときも、音楽を聴いているときも、結局はいつも私はその文章のいうところのままではないかと思う。私を動かしている情緒は結局ただ1つではないか。・・・
 ・・・
 多足類を愛好される方が1人でも増えることを願っている。
 ・・・

というわけでした。いかがでしたでしょうか。私の一文が田辺さんの願いを少しでも後押しして、ムカデやヤスデを、好きにならなくても、せめて冷静に観察する気力を養う助けになったでしょうか。

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