さてさて、この写真をよくご覧ください。
これまで、花の斑入りを何度も扱ってきましたが、ふと気付いたら、なんと花の色(萼の色)の違いが、おしべの「花糸」にまで及んでいるではありませんか。
びっくりしましたぁ。
萼の色が赤い花では花糸も赤い、萼の色がしろい花では花糸も白い、萼の一部が真っ赤であとは白い花では、赤い花糸と、白い花糸が同居している、のです!
花(萼)の斑入りの影響は、それより先の方に位置するオシベの花糸まで及んでいたのですね。
私にとっては、新発見でした。いやはや驚き、嬉しくなりました。秘密をより深く覗いてしまったのですから。
◆7/17付で「オシロイバナの花の色」をアップしました。その他にもオシロイバナについて何度か触れてきました。どうも、花の色の現れ方が無茶苦茶で、すっきりしません。
この7/17の記事にコメントをいただきました。「美しき農母の日々」というブログのtameさんからです。
http://www.kyururu.com/tame/20070811
ここの写真を見て、またショックを受けました。黄色いオシロイバナに赤い斑が入っているのです。なぜそれがショックなのかも含めて、まとめをしてみたいと思います。
◆まず、基本的に、オシロイバナの基本色は赤だと思います。(オシロイバナの花の色といった場合、正確には花弁ではなく萼の色なんですが、峻別せずに使っていきます。)
●花の色が赤いというのは、赤い色素をつくる酵素をつくる遺伝子があるからです。この遺伝子の名前をRとしましょうか(Redのつもりです)。
体細胞では染色体は対をなしていて、両親からの遺伝子を1対にしてもっています。そこで、赤い花のオシロイバナの細胞では「RR」という対が存在しています。
一方、白花のオシロイバナというのは、赤い色素をつくる酵素をつくれないということなのです。ですから、赤い色素ができないので、花は白くなってしまいます。(白い色を作り出す遺伝子、というわけではないはずです。)
この状態の遺伝子をrrとしましょう。(このrというのがどういう状態なのかよくわかりません。Rの遺伝子がどこか壊れたか、後述するトランスポゾンが入り込んでRとしての機能を失ったかでしょう)。
●RRの花とrrの花を交配すると、その雑種はRrという遺伝子構成になります。さて、この花は何色でしょう?
いわゆる遺伝用語で、Rが優性、rが劣性だとすると、Rrは赤花になるはずです。
(この「優性」「劣性」という言葉は嫌いです。「優生」を思い起こさせますし、「優れている」「劣っている」という価値観を含んでいるからです。優れているかどうかは関係ないのでして、Rrになった時に(ヘテロで)「顕れる性質」、Rrでは「隠れてしまう性質」(ホモでないと現れない性質)という意味で「顕性」「隠性」という言葉がよいと思います。)
●ところがどっこい、高校生物の遺伝のところにも出ているのですが、「不完全優性」という遺伝の仕方があるのですね。
オシロイバナでは、Rrの組み合わせだと「ピンクの花」になってしまうのです。
Rrの遺伝子構成をもつ個体同士を交配したらどうなるか?
Rrの花の生殖細胞はRかrです。
この組み合わせを表にすると下のようになります。
結局、
赤花:ピンク花:白花=1:2:1の割合になります。
ここまでは、高校生物。
◆トランスポゾンってなぁに?
トランスポゾン (Transposon) というのは、DNA上での位置を「転移(transposition)」することのできる塩基配列のことです。その塩基配列には、自分自身をDNAから切り出したり、自分自身をDNAに挿入するために必要な酵素=transposase の情報が含まれていますが、それ以外の部分については、意味不明だったり、繰り返しだったり、宿主の遺伝子の一部分だったり・・・で、あまり意味はないようです。
自分自身は無意味な情報でありながら、DNA上を移動することができるという、妙な遺伝子です。
このトランスポゾンが、DNA上の意味のある遺伝子に割り込むと、その遺伝子が機能を失ったっり、機能が変化したりします。この出来事は、宿主にとって生存上の不利をもたらすこともあるでしょうし、また、適応の幅を広げ多様性を増すように働くこともあるでしょう。
「進化」というのは「優れたものになること」ではありません。多様化することです。多様化して生態系上で新たな場所へ進出していくことです。現在地球上に生きているすべての生物は、すべて進化の最先端にいます。進んだ生物、遅れた生物のような考え方は間違っています。
そのような観点では、トランスポゾンも進化を推し進める力の一つとなって来たのだと思います。
◆トランスポゾンと花の色
●さて、トランスポゾンはDNA上を動くことができますが、いつでも勝手に動けるというわけではなく、細胞が分裂するときに移動します。
植物の花というものは、激しく細胞分裂活動をして、生殖活動をする器官ですから、トランスポゾンも活動しやすいのです。
また、ヒトにとってとても目につく器官ですので、花の色の変化は目立ちます。
●上の話の赤い色素をつくる酵素の遺伝子をRとする、という約束をまた使いましょう。
トランスポゾンがR遺伝子の中に入り込んでしまうと、赤い色素をつくる酵素が作れなくなりますから、赤い色素ができなくなり白花になります。おそらくこれが「r」の状態なのでしょう。
ここからトランスポゾンが抜けてしまうと、またRが復活するでしょう。
●白花のオシロイバナでは、遺伝子はrrの組み合わせです。このrrの組み合わせを持った「花弁のもとの細胞」でトランスポゾンが脱出して別の所へ行ってしまったとします。結果として「Rr」や「RR」の組み合わせを持った細胞ができます。
例えばRrになった細胞から花弁ができれば、その花弁は「ピンク」ということになるでしょう。
例えばRRになった細胞が分裂して出来た花弁の部分は、白い花弁の中に赤い縞というようなことになるでしょう。
●このようなことが、一つの花ができる間に、いろいろな組み合わせで起こって、花の色全体が出来上がってくるのだと思います。
●これが、白花に赤い斑が入ったり、ピンクの花ができたり、花弁の中央から周辺へ向かう赤い縞をつくったり、一枚の花弁だけが色違いだったり、一枚の花弁の縦半分だけが色違いだったりする原因でしょう。(横縞や横半分の色違いは起こりません。一斉に歩調を揃えてトランスポゾンが移動するのは無理でしょう。)
●これは私の推測ですので完全に正しいとは主張できませんが、大筋でほぼあっていると思います。
そうすると、赤花と白花を掛け合わせて「斑入り」ができるのではなく、思いもかけず斑入りができてしまうのでしょう。
◆さて、黄花のオシロイバナです。
●私は、黄色の色素をつくる遺伝子があってそれで黄花のオシロイバナができるのだと思っていました。そうすると、赤花のオシロイバナと交配しない限り、色の変化や斑入りが起こることはないと思っていました。
●ところが、tameさんのブログに載っていた写真では、黄花のオシロイバナに赤い縦じまの斑が入っています。
ということは、黄花のオシロイバナの遺伝子にはトランスポゾンが入っていて、黄色い色素をつくるようになっていたのだ、と考えざるを得ません。そして、そのトランスポゾンが抜けたために、赤い色素をつくる酵素が作れるようになり、赤い縦じまの斑入りになったのでしょう。
●赤い色素をつくる酵素の遺伝子にトランスポゾンが入り込んで、その遺伝子が働かなくなったのがrで白花のオシロイバナを生じました。
●赤い色素をつくる酵素の遺伝子の別の場所にトランスポゾンが入り込んで、酵素としての機能を完全に失ったわけではないけれど、その酵素が作る色素の分子の形が変化する、というようなことが起こったのだと思います。
分子の形が変わると、吸収する光の色が変わり、色素の色が変わるということはあり得ることでしょう。
このようにして黄花のオシロイバナも赤花のオシロイバナからトランスポゾンの働きで誕生し、ある程度安定した品種として存在しているのではないでしょうか。
たまにトランスポゾンが動くと、黄花のオシロイバナからも赤い斑入りの花が生まれ得るのだと思います。
◆とまぁ、推測に推測を重ねたお話をしました。私は実際の遺伝子研究者ではないので、本当にあくまで推測にすぎません。
詳しく解明され、やさしい解説が読めるようになることを待ち望んでいます。
★参考
http://forums.gardenweb.com/forums/load/botany/msg0821184927874.html
ここに、” What causes the variegation (in the flowers only) in 4 oclocks? ”という質問が寄せられ、それに対するレスポンスがいくつか載っていて、とても参考になります。
この質問で「variegation」というのは「まだら、絞り」というような意味です。また「4 oclocks」は「オシロイバナ」の英語名です。オシロイバナは「夕方4時から咲く」という命名です。
RE の一部を引用します。
floral variegation which is rather spotty in expression. Some of the flowers may be half one color and half the other, you may have striped flowers, you may have solid colored flowers of both colors and variegated flowers on the same plant, you may even have mixing of colors with variegation (pink flowers with red and white stripes).
Floral variegation is a typical result of transposons. The problem with variegation in flower pigment is that all cells have the same genes for the pigment (except in chimeras). Therefore normal/classical Mendelian genetics cannot explain the variegation. Dominance/codominance apply to all cells equally.
One test of whether the variegation is due to a transposon is to examine the pattern of variegation in terms of the growth of the flower during development.
Most flowers develop from a meristem at the base of the petal which divides producing a row of cells. These cells grow and elongate. At each mitotic division a transposon has a chance to be cut-out of the location it is currently in. Often a pigment colour mutation is due to the presence of a transposon in the pigment gene and turning it mutant and ineffective. When the transposon is removed during mitosis (jumps out) the gene becomes normal and then that cell begins to produce pigment. All the descendents of that cell also produce pigment. If a variegated petal shows some streaks of pigment that are small/narrow towards the petal base and widen as they extend to the petal edge that is a strong indication that a transposon was removed in the cell at the very base of the streak and all its descendents produced pigment.
★以前、新聞記事から、哺乳類の進化にトランスポゾンが影響を与えた話を載せましたが、その話の公式発表を下のサイトで読むことができます。ご利用ください。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20051212/index.html
「ゲノム機能解析から見えてきた哺乳類進化」
★ウィキペディアから「トランスポゾン」と「レトロトランスポゾン」についての解説。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%82%BE%E3%83%B3
「トランスポゾン」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%82%BE%E3%83%B3
「レトロトランスポゾン」
★イラスト入りの分かりやすい解説です。
http://www.museum.kyushu-u.ac.jp/PLANT2002/01/14.html
「トランスポゾンって何?」